雨滴散布方々・前夜
新シリーズは本編軸に戻ります。
『雨滴散布方々』、宜しくお願いします。
「きーに心を許すな。――――あれは鬼だ、と私にとっての鬼がそう言ったのです。敵の敵は味方。では、鬼の鬼は?――はい、より鬼な鬼ですね。なんとも面倒な。と言うわけで私は十八土炉の家を持って逃げますので“力”の増幅道具、用意してくださいな」
しばらく帰らないと言って出て行った日から数日。やっと帰ってきたかと思いきや、簡素な説明の後のコレ。わざと罪を犯してわざと解るように偽造してわざと捕まっただのヤベェやつの子に告白されただの“力”溜まりの所有権の後継者にされただの……こいつは厄介事引き寄せ体質なのか?ん?前半は厄介事に突っ込んでったのか?
「駄目だもう全く分からん酒くれ酒無いなら睡眠華をくれ寝る」
目の前には、両肘を机につけて両手の指を口の下で絡ませて小首を傾げる細身の人。かわいくねぇって色っぽいけどと口パクで呟いて、俺は頭を抱える。と、脳天をストン、と突かれた。
「うおっ!?殺す気か?!」
「ふふ、大袈裟な」
「あんたの腕じゃ大袈裟じゃないんだってぇの」
外ではいつも涼しげな笑みしか浮かべていないこいつがいま見せているふやふやした笑みは、俺達にしか向けられないと俺は知ってる。
「幾ら要ります?」
「金は必要だけど金の問題じゃ……てかさ、あんたが居なくなったらここ荒れんぞ?告ってきた子荒れ地に置いてくのかよ?」
「うーん、私は特に思い入れはないのですが。あちら様が好いてくださっているだけですのでねぇ。……けれど」
思案する目が違う色を乗せた。初めて見る色だった。
興味心?ちょっと違うな。初めてじゃないか?こいつが他人に義務以上の感情を向けるの。
「うーん、保留で」
そこ満面の笑みで言う?
「鬼かよ」
「ふふふ、私なぞ小鬼にもなれませんよ」
いや、そんなおしとやかに笑われても冗談ではねぇぞ?
「あー、そっか! あんた悪魔の方だったっけ」
「これ飲みます?」
「花瓶の水なんぞ飲めるかっ!」
「ふふっ、かわいらしい子ですね」
酔ってんのかこの人。ご機嫌過ぎんだろ。俺出したの薬草茶だよな?間違えてお茶割り出して無いよな?
身を乗り出してカップのにおいを嗅ぐ。
うん、薬草茶のみだ。つまり素で機嫌良いのか。珍しい。基本機嫌に善し悪しなくて不機嫌なのも珍しいやつだけどな。
「あんたには俺も子どもだけどさ。あーもう、だ、か、らぁ、裏の頭のあんたが居なくなったら誰が裏仕切んだっつの」
「おや、ほしいんです?あげますよ」
「はあ!?いらねぇよ!」
「まぁ冗談ですけどね」
「なんて心臓に悪い冗談を……。あーなんだっけ、その、零輪の長に気付かれたから今日はここに来たのか?」
「いいえ、気付かせたかったので来ました」
「……こんな訳の分からんのについてきた自分が少しだけ悪いんだろうか……?それとも訳の分からんこいつが何もかも悪いのか?」
「聞こえてますよ。あげようと思って」
誰にだ?
「鬼の鬼に」
声に出さなかった疑問を掬い取られた。
「鬼の鬼……って」
村長の方へか?
「私にとっての、ね」
「あんたにとっての?」
なんだそのゾッとするしかない話。俺にとってはあんたが鬼なんだよ。鬼に鬼が居るとか……ああ、だからあんたは逃げるのか?いや、違う。あんたは敵の足元の地面の底の底から気付かせないように削っていって最後にゃ奈落へ落とすやつだよな。前準備に村の外へ行く必要があるのか?
「ええ」
誰だと思います?
と、薄く艶やかな唇が紡ぐ言ノ葉とその続き。
その時、音も無く俺の背後に立つのは四つの激しい意志。
祭だと沸き立つもの。
争いを愉しむもの。
強きを求めるもの。
主の忙しさを嘆くもの。
……マトモなのがほぼ居ねぇ。……睨むなよ、お前はマトモだよ四番目。俺?俺はめんどくせぇだけだよ。
「……困った旅になるとは思いますが、あなた達も来てくださいます?」
ええ?自信なさげに下を向いてっけど、なんで無いわけ?こいつらの目ぇ見ろよ。この爛々でギンギラな目を。あ、俺?俺の事っスカ。
「……イチから家探すのめんどくせぇからついてってやるよ」
「それでは増幅道具お願いしますね」
「チャッカリしてやがる」
俺は首の後ろを両手で支えて天井を仰いだ。
後ろから聞こえてくる、「ワシにも」「ワタシにも」は聞こえないフリだ。お前らは自分で作れば。
「皆さん、あの」
お?と俺たちは固まった。それだけ口調と雰囲気が変わったからだ。
なんだ?
もじもじハンカチを弄る細い指と少し下を向いている緊張気味な顔を交互に見る。
緊張?こいつが?おいおい、槍でも降るのか?
「あの、私、皆さんと居るこの家、好きみたいです」
照れ隠しにか、ハンカチで鶴を折り出すのをぼんやり見ながら俺は口を開けていた。
え?好き?ハンカチ?鶴が?ああ、家がか。
「み、皆さんの事も、好き、です、よ?」
「しろも! しろもだいちゃん好き!」
「ワタシも!」
「ワワワワワシも」
「(こくんこくんこくんこくんこくん)」
騒がしくなった背後からの声を遠くに聞きながら、「え、そんなん俺もだし」と無意識に呟いた。
当たり前じゃねぇか。そうじゃなきゃ居ねぇよ。
俺の呟きで、目の前に大輪の花が綻んだ。清楚と魅せておきながら噎せ返る華やかな香りを忍び持ち、意図的か恣意的か突如放ち惑わす、魔性の花。
あの日俺に向けた顔だ。あの時のようにこいつの頬は涙で濡れていない。額に血は流れていない。
わらわら群がるやつらと照れ続けるこいつを眺めながら、こいつが慣れない事を言った背景に想いを馳せる。
そんな言葉一つ残しただけでむざむざイかすと思ってんのかよ。ふざけんなよ。
机の下で拳を固く握る。
涙と血を拭ってやりたくても手が上がらなかったあの日の俺はいまここに居ない。過去は繰り返さない。その為に、俺はいまここに居る。
鬼だか悪魔だか知らねぇが、敵は全て蹴散らしてやる。待てよ、鬼か……こいつにとっての鬼にはやっぱ会いたくないな……。絶対ヤベェやつじゃん。こいつがヤベェやつなのに。
「どうかしましたか?」
なんでこいつはいつも的確な時に声を掛けて来るんだろうな。
「なんでもねぇよ」
ガタンと音をたてて椅子から立ち上がる。扉へ向かいながら「なんか作ってくるわ。試作、後で見て」と放つ。
「あ、私はまた泊まりで出掛けますので」
俺は勢い良く振り返る。首の関節がカキリ、と音をたてた。
「ええ?! また行くのかよ?」
「はい。明後日か明々後日、この家に上司を伴って来ますので、その時は皆さん静かにしていてくださいね」
「上司?お前上司居るの?」
「勤めていると、要らなくても居るものですよ」
「結構ひでぇ」
「ふふ、けれど、この地では必要な方ですね」
「この地では、ねぇ」
怖、他では要らねぇって言ってる。何?そいつあんたの事怒らせてんの?どこの命知らずだよ、そいつ。
「じゃ、なんか作っとくわ……あんま変な事すんなよ」
「だいちゃん、ムムムが『怪我しちゃやーよ』って言ってるよ」
俺の顔を覗き込んだのは舌足らずな童、しろ。
「んなこと言ってねーよ。誰がムムムだ、しろ」
「わきゃきゃきゃっ!」
怪しげな笑いと共に肩掛けの羽織をはためかせて、パタパタパタと草履で走って行く、しろ。童はそのまま壁に体当たりして跳ね飛ばされ、後方二回転をしてベタッと尻もちをついた。
「わきゃきゃきゃっ!」
頭を揺らして一人わきゃわきゃ笑う童の両脇に手を入れて立たせる。
「何が面白いんだよ?前見て走れっての」
「わきゃきゃっ! ムムム、脇こしょばい」
「我慢しろ」
「ありがとう、むげん。怪我しないように注意しますね」
しろの頭を撫でながらこいつはにこにこと俺に目を細める。しろは頭を撫でるこいつの手をわきゃわきゃ笑って撫でている。
「……おう」
「ムムム、ワシ鎧」
「(こくん)」
「ムムム、ワタシ美味しいご飯」
「(こくん)」
「誰がムムムだ。却下」
「「ケチー」」
「(こくん)」
「ふふ、それでは、仲良く居てくださいね」
音も無くスラリと立ち上がり、こいつは部屋の隅へと向かう。
「ワシ送ろうか?」
「(こくん)」
「いいえ、あなた方はこの家で」
「そうか、気をつけてな」
「(こくん)」
「では、また。むげん、お願いね」
朝靄の中の水仙のような姿がフッ、と消えた。余韻も跡も残らなかった。
「あいつ、“防御”しか使えないって嘘だよな。いまの“防御”では説明つかないだろ」
「防御の内容の範囲が広すぎるのでしょ。そんなことより、美味しいもの作って」
「(こくん)」
「ワシだし巻き玉子」
「お前らは……マトモなのも飯に流されてマトモじゃなくなっちまって……もうめんどくせぇ」
何も返す気にならず、素直に台所へ向かおうとしたが。
むげん、お願いね。
去り際の流し目を思い出した。
あいつ、あれ、わざとじゃねぇだろうな。わざとでもなんでもめっちゃ好みなんだが。
「あーあ、沼だわずぶずぶだわ」
「ムムム、下の板は木だよ?」
たしたしと床を揉むように踏みながら、しろが俺に怪訝な顔を向ける。
「知ってるわ。お前たまに核心突くよな。あ、うまいもん却下な」
「「エエー!!」」
「(こくん)」
冷えた廊下に出る。冷たい空気で目が冴えた。扉を閉めれば、エエエエうるさいあいつらの声が遮断され、一息つく。
「ムムム」
「うおっ!?なんだお前着いて来てたのかよ」
あー、すっごい驚いたぁ。思わず早口になったじゃねぇか。
腰の高さにある二つの目は俺をじっと見上げていた。
「何?なんか欲しいのか?」
「ムムム、だいちゃん、もう帰らないの?」
だから……そんな真ん丸な目で核心を突くなっての。
「……またっつってただろ」
「次はね。その次は?」
「……そうならねぇように、俺がするから」
「ムムムだけじゃ力不足」
「……その自覚はある。なら、お前も」
「あの光に手伝ってもらおう?」
しろはぷくぷくの指を真っ直ぐ差した。
「は?」
え?あの灯り?え?コレ?コレただの古びたライトじゃなかったのか?コノ灯りなんなんだよ?付喪神か?いやいや、“力”感じねぇぞ?え?ほんとあれなに?これ動くの?手伝ってもらえんの?びくともしねぇぞ?
「ムムム、急にそのライト好きになったの?」
「んなわけねぇだろ。だってお前、これ差してんじゃん」
「違うよ。もっとあっちの、色んな所動くのだよ」
「ああん?これじゃねぇのかよ。なんだよ。驚き損したわ」
「あっ、また動いた。あの光、すごく動くの。生きてるから良いんだけど」
「怖いこと言うなよ。つまり、生き物ってことか」
「人間」
「そっかそっか。……誰?」
「だいちゃんに近い血の人」
「何?」
腹の底から低い声が出てしまった。
あいつに近いっつったら、あいつが会わねぇようにしてるやつじゃ?
「ダイチャンアッタラウレシイオモウムムムシロトアイニイク」
「なんで急にカタコトなんだよ怪しいな。うーん、ちょっと下見してくるか。しろ、行くぞ」
「いま行くと戦闘に巻き込まれるけど良いの?」
「良くない良くない! そいつも戦闘種族なのかよ!?」
「たいてい闘っている」
「たいてい闘っている!?……影に任そうぜ」
「ムムム」
「そんな目で見んなよ」
「ムムム」
「……クソッ」
「トイレあっち」
「知ってるわ! てかそうじゃねぇよ」
「ムムム」
「わーかったよ。行くぞ」
「ムムム、ポッケからしっぽ出てる」
「は?ポッケからしっぽ出てる……。ハァ!?ポッケからしっぽ出てる?!?! 何が入ってんの!?」
「あ、また動いた。急ごう」
「ちょ、待てよ! 俺のポッケに何が入ってんだよ?! 怖くて見れねぇよ! しろ! しろ!!」
駆け出すしろは見失いそうな程速く、俺は確かめる間もないまま走り出す。
ちっくしょう! 誰だ俺のポッケに入ってんのは!?お願いだから絶対動かないでください!! 俺は走ってるけど! 俺は動いてるけど動かないでなんか動いた! なんかポッケで動いてる! しろ! 頼むどうにかしてくれ! しろおおおお!




