腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・十六Sideだいち
春の兆しを思わせる陽の中で、私は感謝と懇願を織り交ぜた言葉をらいあ区長へ弾丸の如く発していた。
「らいあ区長短い間でしたがありがとうございました貴方様方にお世話になってばかりで大変申し訳なく存じますそれでいて厚かましいのですがどうか十八土炉の私の家族をお願いします貴方様に私の全ての“力”を渡しますのでどうか皆さんと生き延びてくださ」
「早い早い待ちなさい。どうした?気を確かに持て」
おや、慌てるらいあ区長という珍しいものを見れたな。なんて頭の冷静な部分が驚いている。
「気は確かですが私はもうすぐ死にますもので」
「何!?持病か?薬は?」
「いえ病には幸い縁無く、しかしその縁も尽きました。村の中だからと気を抜いていたようです。足にくるまるが引っ付いて居るのです」
「ああ、私の足元にも居るがそれがどうした?」
ここまで話して私はらいあ区長がくるまるに気付かない訳も無く、更に知った今現在に欠片も驚きも警戒も無い様子に気付いた。自分の体調に異変も無い。
これは何故だ?
「らいあ区長、許されるのであれば私は今一度、知識を深めたく存じます」
「誰にどう許されるかはいざ知らずとも私は協力しよう」
「ありがたき幸せ。して、貴方様にとりくるまるとは?」
「これか?これは」
「これは?」
二人共に下を見る。それは私の足に体を何度も押し着けていた。感触はふかふかな絨毯に包まれた木綿豆腐ののし掛かり的な体当たりである。
『くるまる』とは、この世界の三大謎の一つに数えられているらしい。何時からかこの世界に生まれた生物。丸い体は長い毛にくるまれており、素肌は勿論目すらも見当たらない。大きさは豆粒から樽サイズまで様々。色も毛の質も数種類確認されており、大抵同じ種類で数匹集まっている。力は非力。髪がなびく程度の風にも転がし飛ばされ、水中に生息出来るが魚の泳いだ勢いで流される。
そんな生き物が足に引っ付いただけで死を覚悟した理由。それは、この生き物が“力”を吸うからである。吸うという表現だけでは生易しい。吸い尽くす。対象が物であるなら止まるまで、人であるなら動かなくなるまで。くるまるは『死神』の代名詞としても用いられる。こんな詞まである。
『会えば死ぬぞ。近付くな。全力で逃げろ。逃げる者ほど追われるが、逃げなければ死あるのみ。死にたければ会え。やわらかな死神が苦しみの無い死を与えてくれる』
これは満月の市が行われる広場の一つの石に刻まれた詞だ。『苦しみの無い死』かは分からないと言うより分からなくて当たり前だが、他は全て合っていた。
「これは、るるのボールだな」
「はい?」
なんと?
「ボールだ。るるは投げて遊ぶ」
「な、投げて?ということは触る?まさか素手で?特殊な手袋でですよね?」
「素手で投げる。私には枕でもある。この村へ来るまではそうしていた。たまに村の外で会ってもそうしている」
「……つまり、くるまるとは対象によりその行動を変えると?」
「そう捉えるか。お前は賢いな」
「お褒め頂き恐縮でございますがその賢さとやらがただ今はまったくもって働いておりませんでして」
「ふっふっふ、面白いなお前は」
「あの、笑い事では」
「ああああああああああああああーっ!!!」
「ええっ!?」
天を裂くような悲鳴はことひらきさんだった。
「らいあ! だいちさん! 足にくるまるーっ!」
青ざめた顔で指を差している。
そう、それ。それが正しい反応だと思います。決して「あー毛のボールるん! 久しぶりるーん!」なんて喜んで走って来てはいけません。そして「こんにちは毛ボール。今日も投げられに来たるーん?行くよ?そーれっ」なんて嬉々として投げてはいけません。
らいあ区長、「良き肩だ」なんて言ってる場合ではありませんかと。良き肩だとしてもコントロールは良きではないですよ。川上に落ちましたから。川下のことひらきさんはてん様とさらら様を脇に抱えて慌てて川から上がります。グッショブです。無事帰ったら私の茶菓子をことひらきさんへ差し上げましょうかね。
「もう一匹居るん?じゃあ、そーれっ」
「えっ?ちょっ、だ、だいちさんどうなってんのん!?るるちゃん触ってるんけんど大丈夫なんのん!?」
固まっている私の代わりに「問題ないぞ」とらいあ区長。
「るるは“力”を吸われん。特にここのくるまるはるるに投げらるのを順に待つ程好きらしい」
「どういうことなんのん?」
「私にはさっぱり」
どうか私に聞かないでください。
「枕ともなるぞ」
「どういうことなんのん?」
「もう私にはさっぱり」
ええ本当に。
「おかたま、てんがほわーっとします」
「なのな。そしたらさららがさらーっとするのな」
「るーん。るるはぎゅーっとするるん」
恐らく何が問題となっているのか分かっていないてん様さらら様るるさんは、川で濡れた服を乾かしていた。
皆様、ことひらきさんも乾かしてあげてくださいませんか。両腕にお二人を抱えていた名残を残したまま固まっているのです。




