昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・後日談四
「そりゃあお宝さぁ。あちらさんがあたしにお宝を渡したようにねぇ」
きさらぎはるるを見た。らいあは瞳をより輝かせ、るるは眉を寄せて首を傾げた。
話の意味も内容も分からない。ただ、一つの希望が芽吹いたのだとは分かる。
「るるお宝るん?あの里に子は宝の概念あるるんかな?」
怪訝さを隠さないるるにきさらぎは機嫌よく笑うと、「るる、お前さんはオン村に住むね?」と聞いた。「住むるん」と即答したるるの横で、らいあは目元を安堵で緩めていた。
「なら良いさぁ。心配せずとも、お前のおっかさん達は元気だよぉ。その内会えるさぁ」
「信じるん」
「良い子だぁねぇ。らいあ、お前はもう休みな。るる、らいあになんか作ってやっておくれ。しじょう、“洗浄”頼むよぉ」
「はいるん。ちょっと待って……。よし、食べ終わったるん」
勢い良く食べるものではないと思う寒天とどろりとした飲み物を一気に食べ終え、わたしの前にやって来たるる。何故か突然、ハッ! と何かに気付いて口元を手で覆った。
「るるる。今更だけど、るる話していて良いるんか?唾とか毒入ってるん?食器は知らなくて申し訳ないことをしたるん。市場には謝りに行くるん」
「ああ、正直言うとね、るるっ子は無意識に無毒化してるんだよ」
きさらぎの言葉に室内の数人が頷いた。
「え?そうなのるん?じゃあ、抗体出来てないるん?」
「いんやぁ、体内にはちゃあんと入れている。抗体も出来ているよぉ。それ以外をちゃあんと無毒化してるのさぁ。ま、“洗浄”や食器は念のためさぁ」
「そうだったるんね」
「るる、先生の方を向いておいで」
「はいるん」
わたしはるるに“洗浄・解毒・無毒”をかけるが、きさらぎの言う通り自ら行ったようでなんの痕跡も見付からなかった。これほどの事を無意識に?“力”の制御をらいあから教えさせるべきだろうか。
「はい、いいよ」
「ありがとうございまするん。みなさん、またね。しゅゆもまた明日ね」
「うん、また明日ね」
幼い子らの屈託のない笑みに場の空気が和んだ。細かく言えばしゅゆは幼いではないが、長命なわたしにとっては幼い子達だ。
背筋に力の宿ったらいあの背がいつもより大きく見えて喜ばしい。主要部分は決議し、きさらぎからの許可が下りたとはいえ素直に会議の途中で出て行くなど、余程るるの手料理が食べたいらしい。らいあの我が子愛にはこれからも苦笑させられそうである。
そうこう考えていたわたしをきさらぎはおもしろそうに呼んだ。
「しじょう、あの虫の血には依存性があるんだよぉ」
「依存性?」
自身を食べることへ依存させる虫?それは言葉通りに虫なのか?きさらぎの濁ったガラス玉のような瞳からは何も読み取れない。
「ただでさえ少ない“力”保有者を逃さない為に、幼い頃から毒に慣らすと同時に依存させるんだ。あの包子の里以外で得られないもので、気付かれない程度にね。ふぇっふぇっ、おそろしや」
「ではるるは禁断症状に悩まされると?」
「いんやぁ、あの子の依存性はかなり低い。“力”で無意識に必要量以上を“解毒・抵抗”しているからねぇ。それに、近い内に完全に消えるさ。毒の悪がるるの体に居座るなんぞ、らいあが許さんだろぉに。けれどもしばらくは依存性を紛らわす為に、他への衝動・執着が高まるだろうよぉ。あの子の場合は元来からと同じく食べ過ぎに注意、だと思うけどねぇ。らいあと一緒に診てやっておくれぇ」
「勿論」
それくらいで済むならばどのようなことでもしよう。
「さてさて、しゅゆ、ちらっと聞いたと思うがね、あんたをおおねとにりんの養子に迎えたいんだ。どうだい?」
「嬉しい……けど、ぼくの家の事知ってるの?」
不安気に答えるしゅゆの姿に肩を撫で下ろす。この数日間の入院中、談話室でいちめい達と楽しげに話す姿しか見れていなかった。様々な感情を表してくれるようになったと言うことは、信頼を生み出す方へ一歩進んでいるのだと思う。
「あたしだけは知ってるよぉ。おおねとにりんは知らないこったさ。話す時間が必要かい?」
「しゅゆ、私とにりんはお前の過去も我が子とする所存だからな。無理に話さんでも良い。だが話したい時は聴こう」
おおねは背を丸めてしゅゆを覗き込み、穏やかに話している。
十年前のおおねは、せいの事しか頭に入っていないような子だった。しばらくしてらいあやうしおと交流が始まり鎖が減り、そこへにりんが入り扉が開き、仕事を変えてからは地区民と、地区長に就いてからはより幅広い人々と話し世界が広がった。だが、おおねは自分から知らない世界へは進むことをしなかった。どうしても行かねばならない時は必ず準備をしてから進めていた。そのおおねがいま、未知をあえて学ばぬまま飛び込もうとしている。握り拳の白くなった関節を絶えず見せていたあの子が、その手を広げて待っている。
「いまだけで充分だよ。……きーさん、話す時間はいらないけど、質問させてほしい。ねぇ、ぼくら、年近くない?」
「構わん。私達では子を望んでも産めない。元々養子を迎える話は出ていた。時期が早まり、お前になった。それだけだ」
「そう……せいは?」
「お前が従妹になると聞いて、一人で豚の角煮を買って来た」
「ええっ!?外一人で出たの!?」
おやおや、せいまで。
喜ばしい変化に頬を緩ませてしまう。
「元々お前の退院日だから何か買いに行きたいと言っていたが、この話が出て奮発して隣の通りまで行ったんだ。たてこうに影から見守っていたもらったが、一人で無事帰宅した」
「わお……目立つ見守りだね」
「お前こそ私達で良いのか?」
「何言ってんのさ」
しゅゆは満面の笑みで答えた。
「最高だよ」
「あんた達、気配消すの上手だねぇ」
しゅゆとおおねが書類への署名を終えてから、きさらぎは向かいに座る面々にニヤリと笑いかけた。初めからずっと居た、いちめい達だ。苦笑しているいちめい以外は涼しい顔と疲労顔が半々だ。
「みかげ疲れた……みどり、クッキーちょうだい。甘ーいの」
「かげりも……チョコ入りマシュマロはある?」
「うん、どっちもあるよ」
「ワタクシはチョコクリームサンドクッキーをいただきたくぅ。ありがとうございます、みどり。はい、たいしょはマシュマロ」
「あ、ああ……どうも。外れてて良かった……って、これは!?」
「んふふ、イチゴジャム入りですぅ。食べたいと思っていらしたでしょお?イチゴジャム、ウフッ」
「…………こぇぇ……うめぇ」
「自分は生姜クッキーをいただいても?ありがとうございます。いちめいさん、お取りしますよ」
「ああ、そうだな。メレンゲクッキー二つくれるか」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いただくな、みどり。しゅゆ、一つ食べるか?」
「食べる。ありがと。いただきます、みどり」
「どうぞ。みどりはカスタード入りマシュマロ」
「毎回おもしろいもんばかりだねぇ。あたしにもおくれよ。その軟らかそうな甘いの」
「もちろん、どうぞ。みなさんも食べてくださいね」
緊急の決め事を終えてほのぼのとした空気に包まれる室内。幾人かは警戒して菓子を“見て”いるが、大丈夫。これは無毒。もとより害のあるものではない。どれ、わたしも一ついただこうかな。
「さてさて、ほんじゃあ、あんたらには死んでもらおうかね」
らいあ、戻って来てくれないかね。きさらぎを言葉で止められるのは君くらいだったと失念していたよ。




