竹馬の友は竹に雀を思い笑む~幼馴染みの集い・九~
らいあの病は楽子一族やオンの世界特有のものです。
症状、治療方や医師の診断は実際のものではなく現実と関係ありません。
「ぶわっ、とはなんだろうね、てん。おじいちゃまたちに教えてほしい」
おじいちゃまたちと言ってくれてありがとう、うかび。そこでおじいちゃまに、と言われていたら、俺は土下座してでも教えたくれとせがんだかもしれない。
らいあの長年の体調不良の根源の病は、数多の医師に匙を投げられたものだった。「体質のようなものとして折り合いをつけて生活してください」と一体、何度言われたことか。
名医と名高いしじょうが村へやって来た時、冀った治療が始められるのではないかと期待した。しかし明確な治療法はしじょうでさえ持ち合わせていなかったのだ。「申し訳ない」と頭を下げたしじょうに気遣いの声を掛けられたのは、らいあだけだった。
しじょうが匙をそのまま持っていてくれている事が今現在唯一のよすがだが、らいあは少しずつ、少しずつ弱っていった。
俺たちの前でらいあは嘆きも竦みもしなかった。「無いものは無いままでいい」とまで言った。らいあ自身が俺たちよりも冷静だった。それが表立ったものとも気付かずに。
いつぞやの夜、大根と人参をおろす俺の横でらいあから溢れ出た想いは、きっと溢したくなかったものだろう。俺は泣き声を隠す為に大根をおろし続けるしかなかった。
側に居た俺たちに話せなかった言葉、遠くに居るパートナーにも伝えられなかった想い。
俺たちは、俺は、らいあに甘えていた。
「力のほーしゅつですじゃ。ほり、あちこ、固まっておろう?あっちもこっちも。流しそうめん固まったみたいに。あれをほどいて流して、多いのをぶわっとほーしゅつするんですじゃ」
てんはらいあの身体のあちらこちらを指差した。
それは知っている。医師達も診ていたが、原因や対処法を見抜くまではいかなかった。
らいあは穏やかに答えた。
「力が固まっている事は事実だ。然し、私には絡まりを解いた上で流し、放つ方法が無い。学塔街にはあるのか?」
最後の問いはうかびに向けていた。うかびは眉を下げ、「……まだ」と囁いた。
知らぬ間に身を乗り出していた俺たちは、一人、また一人と姿勢を戻していった。
「これ! おじいちゃま!」
突然てんが叫び、俺は驚きで転ぶ所だった。
あぶねー、なんとか持ちこたえたぜ。どうした?てん。
怒っているのか、ふわふわだった髪の毛が雲丹の棘のように四方八方へと広がっている。
せ、静電気?バチバチはしてないけど、静電気ですか?俺、あれに弱いんだ。指先にバッチバッチと不意打ちで来るもんだから、つい大声あげちゃって。寒い時多いけど暑くてもあるんだよなー。
「おじいちゃま! かずらちゃまのお本、読んでなかろうですね!?」
目を三角に両腕を振り振り振り振り。ほっぺはぷっくぷく。唇とんがり、足ぱたぱた。
かわいくてこわくないって思っちゃった、ごめんよ。
「かずらの本?読んだが?」
「おじいちゃまのあんぱん!……あんぱん?」
自分で言った言葉に引っ掛かって怒りが一旦収まったらしいてんは、「あんぱん?……あんぱん?」と呟きながらふらふら歩き、らいあの隣にぽすっと座った。
らいあはてんの伸ばした足に毛布を掛けて、てんの背をゆっくり撫でた。
「……あんぽん、と言いたかったかな?近所の幼子がよう言うていたが」
そっとらいあが聞く。曇っていたてんの顔がパアッ、と明るくなった。
「そじゃそじゃ、あんぽんじゃ。おじいちゃまのおんぽんなのじゃ。かずらちゃまの研究に光がございますのに」
「ほんとるん?」
るるがてんの手を掴んだ。泣きそうに潤んだ瞳の持ち主は、ただ一人の為に、壁やら柱やらにその小さな手で穴を開けた子だ。
「ほんとるん?らいあ、体調良くなるん?」
「うんじゃ、きっと、人間の場合は毛があれば」
「「「「「「「「「「け」」」」」」」」」」
いつもバラバラな俺たちが、一つになった瞬間だった。
「毛ならあるん」
るるは自身の長髪をバサリとてんの方へ寄せた。ふわふわと緩い波で、毛先がたまにピョンと跳ね返っていた。長さはるるの膝裏まである。
「切るん?」
「切っちゃ駄目。体から生えてると使えるのじゃ」
「分かったるん。るる髪の毛生涯伸ばすん」
「長さはいまのくらいでよきじゃよ」
「キーは毛量るんか?」
毛量。るるの口から毛量。真剣に話している場面で吹き出しそうな笑いの沸点の低い俺。勿論、必死に堪えます。
「量は多くても少なくても、大切なのはほーしゅつ力じゃな。植物は、根から栄養をきゅーしゅーして葉から水分や酸素、二酸化炭素をほーしゅつするじゃろ?あれみたいな」
「なるほど。るるの髪の毛から、余分な力をほーしゅつするん?」
「そじゃそじゃ。でもその前にからまりをほどかなならんのじゃ」
「るるの髪の毛食べさせるとか?」
るるの一言に固まる大人たち。真剣だから笑えない。笑えない程否決をしたい大人たち。でもホントにそうなら俺はこっそり食わすが。
「それはちと、やったことないから分からぬ」
「るる、なんでもするん」
「るる」
らいあが柔く、重く、名を呼ぶ。
「なんでもなどと、言うでない」
そう言い手を伸ばす。るるは引き寄せられるようにその手を掴んだ。
「るん、だって、るるが生まれたから」
「何?」
らいあが眉を寄せる。俺たちもだ。
「る、るるが生まれたから、ら、らいあの、からだが悪くなったって」
顔を歪めたるるの声が震えて何度も引っ掛かった。誰もが呆然として、それからるるを急ぎ囲んだ。髪を、頬を、肩を、背を撫でても擦ってもるるは泣き止まない。
どうしてだ。るるは何故そう思っている?
「それはない。るる、それはないぞ。だろう?まさ」
顔を強張らせたらいあは、るるを抱き締めながらまさを呼んだ。
悲しそうなまさもるるをらいあの腕の上から抱き締める。
「そうだ、るる。らいあは、るるがまさの腹に来てくれる前から体調は悪かった。るるがるるになった時から逆算しても、らいあの体調のが先だ。それに、るるが来てくれて産まれてくれて、らいあの体調はかなり好転した。それこそ、るるはらいあのお薬だぞ」
「で、でもぉ、はなっ、離れて暮らしたるん」
ズビィッと鼻水を勇ましく啜るるる。
出して。鼻水は前に出して。ほら、ハンカ……チを渡したかったけど使ったのしかない。誰かハンカチをるるに……あ、るるの手にもう五枚もハンカチが載っかってた。足りてほしい。五枚も使う前に、悲しみが消えて泣き止んでほしい。
「離れていても、るるの力が私を守り、慈しんでくれていた。音風国の風の力を受け継いだるるに、距離など無関係なんだ。側に居られなかった理由は、私にある。大陸楽子の当主から、呼び出しを、受けていたのだ」
らいあは一度言葉を区切り、少し苦しそうに呼吸をした。
まさの手がらいあの背に添えられる。
「まさが続きを。楽子の事から話そう。楽子は元は一つの一族だが、何時からか二つに分かれている。それが大陸楽子と学塔街楽子だ。学塔街楽子の事はまさはよく知らなんだが、大陸楽子の事は知っている。大陸楽子は世界に散らばっていて、国によって呼ばれ方が違うのだ。だから、まさは音風国の包子だが、大陸楽子だ。国によって当主がいるが、すべての国全体の大陸楽子達の代表は大陸楽子当主と呼ばれている。その人かららいあは呼び出しを受けたが、らいあは行かなかった。というか、行けなかった。大陸楽子当主はらいあを帰らせるつもりがないと、信用の出来るある大陸楽子から忠告されたからだ。学塔街楽子当主の元へ渡すつもりだ、と。それを聞いた時、まさとらいあは出産の為に音風国のまさの里へ帰っていた。聞いたのはらいあだけで、まさは何も知らずにるるを産んだ。それから数ヵ月して、らいあはまさとるるに告げず、一人で旅をし、オン国へ、この村へ辿り着いた。まさが知ったのはらいあが出て行って半年後だった。るるに里の外の景色を見せようとしたが、まさとるるは決して出てはならないと言われた。里の長から理由を説明されて、そこで、らいあがまさとるるの為に居なくなったと分かったのだ。もっとも、まさは怒ってはいなかったぞ。らいあがまさとるるを置いて行った事よりも、体調を崩しているのに一人旅をするらいあが気にかかって気にかかって仕方なかったからな。そうだ、一人ででは無かったとも後で知った。途中ちくばとうしおを拾って行ったそうだな」
「そうではないかもねぇ」
「あれ、何処か違ったか?」
ちくばと俺はニシシと笑った。
「俺たちは拾われたんじゃないぜ。拾わせたんだ」
「拾わせた?」
八月が終わりますね。
竹竹集い編次回完です!




