腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・八
「そうなのか、らいあ」
ららら地区総長が仰け反って驚いているのはどっちにかんなん。突然現れたらいあにか、らいあの言葉にか。
「現実ヲミなよ」
首を振り振り、呆れている四葉区長。の隣にもいつの間にかきーちゃん。
らいあもきーちゃんも気配あるんだけど無いっていうのかな。まるで澄んだ空気と同化してるみたいな人達だんねん。晴れた風の爽やかな日に一人行った草原の空気と似てるかんなん。
「ふぇっふぇっふぇっ、可哀想にねぇ」
うわぁ、きーちゃんからの『可哀想』は厳しいわぁ。あ、地区総長が露骨に凹んだ。膝が床にのめり込みそう。あれ?なんか言ってる。「めしが……昼飯が」え?そんなにるるちゃんのご飯食べたかったんのん?
「それで、五色の地区長からなんと言われたんだ?」
ふあぁあ、らいあに優しく聞かれると話しちゃいそうにんなんるぅ。ダメダメ。言わない、言わないもんねん。
「ふぇっふぇっ、話を纏めるがね。ことほぎ、あんたは、人の力を完全に封じる事の出来る特殊な手錠『絶力』を五色元地区長に渡されたんだろ?」
「もと?あ、うん。そうだんよん」
五色地区長って、もとって名前だったんだん?知らんかった。あ、しまった。きーちゃんってばいつもの口調で聞くからつい答えちゃった。
「それはダレにツケろっテ?」
やべぇ、門前のらいあに後門の地区総長。門番にきーちゃんと四葉地区長。塀は地区長達。もう逃げるなんて有り得ない状況じゃん。いや、逃げないけど、あ、でも、せめて家族への罰は無くしてもらわないと。
「あ、そのー、あのー」
「私ではないだろう?私は昨日までほぼ只人であったからな」
……ほぼ只人?それ本気で言ってるの?“力溜まり”に住んでるのんにん?
「ふぇっふぇっ、あたしかい?おや?違う?てんかね?それも違う?」
俺なんも答えてないんだんけんど?何故分かるのかなー?どうしよー、どこ見てたらいいのか分からないなー。アハハー。もう心の中で乾いた笑い声を再生するしかない。
「もしかシテ」
あ、待って嫌な予感がする。四葉地区長さん、それ以上言っちゃ。
「るるチャン?」
あ、ガラス窓が吹き飛んでいった。襖も横真っ二つに壊れた。俺?もちろん床にうずくまりましたよ。腕の中には四葉地区長がいます。俺より小さかったんだんもん。小さい子は守らなきゃ。弟と同じく。
「ちょット! ボクのコトハいいっテバ!」
腕の中でジタバタしているが離さない。なにせ今日のらいあの力量は未知なのだ。本人も調子がいいと宣言していたくらいだ。
調子の悪い普段であれだよ?“力溜まり”に居れるんだよ?俺には測り知れませんもの。
「ふぅ、済まん。気付いてはいたが改めて聞くとくるものだな。制御を少し誤った」
らいあの穏やかな声に顔を上げて見渡せば、立っているのは平生と変わらぬらいあとこれまた変わらぬきーちゃんだけだった。他の全員は地面に丸まり防御壁を張って身を守っていた。
ちょ、ちょっと待って、なんなんこの破壊跡。菜っ葉いっぱいの野菜畑が、薄く広い雲の流れる青空が見えておりまんすんが。
「何処が少しだ……」
地区総長が疲れた声を上げながら立ち上がろうとして止めた。ガラスの破片が有り過ぎて下手に動けなかったのだ。
と、らいあが「直せ」と誰にともなく呟いた。途端。
「えええええ!?」
俺は目と口を目一杯広げていた。
「オイオイオイ嘘だろ」
「あんた知らなかったのかい?」
呆然とする地区総長にきーちゃんがニヤニヤ笑って聞いている。あの笑い方、答えは分かり切っているのに聞いているのだんねん。
「知らねえよ。どうなってんだよ」
「さあ?なんせ“力溜まり”の家だからねぇ。ふぇっふぇっ」
「“力溜まり”ノ全部がゼンぶこうじゃないデショ?モシそうナらコノ世の“力溜まり”の場所はスベてごうツクばリドもに奪われてイるでしょ」
俺の下から四葉地区長も見えているみたいだ。
「だろうねぇ」
楽しそうなきーちゃん。
まだ呆然としている地区総長の斜め後ろに座る、真ん中が凹んだ帽子を被った地区長が静かに口を開く。
「生更木様。私はすべての今までの所有者達の記録帳に目を通しましたが、このような事象の記載はありませんでした」
「ああ、あんたは記録帳の保管係をしているんだったね。そうだね。あたしも目は通したから知ってるよ。無いんだ。けれども、これは現実だ。らいあにとっての、ね」
一人の人間にとっての現実が、俺達を圧倒しているという事実。怖がるべきか、羨むべきか、心震わすべきか、正解が分からない。
俺達の目の前では粉々に砕け割れたガラスや紙や木の破片が軽やかにキラキラ宙を舞い、先程までと変わらない姿へと戻っていっていた。
我らの主はらいあであり、己が居場所はそこであると示すかのように。
「さて、行こうか」
らいあが促すまで、俺達は座っていた。
「ハァ……」
地区総長の溜め息に背を押されたかのように、皆ゆっくり動き始める。
そのまま誰も何も言わず歩き続け、一つの襖を開く。
「るるるるるるるるるるるるるーん!」
「オオオ!?」
るるちゃんが突撃してきた。驚いた声を上げたのは地区総長で、らいあはビクリともせず受け止める。
「どうした、るる」
「らいあー。壁に空けたるるの穴なんで閉じちゃったるーん?」
穴?壁に穴空けたの?なんでん?ていうか八の字眉のるるちゃんかわいい。
「穴?ああ、済まない。先程ガラスを割ったので家に直れと命じたんだが、範囲を指定しなかったからだ」
あの、ガラスだけではありませんよ。なんなら壁もボコボコのガラガラでしたよ。
「ガラス割ったるん?この人に変な事されたるん?」
「何故オレ」
丁寧に手のひら全体でご指名を受けたららら地区総長は憮然顔。
「可能性の高さ順るん」
「まあ、否定は出来ねえな。地区総長である限り、地区長村民を裁くのもオレの仕事だ。相手によっちゃあ荒事も有る」
あっけらかんと頭をガシガシ掻くららら地区総長。
「仕事での可能性はるるは知らんるん」
「……」
絶句し固まったららら地区総長。
るるちゃん強し。
「まぁいいるん。また空ければいいるん。今度はもっと改良するん」
るるちゃん復活早い。
「済まなんだ。私に出来る事があれば言うてくれ」
「るーん。らいあが居れば百人力るん」
そう喜ぶるるちゃんに掛けられたのは、初めて聞く伸びやかな声。
「あらまぁ、らいあさんは百人分のお力をお持ちなのな?すごいのな」
「そうるんよー。らいあはすごいるーん。そういえばるるね、さっき、るるの気持ちの伝え方に迷ったるんから、らいあの真似して叱ったんるん。思ったよりしっくりしたるん。やっぱりらいあは凄いるん」
るるちゃんが胸を張った相手を見て「は?」の一言で止めたららら地区総長を、俺は初めて凄いと思った。プラス、炊事場でのるるちゃんはらいあの真似だった事にホッとした。あ、でもしっくりしたって……忘れよう。俺は聞いていない、聞いていないんだん。
「え?まサか」
「よつば、ことひらき、下がれ」
四葉地区の区長、名前よつばさんなんだ。もしかして地区と同じ字かな?なんてぼんやり思っていた俺は、襟首を後ろに引かれて誰かの背に庇われた。
ていうかこれ兄ちゃんだな。俺の本当の名前呼んだんもんねん。
「兄ちゃん、ごめんなさい」
溢れたのは謝罪の言葉だった。他に聞きたいこといっぱいあるのんにん。
「アホ」
「わっ」
頭をでかい掌でぐしぐし撫でられた。
「よくやった」
「兄ちゃん」
目の前には、俺の大好きな兄ちゃんの笑みが広がっていた。
ようやくことほぎ本人が登場しました。
四葉地区の地区長のよつばと“ことほぎ”のふりをしていたことひらきも宜しくお願いします。
らいあの力もちょこっとずつ戻って来てます。




