腹が膨らまねばうつつとて夢と同等である・七
「あの子らが一年くれえ前に来たとか言う、らいあの家族と友人達か」
「あ、はい」
玄関の鍵を開けた俺に開口一番、地区総長はそう聞いた。
なんか、意気消沈してる見えるんでんすけど。
「オレにも飯食わしてくれるだろうか」
「知りません」
違うわ。炊事場に満ちてた香りに惑わされて欲をどう実現出来るか思考してるだけんだんわ。あぁでも、俺の肩の力はちょっと抜けたんなん。
「お前は食えたか」
「今朝ごちそうになりました」
「消し炭にしてやる」
わああ! 地区総長の瞳に今日一番濃い陰が生まれた!
「理不尽ここに極まる!」
「馬鹿野郎! 蜂蜜檸檬に聞こえたらどうする!?」
そういうの小声で注意した方がいいやつですよ。てか蜂蜜檸檬って誰よ。分かるけど怒られるよ。それに。
「この家にいる時点で知られますって。ここ“力溜まり”の家ですんよん?力が迸ってるせいでいろいろあっちこっち伝播してますから、聡いらいあやきーちゃんには知られてまんすん、きっと」
「ま、そうだな。こそこそしたって仕方ねえトコだな。らいあが居てくれて落ち着いているんだが。それでも“溜まり”は相変わらず強力だな」
「はい」
チリンチリーンと小さな鈴の音が、誰かの一歩と共に鳴っている。後ろの地区長達は静かに歩いている。数名は緊張しているからと感じるが、残りの数名は地区総長と同じ意味だと思う。
「だが正直、らいあがまだ住んでくれていて助かった。ここは始めらいあのみ、数年して、足すうしお以外住めんかったからな。と思ったら蜂蜜檸檬は一緒に住んでんだな」
「そうなんですんよんー。長時間居れるなんて有り得ます?うしおは特例なんですんよんね?」
「ああ、よう知らんがうしおは何処でも居れるやつらしいぞ。二人の他には有り得んと思っていたが、そういや短時間なら書道教室も開いてるだろう。このオレの許可無しに」
嘘でしょ!?
「えええ!?許可無しだったんの!?」
「うるせえ。オレは許可してねぇが生更木が出した。生更木が許可したなら仕方がねえ。庭だけと言わずこの家に入っても村民に不調者は出ねえ、と言い切りやがった。しじょうも推しやがったし、反対者には生更木自ら説得したらしいし、外に居たオレは後で知らされたしどうなってんだと思ったが。まあ、この“溜まり方”なら納得だな。明らかに質がちげえ。“生きられる溜まり方”になってやがる。何したんだ?らいあ。いや、時期的に家族や友人達がか?」
な、なんか俺には荷が重いお話で……。えっと、生更木って?
「生更木?って、きーちゃんですか?」
「お前……生更木をちゃん付けとか肝っ玉だな」
何故か半目で身を引かれた。
いやいや、ご本人の希望ですかんらん。それに。
「なんせ友だちですんもん」
「はあ!?ああ、もういい。帰った途端逮捕者続出な上に捕縛用道具はお前が持ち出してるわ道路はあっちこっち整備中で凸凹だわ南の国はうんともすんとも言わんわらいあはぞろぞろ人増やしてるわ学塔街から楽子は来てるわいっそのこと悪夢でいいと思ってるが寝てねえから夢でもねえ。あーホントどうなってんだ」
後列にくすくす笑いが広がる。
地区総長が後ろをギロりと睨むも、小さくなっただけでまだ続いていた。
肝っ玉が大きいのは地区長達では?
「おい」
「俺は笑ってませんよ」
てか笑えません。逮捕者続出って何よ?さっきのバチバチな光がこの人の力なのは気付いたけどさ。誰が捕まったのかは後ろの面々を見れば分かるけどさ。見事にあっちの地区長らが居ないので。あれすか、この後俺も捕まる感じっすか。
「そうじゃねえ。お前なんでんな馬鹿したんだ」
馬鹿。そう、馬鹿だよなぁ。
「……申し訳ありません」
落ち込む俺に厳しい声が浴びせられる。
「答えになってねえ。言えねえのか」
「申し開きもございません」
地区総長は、深く長い溜め息を面倒そうに吐いた。
「一家共々追い出すか」
え!?どうして!?
「そんな!?ばぁちゃんや弟たちは関係ありません! 俺一人でやったんでんす!」
「なにをやったんだよ」
「えっ?なにをってこれを受け取ったんでんすんよ!五色の地区長から!」
懐からソレを取り出す。
「受け取ったって、それは既に部屋から出てたのか?」
「部屋?部屋って?五色地区長の応接間の箱にありましたけんどん」
「とば! 行け!」
「うぇーい」
地区総長が叫び、誰かが答えて、玄関の戸が引かれた音がした。
うぇーいって何よ、うぇーいって。てか誰よ。姿が見えなかったのは俺の背が真後ろの区長より低い為ではない……と思い込みたい。
「おい、誰か鍵閉めれるか」
「ハイハイ。ボクが行っちゃルヨ」
地区総長に答えて列から抜けたのは、俺も話したことのある地区長だった。確か、うしおの住む地区の長だ。
「はいはい、これはオレが預かっとくわ。ほら、進め進め」
ソレをヒョイと俺の手から取った地区総長に背を押され、再び歩き始める。
「おい、お前はオレの名前覚えてるか」
突然方向の変わった質問にハテナが浮かぶも、はい、と答える。
「覚えてます。わらっちゃ……トテモいい楽しくなっちゃうお名前ですんねん」
「オイコラ」
オオオ! 目の前にバチバチしてる拳が。
「オイコラ反対です! 地区総長のらららさん」
「名前は呼ぶな。地区総長だけにしろ」
バチッ! と俺の前髪から音がした。
「ウワアッ! 理不尽!」
「それ本当に止めろ! 蜂蜜檸檬に追い出される」
その呼び方で追い出されそうですよ、ららら地区総長。
「で、脅しの中身ハ?」
「うんわっ!?あ、どうも、うしおの地区長さん」
「ややヤヤやメて! ボクハうしおの地区長じゃナイ! うしおの住んデる区の地区長ダカラ!」
悶えるうしおの区の地区長に、ホラ! トリハダたっちゃっタじゃン! と勢いよく腕を見せられる。
硬度のありそうな鳥肌がびっしり……本気で嫌だったみたいだ。
「ごめんなさい。えっと、あそこは四葉地区ですよんね?」
「謝れルノハいいコ。そうだヨ、ヨハ地区。で、脅しの中身ハ?」
ヨハ地区長が首を傾げると、耳下で切り揃えられた髪がサラリラ動いている。
縛ろうにも紐が抜けていきそうなサラサラ具合でんすんね。
「えっと……なんの事ですかんねん?」
「とぼけるノハワルい子」
色や飾りで装飾が施された尖った爪に頬を突かれた。
爪にピアスとか面白い! 生きて帰ったらしてみようかな?あ、先に爪伸ばさんとんだね。
「あ、アハハ。あ、あれ?なんか、ここ狭いでんすんね」
「そりゃあ、地区長の壁に囲まれりゃな」
地区総長も少しうんざり顔だ。
「かナりアツくルシいナ」
「我慢しろ」
是非とも我慢したくない。
ただいま俺は周りをぐるりと地区長達に囲まれている最中だ。しかもここは廊下だ。いくら広い屋敷の廊下でも廊下は廊下だ。並ばれると狭い。
「言ッチャいなヨ。楽になルヨ」
四葉地区長、長い爪をカチャカチャさせてそのお顔で笑うと悪役ですんねん。
「それ悪役の台詞っぽいです」
「フッフッフッ、バレちゃあしょうガないナ」
「ま、まさかあなたは!?」
ノリのよい四葉地区長にノル俺です。
「おーい、二人ともふざけてんじゃねえ。蜂蜜檸檬待たせてんだから」
「シツこいな、キミは。そのハチミツれもンチャンに嫌われタイのかな?」
「既に嫌われているから気にせんでよかろう」
あ、俺まだ生きれそう。とその声を聞いて思った俺は泣きそうになった。長生きしたいとは思ってなかったんだけどな。
地区長二人(一人は声のみで退出してしまいましたが)登場しました。
地区名呼びの際は○○地区長、名前呼びの時は○○区長としています。




