雨滴散布方々・二
るるの餅のような頬に手を与えながら、私はさららの警戒心を解きに掛かる。見た目童のようなこの楽子は、人を疑う事に遠慮が無い。それが正しくもあり間違いでもあると解っての行動で有るようなので問題はなさそうだが、こちらはちと傷付くぞい。
「今日の昼前にはことひらきを引き取りにきーが来るだろう。だいちは明日らららが来る予定だ。減る分と増える分同じなだけだ。……本音を言えばそちらの二人のが色々な意味でかわいかろうから癒されたい」
「それは断言出来るなの。あの子っこたちは禁止されていることはなるべくしないし、喧嘩売りにいかないものな。でも意外なのな。だいちさんは帰さないかと」
落ち着きたいからしているのか、さららはてんの丸い頭を撫で繰り回している。髪がボサボサになっても、てんは目を細め口をダイヤ型に開いて嬉しそうだ。
「だいちが書類詐称罪でこの“力”溜まりに拘束となってから、十八土炉が十八土炉警備隊に閉鎖されているだろう?あれはオン村地区本部から派遣されたものではなく、地区民が自主的に集結して為ったものだ」
「噂は聞いたのな。閉鎖は本当なのな?」
「事実だ。一旦は帰さんと、十八土炉の民内に軋轢が入っている」
「どんなな?」
「だいち強制奪還派とだいち強制護衛派だ。要するに殴る派か殴られる派かと言うことだ」
「……その分け方は違うと思うのな……。だいちさんは知ってるのな?」
「知っておろう。昨夜十八土炉まで行ったのだから尚」
「あら、お出かけは知っていたなのなけど、十八土炉まで行ってたのな?それは知らなかったのな。外出禁止なのになの」
「ほんにあれは強かだな」
「なのなのな。けれど、そうでなくては」
さららの瞳に宿る目映い一点の光には私も身に覚えがある。長い間温もりから離れた私の光は歪に陰ってしまったが、さららの腕の中に温もりが在る限り、さららの光は歪まないだろうな。敵対するすべての悪を凌駕し、愛するもの達をすべての愛で包むのであろう。
私がなりたかった、なれなかったその姿が眩しくも羨ましい気持ちは少しある。だが幸いにもるるが来てくれている。他にも守りたいものが増えた。なので私はいまからでも、昔の自分が憧れたものに近付けるように努力しようと決意した。
しかしなんとも有り得ない程の幸いに、てんが私の体調を改善するばかりか余命まで延ばしてくれている。この恩は還しても還し切れん。てんや逃走中の楽子当主にそうしようとの意図が無かった事は知っている。だからそれとこれとは別である。私がてんに恩を還したいからするのであって、恩を売られたからするのではないのである。
幾つか画策中の一つに、学塔街とオン村地区本部、ひいてはオン村との繋がりを強化する事を入れた。いまは虎視眈々と、総てに目を光らせておこうぞ。
「さらら、次はお前が当主か」
私の問いは「そうではないだろう?」との小さな確認である。気付いたさららがからかいの気配を持って半眼になった。茶目っ気のある子だ。
「ななーん?学塔街まで覇する気ななぁ?」
と、「じゃにゃぁ?」「なぁるぅーん?」。てんとるるが上目遣いに私に言った。
「「ぐはっ!」」
さららと二人してやられた。さららを真似た愛し子達の愛らしさに。
さららは悶えながらてんの頬に頬を宛て擦る。てんのもちもちの頬がぶるぷるぶるると揺れる。
私はるるの腰に手を回して抱きしめる。ふわふわの髪に頬を宛てると、るるは自身を抱きしめる私の腕を抱きしめ、頭を頬に寄せて来た。
この子の髪からは風の薫りがする。脳裏に、この子が産まれた日の夏の夜明けの光と、ふやふやのこの子を抱くまさの疲れの残る笑みが浮かんだ。本当は包子の里に二人を残したくなかった、あの内臓が焼かれるが如くの痛みを孕んだ悔しさと共に。
「らいあ?」
愛しい子が私を呼ぶ。この子はいつも、過去への後悔に苛む私をいまに引き戻してくれる。
「……なんでもないぞ。案ずるな子らよ、さららをロウラクなぞ無理だわい。さららは絶対に靡かん。第一、私にはまさがおる。他へはならん」
「ななな。逆も然りなのな。さららにはまいはにーがおるのな」
「まいはにー?」
てんがさららを見上げて舌足らずなかわいらしい声を出す。
「そうなのな。まいはにー」
「まいはにー」
てんはにっこり満面の笑みで嬉しいそうに繰り返す。単語の意味を分かっているのだろう。この子は学びの意欲が高い気配がする。それは既に実践の域にあろう気配もしている。現にまつごろうとこけーこことの対話を試みている姿を幾度も目撃している。時折成功している様子であった。
“力”に頼らない“力”のような力は、楽子かどうかに関わらず持つ者がおるが、てんのそれは他種との意志疎通系のもののようだ。
「るぅーん、らいあ、だいちさん、地区長辞めさせられるん?」
「否。ならない。もしくはさせれない。あそこはだいちの為の土地だ。先代がそう仕掛けた事もあるが、だいち自身の十八土炉への貢献が有ったからこそそうなった」
「だいちさん何したるん?」
「箱入りうしお事件の時、十八土炉へ以前行ったろう?何か気付かなかったか。人や物について」
「えっと、零輪と比べて人は少なかったるんな。ほとんど人形や機械だったるん。猫は猫だったるん」
「そうだ。よう気付いた。見た目が人と同じ故、気付かぬ村民ばかりなのだよ」
「そうなのるん?“力”の流れで分かるんけどな。人は要らない“力”の流れが多いけど、人形や機械は一律で規則正しい“力”の流れるんから」
「その通りだ。あの人形や機械達は寿命が長い。それ故か時の概念が緩やかだ。人間の時の概念では昔となる程の時が流れただいちがした事は、いまだ昔となっていない。それはオン村地区本部、オン村地区保護機構と南の国がしたことも同等にだ。地区民のほとんどである人形や機械がそれを基盤に生活しているものだから、十八土炉の人間にも伝播している。昔、だいちは南の国とオン村地区保護機構と、一部のオン村地区本部員から十八土炉の民を護った。十八土炉の地を得させ、民としての権利も奪還した。それを忘れて此度の件でだいちを蔑ろにする者は彼処に居ない。居るならば堪えられずとうに去っておるか、下心を持って潜伏しているだけかであろう。それ程にだいちの色が濃い地区だ。先代が雲隠れしただいちを見付けられなかった一因に、十八土炉の民の団結力がある。更にだいちへの信頼も信用も限度が無い。今回だいちが罪を犯した事への不信なぞ話題にも上がらんかった。十八土炉の地区民にとって問題は、だいちがどうしてそう行動したかなんだ。何が十八土炉を害そうとして、だいちは何から十八土炉を守ろうとしたのかを十八土炉民は考え続けている。そして憂いている。だいちが十八土炉に居ない事に、だいちがオン村地区本部側の地区に居る事に」
「オン村地区本部は十八土炉の信頼も信用も回復出来ていないんるんね」
「そうだ。地区総長であるらららも十八土炉支部どころか十八土炉地区へ足を踏み入れれていない。由々しき事態ではある」
「それにしては嬉しそうなのな?」
「私がか?嬉しいぞ。自らが思っていないというのに帰る場所のあるだいちを見付けたるるの目力が。るる、お前の言う通りだいちは無自覚な愛され屋だな」
「るんるん。それに無自覚な愛し屋でもあるん。どっちもらいあとおんなじるんね」
「私が?」
「るんるーん」
るるは頷きながらにこにこ鼻歌を歌って楽しそうだ。
「なーなな。我が子には勝てないなぁ。なぁ、らいあ」
さららがふふふと笑う。
そうだな。勝てんなぁ。
「るんるーん」
るるの嬉しそうな鼻歌を聞きながら、私は腕の中の温もりを噛み締めていた。
……ら、だいちと帰って来たことひらきが、迎えに来たきーの影に豆を投げつけて逃走した。
……きー、落ち着こう。話し合おう。あ、るる、逃げんでくれ。いや、やはり逃げよ。さららとてんなぞ端からおらんかったわい。危険察知力高いな。
不思議だ。瞬きをする度に同じ姿勢のきーが一歩分ずつ近付いてくるわい。これは新たな怪談になりそうだな。伝の多いことほぎに話してみようか。あやつなら商売に繋げそうだ。
「新しい怪談になりそうだな、ことほぎに売り込もうかなとか思ってないだろうね」
バレとるわい。




