雨滴散布方々・三
「あたしは鬼でも何でも良いんだがね、今日あたしがあの子を家まで送らなきゃいけないんだよ。もう少し、折ってもんを考えるべきじゃあないんかね?」
「ごもっともだ。済まぬ」
あたしの真向かいで正座をして謝るらいあ。
こいつぁ「言う時が悪かった」と思っているだけで、「人を鬼に例えた事が悪かった」とは欠片も思ってないんだろうね。そりゃあ、あたしはなんも気に……いや、そうでもないか。
「いんや、何でもではなかったね。この前魚を買いに並んでたら他の客に『どけジジイ』って言われたもんだから『ババアだよ』って蹴ってやったんだった。あんときゃあたしにしちゃ珍しく苛ついたもんだったよ。他人の性別も背格好も何でも関係なく何とも思わないんだがねぇ。あたしは見るからにババアだろ?なのにジジイとか失礼だよねぇ」
「いや?お前は見ただけでは婆か爺か分からな」
「るる、蟹買ってやるからあたしんちおいでぇ」
「済まん悪かった謝る」
先程よりも神妙に謝ってくるらいあ。
現金なやつだねぇ。
「はぁ、まったく。お前は幾つになっても悪ガキだねぇ」
「るん?きさらぎちゃん、らいあと長いるん?まさちゃんともお友達だったるんね?」
「どっちともあたしが行商やってた時に何度か会っててね。まさはまさのまんまだけど、らいあはあん時、本当に尖ってたよねぇえ。いまはちいっと丸くなったかなと思ってたけど、悪ガキなのは変わってないもんだ」
「お前も見た目変わってないぞ?」
「学習する気がないようだね?」
「え?褒めているんだが……」
嘘ではなく驚いているらいあ。おやおや、本当に褒めたつもりだったようだね。
「……本当みたいだね。あんた褒め慣れなさすぎじゃないかい?」
「……そう言えば、教室の子らに言われたな。『褒めてるのか悪く言ってるのか顔からも声からも分かんないから分かりやすくして』と」
よしよし、子らから注意されるくらい仲良いか。あたしがごり押しで進めた教室はうまく行っているようだ。
だってねぇ、零輪民からの苦情と言うか、泣き言が多くてねぇ。地区長の愛想が良くなくて怖い、雰囲気や声が覇王みたいで怖い、見た目格好いいのに目付きが鋭くて怖い等々……らいあはただ生きてるだけなんだ。なんだか不憫に思えて来てね。
らいあからしたら知ったこっちゃないわいと無視出来るこったばかりだろうけど、あたしとしてはなんとかしたかった。こいつとは昔からの腐れ縁だ。口調や意思に断定型が多いだけで怖がられる程の性格をしていないのも知っている。あんなに暴れまくってた子が体調を崩して籠りっきりなのも気にしていた。あたしにも情ってぇのがあるんだよ。
それに、村長としての悩みからでもある。いまやこの零輪地区は、特殊な“力”の持ち主や物の集まり場になった事だ。
何故かって?簡単なこったさ。特殊な“力”が暴走した時に止められるのがらいあくらいしか居ないからだよ。そりゃあ、他にもたくさん止められる“力”の者は居るけどね、各々の特性があるからねぇ、特定の“力”相手に限られるのさ。そんで、その特定が合うことがなかなかない。“力”ってもんは多様性が有り過ぎるからねぇ。そんな、特定の居ない“力”の持ち主で更に制御出来ていない者や物がこの零輪に集められたのは、自ら集まって来た者も居るが、らいあの噂を頼りにしたからだ。「どんな“力”にも対応出来る強者が、零輪に居る」と。「らいあだって療養中の身だからあんまり頼むんじゃない」ってあたしが何度も何度も言ったのにねぇ。数年かけて、らいあしか住んでいなかった地区に人や店が増えて行った。
そんで困りに困ったから自らやって来て住み着いたはずの地区民らが、いざらいあに会ったら「頼りにしているが怖い」だの「相談・話しづらい」だの言いたい放題だからね。
それから日に日に、「らいあがいるから多くの“力”が暴走するのでは」みたいな馬鹿な噂まで聞こえてきて、どうしたもんだか頭を抱えそうになった。うしおやちくばも性格は悪くないんだが、それぞれ強固な癖有りな子らだ。そちらでも問題が度々あった時期と重なって頼れなくってねぇ。
ある日、そろそろ対処しないとって所まで来た。らいあにどう話そうか迷いながらこの家まで来る途中、買い物をしているらいあを見掛けた。今日は体調が良いんだと安堵したあたしの目に飛び込んできたのは、驚いた事に、楽しそうな子ども達と楽しそうに気軽に話すらいあだった。大人達は遠巻きにハラハラ落ち着かず見ているだけだった。当人達の笑顔が見えないのかねぇ?
その時、あたしの胸にストンと何かが落ちたんだ。「そうか、ありゃあ大人と言うより悪ガキだった。子どもとのが合うんだな」ってね。あたしの中で、『零輪の子らかららいあと仲良くさせていこう計画』が始動した瞬間だった。
自宅へ踵を帰したあたしは一人考えた。らいあの得意な事はなんだ?体を動かす事は全部得意なはずだがいかんせん療養の身だ。他は?用意しやすくて教えるに座って出来て、子達も学びやすいもの……書か?あの子は筆が上手かったはずだ。
ちょっと、しじょう。らいあの筆見たことあるかい?上手かったよね?いけるよね?何がって?書道教室だよ。え?習字じゃないのかって?もうどっちも教えちまいな。乗り掛かった船だ、あんたも手伝って。まずは場所だよ。
けれどもきっかけが無かった。らいあの体調は安定していない。理解してくれる支えをつけてやりたいが、らいあと渡り合えるものがいない。
なんだい、しじょう?副地区長?あれはちっとらいあを敬い過ぎていてらいあが肩凝っちまうよ。どうしたもんか。
悶々と悩むあたしに突如来た一つの吉報。それを引っ付かんであたしはある包子の里に飛んだ。文字通り飛んだよぉ。包子の里は巨大な飛行船だからね。
そこで見付けた宝。るるだ。あの手この手で取り引きしてでもるるを連れて帰ろうとあたしは頑張った。少し痩せたまさとも再開出来た。会えた事を喜んで泣くまさと話し合いをして、今度はるるを引っ付かんで帰って来た。村でなんだかんだあった日で、会わすのは数日後になったがね。
るるは想像以上に良い子だった。沈んで淀んでいたらいあをあっという間に浮かべて洗ってくれた。るんるん朗らかなるると接する和やかならいあを見て、地区民も肩の力を抜いていった。
予想外は続いた。るるが住むと宣言した途端、“力”溜まりはその“力”の質を柔和なものへ変えた。うしおがひめめを連れて住んでいた間も割りと柔らかな“力”で居てくれたんだが、それよりもより優しいものとなった。それによって、大抵の人や物が“力”溜まりに入っても体調を崩さないようになった。
実は、当初予定していた教室の場所は零輪地区支部だったが、変えた。“力”溜まりにした。周囲からは驚愕と反対の声が渦巻くように上がったが、あたしとしじょうで説得して回った。
らいあは割りと楽しそうに承諾した。この子は一人で居るのも好きと言うだけで人嫌いではないからねぇ。
るるが来た。らいあが笑うようになった。停滞していた十年が動き始めた。この機会を逃すわけにはいかなかった。
そうしていま、るるはるんるんご機嫌で居てらいあも笑っている。それが結果だ。ここ最近なんだかんだあろうと、あたしはあたしを褒めてやりたいくらい、あの時動いて良かったと思っている。
が。
あんたの悪ガキっぷりだけは教導しとくべきだったよ。まだだ、まだ間に合うはず。
らいあ、だいちが行ったらあんたちょっとあたしの仕事の手伝いしてくれないかい?んえ?忙しい?んなもん、たろうに任しときな。あん?たろうは別の仕事してる?他の職員は?あー、まだあんたとサシで話して怖がらない子が居ないか。二人いる?んじゃその子らは……酔狂されてて上手く意図が伝わらない?あんたって、威圧と捉えられて怖がられるか、威風と捉えられて敬られるかどっちかが多いねぇ。
……ちょっと猫背になってみたら?……ごめん、悪者感が増えただけだったよ。縁側でぼーっとしてる時に見れば良い顔なんだけど、仕事中や考え事の時は凛々し過ぎるんかねぇ。ねぇ、一回なんも考えないでぼーっと口開けて見て。
……ごめん、世紀末感が生まれただけだったよ。鳥肌立っちまった。
あんたはあんたのまんまが一番だね。




