腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・二十四Sideだいち
身を寄せてきたさらら様から伝わってくるのは緊張と不安と……微量の期待か?何への期待だ?
「笑子は“力”を至上とする楽子達で集まった集団なの。話は通じないのな。負かしても理解しないのな。笑子の数を増やして帰ってくる。だから、逃げてな。見たら分かるから。愉子はその、うん、ちょっと愉快な子が多いから。笑子は、ただただ怖いから」
これはもしかして、愉子と私が対峙した時に面白くなりそうだと踏んでいるかな?期待には応えられないと思いますよ。
「だいちさんは『始まりの楽子』と話したけどな、ほとんどの楽子はそんなこと気にしないのな。狙われる危険があるから一部の学塔街楽子が血筋の流れを見守ってるだけなの。『鍵』の保有者も同じな。たぶん、愉子にとっては『鍵』の保有者がどれだけの実力の持ち主なのか知りたいだけのようなの。笑子は何をしようとしているのかが分からない。けどおそらくだいちさんの“力”を狙っているだけではないの」
「魔物、ですか」
「なのな」
「魔物とはなんなのでしょうね」
「分からない。でもきっと、知らない方が良いものよ、なの」
「ですね。しかし何故今頃になって?」
「あなたが最近『鍵』保有者になったからなの」
「最近?」
何かあったろうかと記憶を掘り起こすが、特別なことはなかった。
「先代の『鍵』の方が、だいちさんにタッチしたの」
「私に触った?」
「気付かなくて当然なの。『鍵』は保有者だと一生気付かない場合が多いそうなの。先代の方もそうだった。それに加えて先代の方は、産まれた瞬間から“隠し”を自分にも『鍵』にも無意識に行使していて、それがまた例の無い程上手な方だったようなの。さらら達もこの間まで把握出来ていなかったのな。だから突然『鍵』の行方が分からなくなって壊れたのか無くなったのか、一部の学塔街楽子は戦々恐々していたそうなのな。村の見守りレベルを特級手前にしていたくらいよ」
「なんと、まったく気付かずです」
「ええ、だいちさんが村を出てからだからなのな。村から先日、十八土炉に旅行にいらした方。あなたに『鍵』を無意識に渡したの」
「無意識に?」
「そういうものなのな。血筋では他の子に気付かれてしまうでしょ。あの村でしばらく過ごした者なら、誰でも保有者になれるのがこの『鍵』なの。こうして近くで詳しく見てみると、『鍵』を狙う者から身を守れる“力”の持ち主の方へ移動する性質があるようなのが分かるのな」
「そうですか……そうだとしたら先代の方のが“隠せた”のでは?」
「『鍵』の判断だからな。さららにはなんとも」
「『鍵』さん、先代の方のが良かったのではないですか?何故私に?お答え願えませんか?」
「うふふふふ。『鍵』に話かけたのはあなたが初めてかもな。記録に残さないとなのな」
「残さないで良いですよ。既に白い目があちらの皆さんから向けられていますから」
年少三人組に『鍵』へ話しかけているところを気付かれるというバッドなタイミング。
「大丈夫るんまだセーフるん」
「だぁーじょぶー」
「うん、大丈夫だんよん」
若干遠い目足す棒読みな三人組。
「大丈夫じゃない気しかしないのですが」
「るん! だいちさん!」
拳を握りキリリと眉を上げているるるさんに呼ばれ背筋を伸ばす。さらら様に合わせて背を丸めていたのだ。
「はい」
「るるは諦めないるん!」
何をですか?分かっていますよ、これは現実逃避から来る質疑なのです。
「さて、帰るか」
らいあ区長あなたたまに強引ですね。
「帰るーん! ご飯るん!」
「あむあむするじゃー」
「ご飯だー!」
「さららもあむあむしたいなのな」
元気な五人の後ろ姿を見て思った。
ああ、家に帰りたい。ドールに癒やされたい、と。
いや待てよ。先に愉子と笑子をどうにかしないとドールとの時間が更に減るのでは?どうにかというのは一時的ではなくて、“力”と『鍵』について半永久的にどうにかしなければならないのでは?と。
調べるしかないな。あの様子ではらいあ区長とさらら様は隠している事がまだある。先日の学塔街当主とらいあ区長の友人の件に今日はほぼ触れていないのもあやしい。年少三人組のお腹の具合に配慮してかも知れないが。
しかし調べるといっても私には友人はいない。ツテに頼るのも限りがある。これは骨が折れそうだ。
「だいち、聞きたいことはないか?今の内だぞ。地上では話しにくいからな」
「なのな。愉子の子っこの“力”がどんなか分からないからな、ここ以外では警戒したいのなの」
目前に昇降機があるからか二人とも早口だ。
「では、お言葉に甘えて一つ。希望されたのは婚約者はるるさん。でしたら家の後継者はらいあ区長ですか?それとも学塔街か地区総長かきさらぎ様に?」
「いや、そうではな」
『頼むぞしのぶの子孫よ』
私は立ち止まると天を仰いだ。
「訊ねなければ良かったという事ですかね?」
「いや、愛子の御先祖のお心は決まっていたようだな」
「なのな」
「それでも騙されたと思うのですが、詐欺罪は適用出来ませんかね?」
「騙してはおらんぞ」
「なな。さららもな」
「微妙な所では?」
「なんのことるん?」
舌戦の最中、いつの間にか目の前に居たるるさん。本当に目の前だ。見上げてくるるるさんの首が反っている。
「らいあ区長とさらら様に質問をしましたら、愛子様にこの屋敷の後継者に指名されまして」
「るんるん。騙された事に関してはるるが二人を叱っておくるん。この屋敷は嫌るん?」
「いえいえ、屋敷が嫌な訳ではありません。ただ、私の家が……」
家が?家が何だろう?自分で言っておきながら首を傾げる。私はなんと言おうとしたのか。
るるさんが「るんるん」と頷いた。
「るーん。だいちさん、十八土炉のお家すごく丁寧に暮らしてたるんね」
「え?ああ、お気付きでしたか」
壊れていた所は長く使えるように修繕し、壊れていない箇所も補強していた。
「るん。『うしおとひめめ暴走事件』ではお世話になったるん。あの時、もし一発で仕留め損なってまじないが暴れたら大事にされてる家が傷ついちゃうって思ったるん。そしたらまじないを吹っ飛ばす“力”が出せたるん。中のうしおの事、一瞬忘れてたるん」
ええ、あの時の事は目映い閃光と共に覚えていますよ。一発のあまりの激しさに、中の方の無事を心の底から祈っていました。衝撃でしばらくは微動だに出来なかったです。
部下達には堂々としているように見えたらしくて、「さすがだいち区長!」なんて輝かしい瞳を向けられて戸惑いました。微笑みで誤魔化したのもいけなかったみたいです。後日、地区の方々に「鎮土のだいち」なんて恥ずかしさのあまり身悶えしたくなる二つ名をいただいてしまいました。
記憶消去の“力”があるなら使いたいと真剣に思ったものです。勿論自分にですよ。二つ名を聞くたびに自分に掛けれれば良いかと。
しかし、るるさんが我が家の事を想ってくれたとは知らなかった。
「確かにお忘れの様子とは思いました。我が家への心遣い、本当にありがとうございます」
「るんるん。……ねぇ、だいちさん。るるは子どもるん。だいちさんは大人るん。でも、だからどうしなきゃって事は本当は少ないのではないかな?るん。子どもだって言わなくて仕舞っておいていいるん。大人だって言っていいるん、子どもとか大人じゃなくて、一人の人として選べばよいるん。なんか、だいちさんは本音を言ってない気がするん。村から出る事はきっとだいちさんは出来るししちゃえると思うるん。けど、そう言う時のだいちさん、痛みを堪えてる顔してるように見えるん。……ごめんなさい、深入りしちゃったるん。つまり、るるは、だいちさんの味方るん!」
ああ、これだ。喉の小骨に似た違和感。もっと早くに気付かねばならなかった。そうか、家か。
ここまで心を砕いてくれて、深入りするな等言う事などしない。ここまで心を砕かせておいて、頼りもしないなどしたくない。本音を言ってしまおうかな。
「この村を出ていくと言った身でこんなことを言うのもいけないのですが……。いまの家を気に入ってるのかもしれません、私。喉に魚の小骨が引っ掛かったみたいな感覚がずっとあって、それが何処から来ているのか分からなかったのです。どうやら、家の事の様ですね。私は動物にも無愛想であまり好かれた事なくて。でも十八土炉の猫は懐いてくれて、庭まで遊びに来てくれて。ふわふわな毛を撫でさせてくれるまでなって。ドール部屋も四季折々の衣替えが整ってきて、カーテンを特注しました。もしかすると、ほんとは死ぬまで暮らしたかったのかな。村を出ていくなら家と猫達を持って行きたい程にはあの家が好きみたいです。今気付きました」
言葉にして段々しっくりしてきた。そうか、喉元まで出かかっていたが無理矢理飲み込んでいた思いはこれだったんだな。るるさんに促されて私自身もようやく気付いた。
旅に出ても良い。ドールさえ居れば良い。それはそれでそうだけれど、まだ家に帰れると言う考えがあってこそそう思えていたかもしれない。
ここへ来てから、家に帰りたいと何度も思っていた。あの家は私の心を守ってくれていたんだな。
「他人事の様に話すんだな、だいちは」
「なのな」
「んもー、だいちさんを試すような事するからるん。だいちさんはひねくれてるんけど真っ直ぐだから真っ直ぐ話せば真っ直ぐ返してくれるって言ったでしょ?」
「その通りだった。申し訳ない」
「なのなぁ。ごめんなさい」
三人の中で私がどうなっていたのだろうか。少なくともるるさんにはひねくれていると思われている事が判明した。
ひねくれて……いえ、傷ついてはいませんよ。心当たりが有りすぎて古傷が痛むだけです。
「そっか! だいちさんやったね! 家二つになったんだん」
「「「え?」」」
家二つに、で頭の中では真っ二つに割れた我が家が浮かんだ。
駄目! 駄目! ここでは想像しては駄目だ! と必死に打ち消す。
「あれ?違うんのん?道出来たけど」
「「「え?」」」
「あぴゃ、もちかちてあれだいちちゃまのおうちー?ねこちゃまいっぱいじゃー」
その声の通り、今まで無かった草原の間に出来た轍の先に私の家の門から先の建物も花も木も全てが有った。庭先の猫達はいつものように寛いでいてこちらに気付いていない。普段通りの私の家だった。
「え?」
「おや、これでここから行き来出来るな」
「なのな。空間を繋ぐなんて愛子様すごいのなの」
「るん、愛子様だいちさん好きるんね」
「え?……ええ?」
その時吹いてきた風は、とても優しかった。のに。
「お前達、帰る前に一つ頼む」
らいあ区長の声に全員振り返る。らいあ区長の真顔に全員とも回れ右をしたくなっても堪えたと感じた。
「これから歩む道が共にであろうとなかろうと、これだけは約束してくれ。……きーに心を許すな」
肯定するかの様に風が、強くなった。
これにて『腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である』シリーズ完結です。
複数人の視点で綴る、予想よりも長めのシリーズになりました。
ぐっと増えた登場人物達の力を借りて、ぐぐーんと道が広がっていったように感じたシリーズでした。
お楽しみいただけましたでしょうか。
次回は一話閑話を挟みまして、その後は過去シリーズとなる予定です。
お読みいただきありがとうございました。




