雨滴散布方々・四
「そんで、あたしを鬼役にして望みは得れたのかい?」
「ああ、だいちの後を着けれた。あれの後ろはやはり膨大だ。だが体制が碁盤の目のように整っている。だからか、だいちは誰でも手に取れると思って手放す気でいるぞ。要るか?」
なんて恐ろしい事をしたんだい。火遊びにも程があるよ。と言いたいところだが。
ことひらきが撒いた豆を律儀に一粒一粒拾い集めるだいちをあたしはちらっと見た。近くに同じく拾うるるが居るからか元からか、見た目は温恭そのものだ。
らいあもだいちも茶番だと分かっている上で事に及んだんだろうねぇ。敵を騙すには味方から、か。ちと強引だがね。得意分野は正面からぶん殴るのらいあと、いつでもどこでも影の中のだいちにしては頑張ったかな?
事前報告はして欲しかったがそれは毎度のこったか。
それで?だいちは味方になったと思って良いのかい?らいあ?五色の地区長と機構との繋がりの問題は解決したのかい?
「要らないよ。あんたがもらいな」
「要らん。私には私のがおる」
「ならなんで追ったんだい」
「……あの……それは、本人の居ない所ですべき話ではないでしょうか?」
控え目な、それでいてはっきりとした声が届く。
至極温順そして冷静沈着。ほとんど波立つことのない感情と声。感情も理性も本能すらも制御し切っている者。それだけでも厄介だというのに。
らいあとさらさらっ子は「他の目的の為に嫌々、機構と五色の地区長についただけで本心からではないだろう」と口を揃えていた。
あたしらが全力で調べた限りでもその様子だ。なんだが……もし本当に機構側についているのなら……背筋が凍る気分だよ。勝てる気がしない。あたしは一応村長というオン村全般の事柄に対応出来る立場な事と、年上で、これでもまぁいろいろ経験者な事とあるんだがね、それでもこいつにゃあ負けるだろうな。知恵の質が、方向が違う。
「お前は居ても居なくても後々気付くだろう?時差も微々ならばいま聞くのと同等だ」
「だいちさん、信頼あるるんねぇ」
「これは信頼?ですか?」
豆をるるに渡しながら苦笑いするだいち。大ぶりの豆なので誰かが踏んで転ぶかもしれないからと拾ったらしい豆は、るるが「迎撃用に工夫しておくるん」と回収した。
誰をどう迎撃するつもりなのか。聡いこの子は聡さとは遠い突飛な事をするので楽しみだ。
「なんだか楽しそうだね?」
正門では無い側、炊事場の出入口方面から突然聞こえて来た声にるるがパッと顔を上げる。
「しゅゆ、お疲れ様るーんっ」
タタタッと軽やかにるるが駆けて行く。
角から気怠げに現れたのは、おおねとにりんの養子のしゅゆである。エプロン姿なのを見るに、うしおへ届ける食事を用意していたようだ。
そういやぁ、この子も謎の多い子だよねぇ。あの日、“力”溜まりにすんなり受け入れられたもんねぇ。
それ以来、零輪地区民の食糧庫兼避難所であるこの“力”溜まりの手入れや整理整頓の仕事をちらほらしていて大変助かっている。
らいあ一人では時間も体力も足りなかったからねぇ。
もしや本人が知らないだけで楽子一族か?と調べたが一族が公表している一覧には居なかった。懇意にしている大陸楽子にこっそり問い合わせてもみた。答えは「その子も父親も知らないね。『はぐれ』かねぇ?けれども、現在楽子の者に楽子と認定されていなければ楽子独自の“力”は使えないよ。認定された楽子は必ず大陸楽子本部へ申告しなければならないから、違うと思われる。楽子の“力”の方は警戒しなくていいだろう。“力”溜まりに気に入られるのは案外楽子も何も関係無いとの報告もあるから。ま、様子見かな。……けれども警戒しなよ。笑子や愉子ならばこちらでも分からんぞ」だった。
警戒を促されたが、笑子や愉子ならばその異様な気配ですぐに気付く。あたしは楽子でもはぐれでもないと結論付けた。
それなのにねぇ、うかびの書状に名が書かれていたってぇのが引っ掛かった。楽子の事どっかで助けたんじゃないかい?なんて言ってみたが、しゅゆはぴんと来てなかった。それならばとたてこうへ聞いても、「楽子と?いいえ、“力”の無い自分でも楽子の気配は異常だと解りますので。そんな人とはこの村へ来るまで会いませんでした」だったからねぇ。
それから再度調べ直した。が、やはりシロだった。何故名が記されていたか、学塔街当主へはまだ聞けていない。
あいつあたしが話そうとすると逃げるんだよ、こんちくしょう。昔っから察しの良いやつだよ。会わなくなって三十年経ったと思えない位変わってない。その間に産まれたらしいさららとてんはなんともかわいらしいってぇのにねぇ。
そのさららとてんは「しゅゆは認定された楽子ではないのなぁ。けど、おとうさまは何を考えているのかさっぱりだからなぁ。これからはどうかななの」「しゅゆちゃま?にんていの楽子ではなさそうでごさりますがなぁ。おじいちゃま?さぁ、てんにはさっぱりなのでごさります」と揃って首を傾げた。
認定された楽子ではないの言い回しが気になるところだが、大陸楽子がはぐれと表現した、認定から逃れた楽子は知らないだけで多いんだろうねぇ。なんせ、大半の楽子は不思議・怪奇・難問・破天荒の申し子だからね。枠に留まることを苦にする者が多いとあたしは思う。
ま、しゅゆが楽子でもなんでも良いんだよ。あたしと気兼ねなく話す数える程しかいない大切な者の一人だって事に変わりはないんだから。あたしが村長だから調べただけで、あたしはあたしに悪意が無きゃこしたことないだけさ。
「ふふ、るるご機嫌だね。良いことあった?」
「るーん、るるね、だいちさんと恋人になる予定なのるーん」
「未定です」
すかさず訂正するだいちだが、しゅゆはまったく聞いていない。「へぇ、おめでとう。樽買わないとね」なんてるるに優しい目を向けている。
……樽?なんでまた。ああー、そういやぁ箱入りうしお事件でるるもしゅゆもらいあと十八土炉へ行って、だいちに会ってたんだったか。あたしは間の悪い事に満月の市の出店準備を見守りに行っていたから見れなかったんだよねぇ。十八土炉担当の部下の子は「だ、だいち地区長が樽をお被りなのは驚きでした」なんて声を震わせていたっけ。
あたしは防犯記録機器で見たけれど、あれは酒樽だったねぇ。なんで樽被ってたんだろうねぇ。“力”を見れば同一人物だと一瞬で分かるんだ、顔の造形を隠したって意味ないだろうに。
そんでその樽を被ってたやつとるるは恋人になりたいと?まぁ、あたしも人の見た目は気にならんが思い切るねぇ。いや、樽を被っていても良いんだよ。気になるのは突然被り出して突然止めた事さ。問題がなきゃ良いんだが。
らいあも案外乗り気だね?というよりらいあが乗り気だね?気に入りようが半端じゃなさそうだ。まぁ、あの腹黒さはらいあの好みだわな。
だいちは先代のお気に入りの子の一人だったからあたしも名前と話くらい知っている。勿論、らいあも引けを取らない。対象的だったのはらいあは積極的に先代と姿を見せていたが、だいちはただの一度も姿を見せなかったことだった。
本当に居るのか?なんてあたしらは思っていた時期もあった。先代の夢物語じゃないか、なんて失礼な声も割りとあった。それくらい姿形の無い存在だったのだ。あの手巾を見せられて、その“力”に戦慄するまでは。
だいちが自ら作って贈ったという、先代の身を護る為の“防御・防寒・防熱”結界その他もろもろを染み込ませた手巾を自慢気に見せられていなければ、あの日会ってもあのだいちだと気付かなかっただろう。
あの日、すれ違いざまに気付いたあたしはすぐにだいちを呼び止めた。なんてって?そりゃあ、荷物を持とうとした者の特権全力行使さ。
「アタタタタ! 腰が……!」
「痛めましたか。腕に掴まれますか?荷物は持ちますので」
「済まないねぇ……助かるよ」
先代の話していた通りの好青年だった。
あたしは自然な流れで茶屋に誘い、自然な流れで名を名乗らせ、自然な流れで職場へ連れ込んだ。荷物を持ってもらい職場へ行く段階でもだいちは平然としていた。
先代の居る方向へ行くんだよ?先代は“力”を読め辿れるんだ。下手したら会っちまうのにだよ?人を間違えたかとあたしがそわそわしたわぁ。息を切らし着物を乱して出迎えた先代を見て「馬鹿もん! 早いよ!」なんて内心舌打ちしたあたしの横で、「お久し振りでございます」なんてにっこり微笑んだだいちを見て脱力した事は鮮明に覚えている。
いまでも思う。あれは、あたしがだいちを見極めようとした前に、だいちがあたしを見極めようと仕組んでいたのではないか、と。
ふと、だいちと視線が絡んだ。だいちは目だけで笑ってみせた。
あの日と変わらぬ静謐な美しさの人間が、何故か無性に恐ろしく感じた。




