腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・十
今日もゆっくり進みます。
「あ、あ、あの、お話の途中に申し訳ないのですが、たろうさんという方のご無事を確かめる事が今は先決ではないのでしょうか?突然すみません! わたしは麺めんメン屋の者です」
汗を手拭いで拭きながら訴えるその人は、俺の斜め後方に座って居た。
魚のおだしかな?美味しそうな香りのする人だんねん。会った事のない人だ。そっか、確かにその通りだんねん。らいあ達に圧倒されてたんのんに、よく言ったなぁ。目の前ばかりに気を取られていた俺はまだまだだなぁ。
「そこは、どこどこ地区の区長のなになにです、だよ。つーちゃん」
兄ちゃんが笑みを浮かべながら教えると、「あっ! そうでした! ことほぎさんありがとうございます!」と立ち上がり頭を下げているおだしの香りの人。
兄ちゃんの知り会いなんだんかな?すごいなぁ、兄ちゃんって顔広いんだよなぁ。うちは兄ちゃん以外は皆インドア派で、休みの日は家に居て、普段は地区から出た事もないんだ。兄ちゃんは朝から晩まで何処かへ行っている日ばかり。昨日や今朝みたいに、家に居る時は体調の悪い日だ。兄ちゃん、熱下がったのかな?あちゃー、俺ってば、まずそれを確かめないといけなかったや。
麺めんメン屋の人は勢い良く「えっと、三日前に二子糸地区の区長に任命されました、つちこえです! 宜しくお願い致します!」と再び頭を下げた。すると、あちらこちらから「よろしく」「やっほー」と声と拍手が上がる。
地区長たちフレンドリーだんねん。
らいあも他の区長たちと同じように、嬉しそうに目を細めている。
「こちらこそ宜しく。つちこえ殿、安心なされ。たろうは天井裏に居る。正確に言うと寝ている」
「居るのかよ!?起こしてこいよ!」
地区総長驚き過ぎて立ち上がっちゃったよ。
「爆睡中のたろうは私では起こせん。お前が行けばよかろう」
「訳分からんの居るのに行けるか!」
と右の方々を顔で示すららら地区総長。
えええ!?ハッキリ言い過ぎ!
「さららとてんの事なのな?」
らいあの右側の二人は揃って首を傾げた。声を発したのは小さい子よりは僅かに大きな子の方だ。先程までは緊張であまり見れていなかったが、改めて眺めているとなんとも不思議な二人だった。
まず、人間としての気配が少ない。なんか変な言い方だけれど、本当にそう感じる。自然の気に近いのかもしれないんなん。この村の木々のように、長く生きて苔蒸した木のような、土の薫りと僅かな懐かしさを覚えるんねん。
次に見た目。二人はまったく同じ顔をしているなぁ。眉の長さと鼻の形こそ違うけんどん、パーツの置かれる割合がほぼ同じなのだ。無邪気そう、言い換えれば無害そうに思えるきょとん顔。表情はほとんど変わらないね。もしきょとん顔が常なら、それが無表情ということになるかんなん。二人とるるちゃんたちが話していた先程は表情があまり動かないためか、思いは瞳や声色と動作で伝えているみたいだった。
あれ?そういや、るるちゃんに似てる顔だんねん?るるちゃんは瞳に感情がバリバリ出るので無表情とは思えないけんどん。
そして、着ている物は実にシンプル。布。と言いたくなる物である。紐も釦も何も無い。大きい真四角の縫い合わせた布から首と手首より先を出している小さな子(足元は座っているので不明)と、大きい楕円の縫い合わせた布から首と手首より先を出している僅かに大きな人(同上)。小さな子は柔らかでも分厚めの素材、僅かに大きい子の素材はひらひらと軽やかな素材だった。
「お初にお目にかかりますなのな。さららは楽子さららと申しますなのな。この子はさららの子っ子の楽子てんなのですな」
「お初にお目にかかりますー。楽子てんでごさります。あっぱはぱはははは!」
ららら地区総長にはまったく怒っていないのかな?朗らかというか、伸びやかというか、まったりな二人だんなん。ちなみに、てんちゃんの、あっぱはぱはははは! は笑い声ですか?こちらの数名が怯えているのですが、状態異常系の術ではないんでんす?
「うふふ、てんちゃんがお元気でさららは嬉しいなのな。皆様、学塔街から来た子ぉは、この村にはさららとてんしか居りません。護衛たちはすべて置いて参りました。万が一村人となんぞ有っても何人とも争いをせぬよう申しつけておりますのな。うふふ、さららの命に逆らう子ぉは居りません故、どうぞご安心を」
あ、今の目だけの笑みうっすら怖かった。さららちゃん怒らせたら大変そうです。
「そうか。んで?目的は?」
ららら地区総長って言動共に猪突猛進気味だよね?兄ちゃん。
「昨夜はさららのバカ父が学塔街当主としても人間としてもご迷惑をお掛けしましたのな。その謝罪に参りましたなのな」
さらら様結構言うぅー。基本は様呼びだよね?あの楽子だもんね?個人的にはさららちゃんって呼びたいけんどん。
「はあ、それは後でらいあも含めてだな。あのな、知ってんかどうか知らんが、ここオン村はな、歴史的にも文化的にも自然的にもあちらこちらが保護区域なんだよ。観光も商売も立ち入りも素通りも移住も何でも完全申告予約制の区域な訳。村を囲む柵にも侵入妨害攻撃防御の対策がゾッとするくらいされてんだよ。昨日の学塔街当主とそこの子といい、あんた達どっから入ったんだ?昨日は護衛らも入ってたんだろう?」
ららら地区総長、一度も噛まずにすごい。
「さららはアホ父の事はわからないのな。てんちゃん知ってるのな?」
「あぱはー?あんぱんおじいちゃま?あんぱんおじいちゃまとごえーはでっかい人に『よう来た! 入った入った!』って言われてたよー」
「あん?でっかい人?」
「あぱー。頭になんかねじねじ巻いてたよー」
てんちゃん様が額の前で手をくるくるする。
かわいい。てんちゃん様って声に出して呼びた過ぎる。てか、頭のねじねじってあの人しか思い浮かばないんだんけんども。
「ふぇっふぇっふぇっ、トレードマークを隠さな過ぎだねぇ」
「あほか?あほなのか?ことほぎの件といいあいつはあほなのか?」
頭を抱えるららら地区総長と笑うきーちゃん。
誰か見当がすぐ付いて喜ぶ所だけど、元同僚としては少し複雑なんだんかな?
「ふぇっふぇっ、それでぇ?さららはどっから入ったんだい?」
「さらら?さららはお空から」
「「「「「「(お)空から!?」」」」」」
驚きの声は全て地区長側から上がったので、らいあ達は知っていたようだ。「結界が壊れたのか?」とか「防御装置の故障か?」とかザワザワしている。何人かは天井をジッと睨んでいるが、あれはその先の空を視ているのだろう。
「何も壊れてはいないのな。だって、お天気のいい日のさららは氷なのな。結界や装置は氷まで拒まないでしょ?なの。ねー、てんちゃん」
「ねー」
目を合わせて首を傾げ合う楽子の二人。
なんじゃありゃ、内容は意味が分からないけど、とてつもなくかわいい光景なんだけんどん。
「うん。よく分からんが不法侵入中ってこったな?」
衝撃から復活したららら地区総長が問うも。
「いんやぁ、さっきあたしが許可したよぉ。情報を罰金として払ってもらったからねぇ。ふぇっふぇっふぇっ」
「それ先言ってくれ」
「ふぇっふぇっふぇっ」
きーちゃんが許可した?きーちゃんって役職持ちだったのかな?
「はあー。で、らいあはどう返したんだ?うしお連れてかれたんだろう」
「いや、あれは連れて行かれたのではないとの結論に至っている。寄って、うしおの件では不問だ。うしお自身も夢の中で『急に遊びに行っちゃってごめんねー』と言っていた」
「そうか。しかし知らんかったわ、お前の話し方でうしおの真似されると鳥肌立つんだな」
なんて事をこの面々の前で。この人は嫌われたいのんかんな?
「るる、この人に塩しか出したくない」
ほらー、るるちゃん怒っちゃったー。
実は、るるちゃんとたてこーが先程からお茶を配ってくれていたのだ。地区総長を半目で指を差するるちゃん。
ゆ、指、るるちゃん、人差し指が地区総長の額に刺さりそうです。
「済まなかった、蜂蜜檸檬。茶くれ」
「嫌るん。たてこう出せるん?」
「この家の主に一番近い君が出さないのに自分が出す事はしませんよ」
「ということるん。はい、塩」
塩何処から出したの?るるちゃん。小瓶で持ち歩いてるんのん?
「余計喉乾くわ」
項垂れるららら地区総長。
「あらまぁ、さららが塩水にしてあげましょうかのな?」
「あんた面白がってるだろ」
項垂れたまま応えるららら地区総長とてんちゃん様を撫でながら問うさらら様。
「それはもちろん。大陸の方々も面白いのな」
「いい性格してやがるぜ」
「なのな?さららは“いい性格”なのな?初めて言われたのな」
「おかちゃま」
てんちゃん様がさらら様の膝に手を乗せて、さらら様のお顔を下から覗く。その瞳の色が先程までと違い暗く、俺はぶるりと身震いした。
うおっ、すごい寒気すんるんー。
「てんちゃんどうしたのな?」
「あの人、泡にしていい?」
「あらまぁ」
ららら地区総長はことごとく子らに嫌われたようである。
そしてさらら様、あらまぁと頬に手を当てている場合ではございません。ららら地区総長の顔が真っ青です。
「ふぇっふぇっふぇっ、まぁ、そうなるわなぁ」
笑っているきーちゃんの前に、たてこーが湯気の立つ湯のみを、コトン、と置いた。
今までの謎は謎のまま新しい謎が増えている……す、少しずつ紐解いていきたいです。
二子糸地区地区長、つちこえです。魚のお出汁の香りの麺屋さん。きっと肉のお出汁もあります。




