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葡萄館の殺意   作者: 乾レナ(冷愛)
彼、或いは彼女の誕生
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Ⅲ.Half&halfと二律背反


 生前、二人の里親は何故、こんなに大事なことを忠告しておかなかったのだろう。『困った時は開封するように』って、事が起きてからでは遅いではないか。実際、遅かったのだ。

 アクシデントに見舞われてから、早一ヶ月。依然として陰茎はないし、髭も生えてこない。さすがに初潮を迎えることはなかったが、内心はビクビクしていたものだ。

 急に女装しはじめたオレを、当然バイト仲間や専門学校の友人たちも訝しんでいる。

 何より不本意なのは、女装がとても似合ってしまっている件だ。

 まず声に問題はなかった。中途半端に変声期を終えてしまった俺は、元より中性ボイスだから。喉仏の凹凸は、首元にペンダント――喉仏にフィットさせるように長さを調節できるロープタイ――で隠す。

 さらに生まれながらの女顔であったことも幸い(災い)して、化粧は様になっていた。地雷メイクとまではいかなくとも、ファンデーションとルージュは欠かせない。長い睫毛はビューラーで押し上げてカールし、付けマツゲを補充する。マスカラも抜かりなくね。

 それだけでは飽きたらず、金髪ロングヘアーのウィッグを購入して装着した。元は黒髪で、肩に届く程度にやや長髪だったのだが、どうせならとことん拘るべし。うふふ、フランス人形みたいね。 

 極めつけは通販サイトで新調した洋服一式である。胸の膨らみはパット入りのブラジャーで補い、ゴシック・アンド・ロリータ――通称ゴスロリと呼ばれるドレスを身に纏う。或いは、その日の気分にあわせてエプロンドレスのメイド服に、ニートソックスとヒールでキメる時もある。

 ……楽しいじゃねーか。

 いや、違う。ダメだろう、こんなことでは。必要に強いられて、女装は致し方なく施した処置だったはずだ。

 にも関わらず鏡の中のオレは、真の男だった頃より格段に美しくなっていく。功罪相半ばである。徐々に男の娘が板につきつつあった。

 仕事先でも学校でも、オレの存在は明らかに異質であり、確実に浮いていた。既に定着していた男としてのキャラクターを覆すのは、容易なことではないのだ。周囲の人間たちは好奇と怪異の入り交じった目で遠巻きに見つめ、次第に離れていった。朱に交われば赤くなるのが世の常だ。出る杭は打たれる。オレはボッチ生活を余儀なくされ、挙げ句の果てバイトはクビになる始末だった。

 養父母の遺産は潤沢にあるから、今すぐ生活に困窮することはないが、やはり勤労学生としては収入がなければ不安になる。

 くそめ。(ヤツ)のせいで人生の歯車が狂った。変態モードに拍車がかかり、どっぷりと浸かる前に足を洗わなければ。『男』を取り返さなければいけないのだ。

 このままでは拙いのに止められない。蹉跌をきたす毎日に危機感を抱き、しかし一方で女の楽しさに目覚めて心を踊らせている。

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