昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・後日談三
祝百部目!
ありがとうございます!
「るる、物心ついてかららいあと会ったのは初めてるん」
「そうなんだ」
秋の到来間近を告げる涼しい風の心地よい屋上のお食事コーナーにて。
ぼくは『揚げました黒糖まんじゅう(柔め)』と『透き通る冷え番茶』を、るるは『サク割れほうじ茶寒天』と『とろけるれんが温ジュース』を味わっていた。
るるが注文したとき、ぼくは今しがた閉じたばかりのお品書きを無言で再び開いた。一字一句間違っていなかった。
とろけるれんがとはいったい?命名権を誰が行使したのか?るるは何故それを頼んだのか?原材料と味はいかに?
おいしそうに飲むるるに何故か聞けず疑問は何一つ解消されないまま、髪を泳がせる風の中ぼくは味覚を楽しませることにした。食べて良いものに決まっているものね。
半分程食べてから、るるはポツリポツリと話し始めた。
「これからは一緒に暮らするん」
「そうなんだ」
「だから、にわとりを物々交換で手に入れて来たるん」
「そうなんだ?」
「るるは子るん。一緒に居ることがらいあの不利益にならないか気になったるん」
「そうなんだ」
「一昨日から試した結果、村人の物には手を出さないみたいるんな。いまだけかもしれないるんが」
るるが顔の前で逆さ手に持ったジャムの小瓶をゆーらゆーら揺らす。ゆーらゆーら、ゆーらゆーら。食べ物を扱う手付きではなかった事にひどい違和感を感じる。食べ物への想いの重さを前面に出すこの子がする仕草ではないと思ったからだ。
「……お金払わなかったでしょ」
「この村の基準でいるなら払う価値がないるん。これはな、食べてはいけないものを混ぜて作られておるんよ。試食のもるん」
「しじょう!」
「るん?」
常でもぱっちり大きいるるの目が更に大きく開いた。周囲から戸惑いの視線も集まったがそれどころではない。
「おおね! るるをしじょうのとこへ!」
「聞いていた。連絡はした。行くぞ」
やっぱり着いて来ていたんだ。音もなく横に立ったおおねとその隣の知らない人は、きっとぼくの護衛だ。いちめいの言う通りだったね。
「るるるるるる!?待つるん! まだ食べ切ってないるん! まだ食べ切ってないるーん!」
おおねに担がれたるるの悲痛な声が跡を引く後を、ぼくも全力で走った。
おおねから受けた連絡をどう伝えるべきか迷いながら、わたしはらいあの名を呼んだ。
「らいあ」
「るるが食べたものはるるには無害だぞ」
これだからこの子は。
溢れそうになる溜め息を押し止め、わたしは幾度も唇に乗せた言葉をまた繰り返す。
「“力”を使わないように」
「いま使わずしていつ使うのだ?そんな持っていても仕方のないものの為に死の淵をふらふら歩く気などない」
「らいあ」
当の昔から届かないわたしの窘める声。いつかららいあは、わたしの目を見なくなっただろうか。
「るるは私の子だ。しゅゆも私がこうでなければ養子に受け入れていた。それに“力”を使う事を咎められる云われなどない」
「決定を?」
覆すのかと問えば「否」との短い否定。今会議の流れはわたしとらいあに委ねられていた。るるの方に問題がないのであれば、早くに決めてしまうがよい。異なる物事など、こちらの都合構い無しに幾らでもやってくるのだから。
「では、先程決めた通り、しゅゆはおおねとにりんの養子としよう。たてこうはきさらぎ、君の弟子にすると?」
聞き役に徹していたきさらぎは組んでいた腕を解いた。
「そうだねぇ。それが即日入村の条件だったからねぇ。ま、たてこうはともかく、しゅゆはおおねとにりんが親になるだなんて知ってなんて言うかねぇ」
「えっ?ここどこ?よく分からないけど、ぼくはおおねともにりんとも家族になれたらいいなと思っているよ」
扉は一度も開いていないと言うのに、しゅゆにるる、おおねとことほぎがそこに居た。らいあですら驚いている様子。しゅゆとおおねとことほぎは、白黒させた目をるるに走らせている。
「おや、早いねぇ」
「るるが風で“飛んだ”るん。まだ食べ切ってないるんから。ぬるくなっちゃうるん」
るるは目で空にうかぶ食器を示す。
風で“飛んだ”?……“飛行”は風だが"移動"は時空だ。大陸と包子とで“力”の教育に差があるとは聞いていないが、らいあ?
目の奥の刃に等しい光を瞼で隠し、らいあは微かに首を横に動かした。真偽不明、もしくは裁量外か。
「おやまぁ、食器ごと持って来ちゃったのかい?相変わらず食べ物への執念は深いねぇ」
「それがるるるん」
「だろうねぇ。ジャム売りは?」
後半は部屋の角を埋めるように立っていたきさらぎの弟子に向けたものだった。
「すでに村外へ。購入客もあちらの手の者で、別々に」
「追っては駄目だよぉ。あの里の包子達は追われるのをそれはもぉ嫌うんだ。村の外へ出たのを見届けただけで良い」
「はい、師匠」
「きさらぎ、こうなると分かっていながらるるを何故連れて来た」
瞼を落としたままのらいあの問いはただただ静かな沈みの中にあり、重たく恐ろしかった。市場の屋上からではなく、包子の里、るるの守護が成されていた場所からの事だろう。
わたしは一昨日るると引き合わせられたらいあの驚きようを隠れて観察していた。るるがしゅゆ、たてこうと同日に入村しており、きさらぎの家で過ごしていたときさらぎから聞いて初めて知ったらいあの愕然とした顔。体調が芳しくなかったとはいえ自身の衰えの深さを知り、自嘲すら出来ず立ち尽くすその背を支えられる者は、誰も居なかった。
「そりゃあ決まってるさぁ。守る為だよぉ」
元よりきさらぎはほとんどの主語を省く。思考力を問われ、探られているのだ。それを愉悦とする老婆に趣味が悪いと言い切るには、わたしはその生い立ちを知り過ぎた。
「問いを訂正する。何故いまになって連れて来た」
「そりゃあ、揃ったからさ」
らいあは俯き、下唇を噛んだ。何が、とは誰も問わなかった。問いを始めたらいあが問わなかった。それがすべてだった。
「さあ、お前達。気を引き締めて緩めなぁ。来るぞぉ、あの愚か者どもが。らいあ、お前も気付いてるだろ?空がうるさいことに。そろそろ地区総長の若造も呼び戻さないとねぇ。ふぇっふぇっ、忙しゅうなるわい」
「……るる」
絞り出した掠れ声。らいあは何かと何かの狭間で葛藤しているようだった。おおねの肩から降りたるるは、「はいるん」とらいあの横に立った。
「この部屋に居る者を覚えなさい。最低限、顔と“力”を」
「もう覚えたるん」
「私に万が一があれば頼りなさい。無論無くとも」
「……はいるん」
頼るのが嫌なのではなく、らいあに万が一が起こることが嫌なのだろう。るるは後ろ手に手を組んで体を揺らした。
「それと、抵抗があり無害と分かっていても毒を口にするのはよしなさい」
「…………はい」
存分に間があった。
「るる」
らいあの声には悲しみが乗っていた。
「……あれは毒ではないるん」
「包子にとってはそうだろう。だが、包子以外には毒なのだ。つまり対処出来る者が限り無く少ない。分かるな?」
「分かるん。ごめんなさい」
「ふぇっふぇっ、里の味だ、懐かしかったんだろぉ?けれどもごめんねぇ、るるっ子、そのジャムはすぐさま処分させてもらうよぉ?市場で使った食器もね。口も共用水場ですすいじゃ駄目だよぉ?しじょうに“洗浄”してもらってなぁ」
「るん。どうぞ」
「それは何か聞いても?」
おおねの問いに、ジャムの瓶を受け取ったきさらぎは口を三日月の形にして笑んだ。この老婆は、話に割り込む不敬者を好むのだ。
「花びらのジャムにねぇ、入れてあるんだよ。血を」
「血?」
「るるの包子の里の森で飼う家畜の血だ。あの森には小さな小さな毒虫が撒かれていてねぇ。家畜はその小さな虫を草とともに食ってしまうんだ。家畜はそれで自然と抗体を得ている。るるの里の包子はね、その家畜の血を幼い頃からすこぅしずつ飲ませるんだ。毒への抵抗を持たす為にねぇ。十になったるるっ子は抵抗力検査に合格しているから問題無いんだよぉ。あたしらは駄目だよ。知らんまに毒に侵されて、知らんまに弱っちまう」
「恐ろしい。そのような事、我々が何故知らないのだ。大陸だからか」
「相手が包子だからだよぉ。包む子と書くのはね、文字通りさ。包むんだ。毒も恐ろしさも、すべてを。同じ包子であってもそうなんだよぉ。その里の包子以外には伝えない、使わない。それが包子だ。包子の里ではね、見返りも助けも期待してはいけないよ。逆に仕返しも裏切りも。里の包子にとって、里の包子以外には独自の知識や“力”を使う事は禁忌だ。だかららいあは包子にならず里を出たんだよぉ。そしてるるっ子は里から出れなかった。あたしが行かなきゃあ、るるっ子はいつまでもあの空飛ぶ檻の中さ」
「きさらぎ、お前、里へ何を渡した?」
らいあが初めてきさらぎを見た。その瞳に小さく生まれた光よ、消えないでくれと、わたしは瞬間祈っていた。




