Ⅰ.盗まれた『男』
オレが一刻も早く取り戻さなければいけないモノ。それはーー。
ドレスを着て鏡の前に立つ。あの日、オレは『男』を奪われてしまった。
悲劇は2017年8月22日、皆既日食の夜に起こった。原因は先祖代々受け継がれてきた秘伝の姿見である。
古代よりオレの家系は骨董品屋を営んでいたらしい。凡そ千八百年前、曾祖母の、そのまた曾々祖母が生前、出雲の地で発掘したと云う珍しい輝石で作られた奇跡の鏡。両親の亡きあとはオレに授けられたものだった。
皆既日食の夜。風呂上がりだったオレは全裸で全身を映していた。
反射膜に日食の光が反射して跳ね返った、一瞬のことである。豈図らんや、鏡の中からニュルッと伸びてきた己は、オレの下半身に備わっている性器を掴んだ。
強烈な光に包まれ、目が眩んだ次の瞬間。鏡は木っ端微塵に砕け散り、斥力に弾き飛ばされて尻餅をついたオレは唖然とした。
無い。
下半身にブラ下がっていた大切なモノが。
鏡の中から出現した己はオレから生殖機能ごと『男』を抜き取り、持ち去ってしまったのだ。
オレは文字通り魂消た。
男の人生はキン○タマ《まるで伏せ字の意味がない》がすべてなのだ。くそめ。鏡の中の己は、オレから男性ホルモンまで根こそぎ吸い取っていってしまったようで、その日からオレには髭が生えなくなった。
一体どういう料簡なのだ! 新たな姿見を購入して陰部を確かめたが、やはりチンホ○コ《もはや伏せ字ではない》が映ることはなくて。己はどこへ隠してしまったというのか。何故こんな嫌がらせを――。風呂上がりに全裸でブラブラしていただけで、何故これほどまでの災厄に見舞われなければならないのだ。
元より中性的な容姿ではあったが、オレから『男』を奪っておきながら、鏡の中の自分は日に日に女っぽく変化し、嫣然と微笑んでいる。焦燥に駆られるオレの思いとは裏腹に。むしろ嘲笑うように。
こうしてオレは、ドレスに身を包み女装を余儀なくされているというわけだ。断じてオカマに憧れる趣味はない。アブノーマルのケはないのだ。中性体などまっぴら御免なのに、これでは変態街道まっしぐらである。
男性生器が生えていないことが世に知れたら、オレ自身の股間とパンツに関わる一大事だ。(沽券とメンツな?)
のみならず、延いては神香林家・子孫末代に至るまでの大恥ではないか。
一刻も早く男としてのオレを取り戻さなければなるまい。そう、本来の在るべき姿、現実の人生を……。