腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・十九Sideだいち
「だいちも来よと言った。なんなら私から身元の後見を名乗り出ようか?」
後見?そういえば身元証明の後見は法整備されているそうな。待って! 法から埋めないでくれ!
「いえいえいえ! そんな畏れ多い! 私の身は私で振りますので!」
ハッ! と我に帰る。しまった全力で否定してしまった。お、怒られ。
「アッハッハッハッハッ!」
大爆笑された。もう本当に面白くて仕方がないと言う笑いだった。
「らいあ、だいちさんの事大好きるんねぇ」
恐ろしい事を言われた。帰りたい。家族を眺め話しかけ触れて癒されたい。
「へぇーじゃあ、らいあはだいちさんの兄ちゃんになるんだん?」
ま、待って!
「いえいえなりませんなりませんよ。第一、私のが年上でしょうから」
「へ?そうなんのん?」
「ええ、ことひらきさんが思うよりまあまあ年ですよ。老化遅延型遺伝子なんです」
「あ、それ学校で稀に産まれる人って習ったけんどん詳しく分かんない。長生きさんより長生きさんってこと?」
「ざっくり言えばそうですね」
「へぇーじゃあだいちさんがらいあの兄ちゃんになるんだん」
「いえいえいえなりませんってば。大体、らいあ区長は」
この家の後継者を探しているのでは。
言いかけた文を飲み込む。どのような意味合いにもなる言葉をるるさんに聞かせられなかったからだ。
え?らいあ区長が満面の笑みに。
「宜しく兄さん」
なんて良い笑顔なんだ。初めて見ましたよ。兄が出来る事が嬉しいのでしょうか?
「むむむぅーるん」
るるさんは喜ばしくないらしい。下を向いてしまっている。
「ようこそ楽子一族へ、さららと兄妹でございますねなのな」
「ようこそじゃー、てんとも兄弟でござりますなぁ」
「学塔街の楽子達にも通達しないとなの」
「外堀から埋められ始めている!?ま、待ってください。私は一応他の村に籍は置いてあるんです」
「あら?御存知なきなのな?楽子一族に入るのに籍は関係ないのなの。楽子一族の公言があれば良いのよ。複数あれば尚良いのだけれど、今回は心配なかろなの。さらら、てん、愛子の御先祖様の三人おるからな」
らいあ区長とるるさんが居ない。触れないでおこう。
「……最後のお一方は」
「反対なさっておられたらただ今誰一人ここで立っておれないのなの」
説得力が有り過ぎる。これ断っても詰む案件では?
「楽子も決まりがいろいろあるんだね。ねぇ、教えてもらえるなら知りたいんだんけんど、俺って楽子じゃなさそう?ばぁちゃんが超人だからもしかしてって思ってたんだんけんど」
「そうねぇ、ことひらきさんは楽子でないのな。だいちさんもな」
はい、私は楽子ではありませんよ。小さな村の農民一家の出ですから。
「そうなんだーん。なんかざんねーん」
「それは光栄なのな」
今までの話から、ことひらきさんは『楽子になる』という道への可能性に気付いたのでしょう。残念と言いつつも残念そうではないので、少し興味が出た程度か。その程度の興味にしておいた方がと私は思うが、どの道を選ぶかはことひらきさん自身だ。
「まぁ、だいちは兄にはさせれんがな」
らいあ区長の一言に肩を下ろすどころか上げる。
兄には?
るるさんは頭をシェイクしているのかという勢いで上下に振っている。
「その通りるんその通りるん! だいちさんはるるの婚約者になってほしいるん!」
……はい?
「あんらまぁお二人は恋仲であったのなの?」
いえいえ全く。
「あぴゃまー気付かんかったのぉー」
私もです、てん様。というかさらら様のその笑み。事情をご存知ですね?
「俺だいちさんになんらんるるちゃん任せられるんなん」
ことひらきさん、らいあさんの笑みが怖くなってますよ。
「だいちさんは恋仲や想い人いるん?」
いつの間にか距離を詰めていたるるさん。間近で見れば大きな瞳はきらきらと、緻密にカットされて乱反射する宝石のようである。それに伴ってか、いつもは感情が迸っていたのに今は何も読み取れない瞳になっていた。
なんだろう?まるで防御壁のような保護膜が剥がれた後のような気配。もしかして、普段はこの瞳を隠しているのか?
「居ません。ですが居ないから婚約者になって良いと言うことではありませんかと」
「それはもちろんるんけど、適任者はだいちさんるん」
「どうしてですか?」
「二つ目に、現代式の楽子ではないからだ」
らいあ区長、いきなり二つ目から始まってますよ。
るるさんが開いた口を閉じて頬を膨らますのを見ながらも、らいあ区長の言葉に気を引かれて問うてしまう。
「『現代式の楽子ではない』?」
さらら様とてん様は「そうねぇ」と頷いている。
何だ?先程「楽子でない」とさらら様が断言していたのに。
「先にさららが言った『楽子でない』とはつまり、君達自身は楽子と公言されていないということだ」
らいあ地区長は地下に降りてから私やさらら様を呼び捨てにし始めている。これは本音だぞ、と言うことなのか?
「なのな。本質はな、楽子の血を引いていればみんな楽子なのな。例え楽子の“力”が使えなくても、使える器が創れる身体になっているからな。でもな、血を引いているから楽子と名乗りたいとは限らないのな。当主争いのあった時代もあったから尚な。それでここ数世代前からは『他の楽子に楽子と公言されたいと願い出た者だけが楽子と姓を名乗れる』としたのなの。ことひらきさんもだいちさんも楽子の血は引いているのな。でも公言は願ってもされてもなかろ?なので厳密には『楽子ではない』なのな」
「私とるるも厳密には楽子ではない。私はどの楽子にも公言を願い出ていない。るるはいつ起こるやもしれえぬ政権争いに巻き込まれぬよう、公言を避けた。しかし、今回、現代の楽子でないだいちをるるの婚約者、合わせてこの家の後継者と公言する際に、私もるるも楽子として学塔街楽子のさらら殿より公言を賜る事としたい」
同時に?『学塔街楽子』より賜る?それはまたなんとも攻撃的な。
「他の何々子への先制の為ですか?」
「ほう?何故そう思う」
ああしまった。らいあ地区長のあの黒い笑みよ。これは応えてはいけなかった。けれども仕方がない。船は進もうとしている。ならばせめて、誤った航路の修正をすべく尽力を。
「これは恐らく間違いのある勝手な憶測ですよ?つまり、あなたはこの家の後継者を私とすることでオン村に縛られない身となったと暗に申します。親子で楽子と名乗るのは公言者である学塔街楽子を支持する立場と表明する為に。更に、るるさんに手を出せば婚約者である私が楽子と名乗り出てらいあ区長と共に政権を奪い取るぞと言う、脅しに?」
「素晴らしい」
「なのなの」
満足そうなお二人ですが、え?本当に?しかしそれは。
「失礼ですが失策では?あなた方の思うよりも私にはなんの権力も“力”もありません」
「てん、てん、手っ鞠の?」
さらら様が手鞠唄の冒頭を唄い首を傾げる。
「手鞠の……しのぶさん?……しのぶさん!?まさか実在した人物なのですか!?」
もし、しのぶさんが楽子だったなら?もし、しのぶさんの手鞠がオルハリコンでもミスリルでもなく、私と同じ“力”の持ち主だったなら?
「なのなの。あなたなら気付くと言ったるるちゃんは流石なの」
「るーん。だいちさんはみんなをよく見られるん人だから」
いえ、結構なヒントをいただいて気付いたので。るるさんのご期待に添えずすみません。
「しかしそうとしても、私はしのぶさん程の“力”を解放出来ていません。他の脅威となり得るものではないかと」
「なのな、楽子と名乗るとな、他の楽子の血がどう流れてどう繋がっているか分かる“力”の使用を許可されるのなの」
「?はい」
「しのぶさんはな、二番で村を作ったの。三番で新たな魔物を倒してな、四番で結婚して子どもが産まれてな、五番で老衰で亡くなるの」
「五番で?」
六番があるのに?
「六番からはな、しのぶさんの子っこ達の物語が始まるの。畑を耕して川で魚を釣って森で木の実や薬草を採取する、自然と生きていく子っこ達の日常と愛と哀しみが語られて行くの」
しのぶさんの子孫の物語。つまり。
「……私がしのぶさんの血を引いていると?」
「そうなの。それにな、しのぶさんはな、『始まりの楽子』なの」
「『始まりの楽子』?」
「だから、“力”を重んじる他の楽子達はあなたには逆らいにくいのなの。それに、あなたは『鍵』だから」
どうしたらよいのか。まさか他の楽子とは……。隠されている他の楽子な気がしてならない。ん?『鍵』?私が『鍵』とは?……まさか。
「だからな、さららの兄妹を頼むなのな。この通り」
瞬くばかりの私の目にさらら様の旋毛が映った。




