腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・十五Sideだいち
「なんこれ?岩?」
ことひらきさんの表情と声に温度が無い。気持ちは分からなくもないけれど。一週間振りに家族から連絡があったら期待もしてしまうだろう。好きな食べ物でも詰めてくれたんだろうか?とか、寒くなって来たから着替えの分厚い服かな?とか。きっとことひらきさんもそう心を踊らせたのだろう。
箱と思った物は箱ではなかった。そしてことひらきさんが望んだ物でもなかったらしい。
「なんこれ?柔らかっ!?」
なので落ち込むのは分からなくもない。そこは分からなくもないが、何故てん様の頬を揉む?
「てんのほっぺ柔らかいるん、伸びーるん」
「あぴゃーん」
何故あなたも伸ばし揉む。そして何故あなたは揉まれ伸ばされ喜んでいる。
らいあ区長とさらら様は風呂敷の中身を検分するのに忙しくこちらを見ていない。
頼むからそのまま見ないで。私はもうどうしたら良いのか分からない。
「一週間振りなのにさ、一週間振りなのにさ」
とうとういじけて縁側の板目を指でなぞることひらきさん。てん様はそんなことひらきさんの太ももにピタリと頬と脇腹を引っ付けてことひらきさんの真似をし、るるさんは風呂敷を畳んでいる。揉みタイムは終了したようでなによりだ。
「ことひらき、ことなき殿はこれを手に入れるのに大層御苦労なさったであろう」
満足そうに検分を終えたお二人がことひらきさんの頭や肩を撫でる。
「え?」
「なの。こんなに高純度で大きなものはそうそう御目にかかれないのなの」
「え、どういうこと?」
「るん?ことひらき、小さい和紙が入っていたるん」
「ばぁちゃんの字だ。『御供えせよ』?誰に?」
「恐らく“力”溜まりにと思われる」
らいあ区長は縁側に座り、さらら様はいまは文旦の大きさのてん様を腕にくるんで座った。身体の大きさを自在に変えるお二人の“力”のコントロール力に舌を巻く。“変化”の“力”の一つなのか?一日中大きさを変え続ける必要性は分からないが、“力”の量の多さは分かる。らいあ区長と同様かそれ以上に多い。
つまり、絶対に敵に回してはならない。
「“力”溜まりに?なんでん?」
「あまり伝わってはおらなんだが、“力”溜まりは楽子の墓場とも言われておるのだ」
「ええっ! ここお墓なんのん?」
そういえば、私の幼い頃はそのような話が多々あったがこの頃は聞かれなくなった気もする。“力”溜まりの語り部達が居て学校や町や村の集会に招かれ口伝していたはずなのだが、今は廃れてしまったのか?
「墓と言うより、亡くなった場所だな」
「亡くなった場所?」
「ふむ、良い機会か。皆、体調は整っておるか?」
「体調?俺は元気だんよん」
「るるはるんるんるん」
「あっぱぱらっぱっはー、てんげんきぃー」
「さららも元気なの」
「私も特には」
「では、供えに行こう」
「何処に行くんのん?」
「地下だ」
「ここは……」
数分後、私達は屋敷の地下へ昇降機で降りて来ていた。まさか屋敷の玄関脇の太い柱の中に昇降機があるとは。そしてその先にこんな場所があるとは。
「荒野……?」
地平線まで広がるひび割れ乾いた大地。灰色の空には濃灰色の妖雲が幾層と流れる。荒く息を吸う端から唇が乾いていくほど風は冷たい。鳥肌が立つ程おぞましい空気。人は居ないのに何故か人の気配のある夜道のような雰囲気がある。けれども決して生命の余韻すらもない大地。
吸い込まれる。
強烈にそれを感じた。あの地平線の先に私は吸い込まれていくのだろう、と。
終わり無い灰色の空のその先に何があるのか等期待しなくて良いのだ。全ては失われて久しく、何も無いと分かる故。
行きたい。
そう思った。あの先に行けば私は全てを捨てられるもう背負わなくて良い。そしてすべてを。
「お前にはそう見えるか」
らいあ区長に肩を叩かれビクリと体を跳ねながら正気に戻る。
今、私は何を考えていた?
震え始めた体を両腕で抱える。
私は今、独りで行こうとした。あの子達を、家族を置いてたった独りで行こうと……。
恐怖に支配されかけた頭を振り、払う。
落ち着け。らいあ区長が連れて来た場所なのだ。問題無いに決まっている。絶対に。絶対にだ。
根拠は無くてもそう決めて掛かる。生唾をゴクリと呑み、震える声でらいあ区長に応える。
「そ、う見える……?らいあ、区長には、ち、違うの、ですか?」
「いや、恐らくさほど変わりなかろう。だが子らを見よ」
らいあ区長の視線の先を見ると。
「は?」
膝丈の岩に片足を乗せて天高く掲げた両腕で巨大な魚を掲げる、瞳をこれでもかと輝かせたるるさんがそこには居た。
「取ったるーん! らいあ! るる取ったるーん!」
「見事だ、我が愛し子よ」
「俺のよりデケー! るるちゃんすごい!」
「あぴゃー! るるちゃますばらしきー」
「なのなのなのな」
「よーし! 俺も捕まえるぞー!」
「てんもてんもー」
「さららもなのな」
るるさんより一回り小さな姿へと“変化”したてん様とさらら様まで袖や裾を捲り上げるのを、呆然として見送る。
「え?なん?え?」
私は口を開いては閉じてを繰り返した。
大地にはいつの間にか清涼な小川が流れていた。川の中には幾多もの生命の気配。川の周りには草や花が匂い立つ。何より四人の楽しそうな顔と声。
「るるちゃま左足じゃー!」
「るん?あっ! ことひらきの方行ったるん!」
「うわっ! 足ヌルってしんたん!」
「なのなーん、さららのお顔にお水掛けて行ったのなーん」
あちらこちらへ動き回る四人を見ている内に体の震えは止まっていた。風は柔らかな冷たさになった。川をレースカーテンのような光がふわりと照す。
「輝かしかろう」
「はい」
「だいち、忘れてくれるなよ。お前もこの一人になり得るのだと」
「……いえ、私には、こんな」
こんな輝きは。
「無論、私もだ」
「え?」
見上げればらいあ区長の優しい笑みと茶目っ気に満ちた瞳が私に向けられていた。
「だろう?」
知らなかった、そんな顔と声もするのだな。
「そう、ですね。私達もきっと」
いや、待って。あんなにはしゃぐ私を私は想像出来ない。もしはしゃぐとしたら?……いやぁないでしょう。
うーん、と唸る私に苦笑しながら、「ああ、そうだ。きっと」とらいあ区長は目を細める。
頷き合う私達の耳に「鰻取ったぞー!」とことひらきさんの歓声が。
「おめでたしー!」
「蒲焼きるん?白焼きるん?」
「大きいなのなー」
「でもこれヌルヌあっ! 逃げた!」
「ことひらきちゃま右! 右!」
「どこどこ?あ! さららねぇちゃんの前!」
「なのな?あれまあーるるちゃーん」
「るるるるる! ぬるんっ!」
「るるちゃまがぬるってしもうたー」
「見つけた! よっしゃーここは俺がぬるっ!」
「ことひらきちゃまー」
「さららもーぬるるんっ」
「おかちゃまー!」
「……このままでは今日は供えられんやもしれんな」
「えーと……かもしれませんね」
止めれば良い?それは正論だが誰がどうやって?少なくとも私にその体力も気力も度胸もないのです。




