腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・二十二Sideだいち
「何故そうなる」
少し前に聞いた言葉だ。変わった所と言えば、眉間に皺が寄った五人が胡乱気に私を見ている点である。
「あの、魚焦げます。と言うか焦げてます」
私の指摘に無言のさらら様がこちらを見ながら火を指差す。火はジュッと湿った音を立てて消えた。
衝撃的な情報の数々に翻弄されていてやっと今気付いたが、その火は僅かに宙に浮いており、着火材料無しだった。
薪等を必要としない火を出す“力”持ちはそうそういない。着火材料要らずということで金銭面で家庭や店等から人気な“力”の一つだ。
近年十八土炉に一人転居して来た時はあちこちの店や工場、窯元から専属にならないかと声をかけられ困っていた。あまりにも多いもので、地区長権限で求人受け付けを十八土炉地区本部に一括した程だった。
「だいちさん」
とても静かな声のさらら様。
「あなた、るるをばかにしていらっしゃるの?」
まずい。怒っておられる。身の危険しか感じない。膝から下がさらら様から滲み出ている冷気で痛い。てん様はすでにらいあ区長の肩に避難済み。るるさんとことひらきさんはらいあ区長に引っ付いて避難済み。生ける避難場所のらいあ区長は静観の構え。
「していません。していないからこそです」
首も手も振って否定する。
「宜しいですか皆様。私は! 恋をしたことが! ありません! それだけではなく! 恋とは何かとも分かりません!」
わざと声高に話すと五人は「え?あ、はい」と身を引いた。どの部分に身を引いたのかはこの際考えない事にする。
「なので、婚約者のふりはまったく出来ません」
「ふりでなくて本当になってほしいのるぅん」
るるさんが口を尖らす。
「ふりでない方は殊更難しいかと」
「なんでるん?」
はい! はい! と、ことひらきさんが小さく跳ねる。
「分かった! だいちさんが恋愛してるって皆が信じないんだん?」
「ことひらきさん、正解です。信じないだけではなく虚実無視で高確率で怪しまれ、勘繰る者が増えるかと。今まで浮いた話が無いことから私は人を好く事がないと思われてる方が多いですし、私自身人を好きになれるのかいまいち分かっていません」
「だいちさん……」
理由は不明だがことひらきさんが悲しんでいる。なんだか申し訳ない。
「ねぇねぇ家政士ってなにゅー?」
てん様が私のズボンの膝下辺りを引っ張っていた。かわいらしい。ではなくていつの間に。
どうやら自分は動揺していたらしい。冷気が消えていた事に気付いていなかった。
「家事を代行する仕事をしている人ですよ」
しゃがみこみ答える。膝の高さより小さいので、それでも目の高さは合わない。
「だいこー?」
「代わりにする、と言うことです」
「だいちちゃまはなんでかじする人になるの?こんにゃくしゃじゃないのー?」
かわいらしい。のじゃ口調と舌足らず口調を見事に駆使している。それに間のはかりの絶妙さ。自分の為だけではない計りかたをしている。
この子がもし外交に道を見出だしたのならば、学塔街は急速に開いて柔和と頑強とを併せ持つ人の往き来の盛んな土地になるのだろう。そんな未来を想像してつい口元が綻びそうになった。
「そうですねぇ。例えば、私がこの一週間でるるさんと将来を約束する恋仲になったと仮定しましょう」
「あぴゃーこいなかー」
「私は三十程に見えるらしいですよ。私は今まで浮いた噂も事実もなく、仕事のみの生活をしていました。私生活の話をするとしたら、そうですね、家族を迎え共に生活することを趣味としています」
「家族を迎える?そういえばだいちさん家族居るって言ってたんねん。迎えるって事は、生き物とか探して捕まえるってこと?」
「ドールです」
あれ?なんだろうか?喉に何か引っ掛かった様な違和感がある。ドールについてで?うーん、分からない。けれど、自覚の無い悩み事があるかの様な感じがする。単にストレスでも溜まっているのか?……うん、今日はみっちり溜まっているな。しかし今どうにかするものでもないか。後で整頓しよう。
「ばぁちゃんと同じ?」
「おや、ことなき様もドールをお迎えしているのですか?」
「うん、なんか皆が預けてくからさ」
「えっと、それは少し事情が違いそうですね。すみません。話が逸れてしまいました。さて、ある日、らいあ区長とるるさんが楽子に名乗る事と、私がこの家の後継者になった事と、るるさんの婚約者になった事とが同時に公表されました」
「あぴゃー、一気になんでかなー?」
「そう、一気になんでかなー?となるのです」
「駄目なのー?」
「良い場合ももちろんあります。ですが今回においては適切ではないでしょう。隙が多すぎてつけ込まれます。理由を後付け出来るような状況をこちらから産み出すべきではないかと」
「みぴゃ?」
お考え中のてん様は小首を傾げて腕を組んでいる。
まばたきと息はちゃんとしてくださいね。
私の説明がうまくないな。悩ませてしまった。うーむ、なんと言い足すか。
「今回は本当にしたいことを一気に出し過ぎていると思うのです。目的を全面に出し過ぎて目標を失いそうな気がします」
「るーん、なんとなく分かったるん。急いでは事を仕損じるんってことるんな。気を抜けば真を嘘に、嘘を真にされるってことるん?学塔街当主の件でらいあがオン村の村長を狙っていると疑う声があったるんから、楽子の当主をらいあが狙っているとでも言われるるんか?」
るるさんもてん様と同じ格好。まばたきと息はなさっていますね。良かったです。そして理解の早いこと。
満足そうならいあ区長をその後ろに認める。
成る程、今日は私だけでなく、るるさんへの問い掛けでもあったのですね。
「はい。そうです。今回るるさんとの婚約を急げば、他の子は権力争いへの幕を開いたと因縁をつけましょう。らいあ区長とさらら様がおっしゃる程です。今、楽子のパワーバランスは非常に微妙なのでしょう」
「なのなの」
「ならば、今は動かず静観を。勿論表面的にですよ。準備は必ずしなければなりません。その為にまず、私はるるさんの近くで過ごそうかと思いますがいかがですか?」
「真実味を増す為か。巻き込まれる事は承知しているのか?」
らいあ区長の視線は刺さるように鋭い。
「……わたしは若い頃、村に家族を置いて出てきました。お調べ済みでしょうか?」
調べているだろうな、と思いつつ問い掛ける。
「さららしか知らないのな。父がさらっと調べておってな。申し訳ないのな」
「いえ、そうだろうと思っていたので。ですが、らいあ区長は知らないのですか?」
「ああ。私は知らん。お前の過去なぞるるの現在と未来に及びもつかんもの、知らずともよい」
そういうことでしたか、納得です。
るるさん至上主義の一端が垣間見えた瞬間であった。
「俺も今のだいちさん好きだから別に」
「あぴゃ?てんもてんもーだいちさん好きー」
ストレートに言われると何とも返せなかった。
私も友人になりたい程好きですよ。
「るるは知ってもいいるん。けど知らなくてもいいるん。知りたいとか知りたくないとかではなくて、あなたがあなたの心のままに在れることを最善としたいるん」
この子本当に十歳?いえ、失礼。思考の思慮深さと年齢は関係ありませんよね。私が自分中心過ぎて申し訳なくなってきた。
「そ、そうですか。えっと、はい、らいあ区長。承知はしています。この身の問題なので。先程言いたかったのは、あの時と同じ事態にはなってほしくありません、と言う事です」
「そうか。ならば私は、お前と共に私達やお前の影に潜もうとするものと対峙しよう。時には背を支え、時には手を引き、時には共に並ぼう。これから宜しく頼むぞ、だいち」
これは……もしかして東の方の村に伝わる誓いではないか?うろ覚えだが……確か、狩りや戦などの前に対となる者と言い合うのだったかな。つまり、私はこの人に相棒になろうと言われた、で合っているか?……。
「お言葉は光栄ですが全力でお断りします」
「アッハッハッハッハッハッ!」
「らいあ、だいちさん好きるんねぇ」
アッハッハッ、そちらもお断りしたい所存でございます。(真顔)




