美不味ステーキは熱々
熱々の鉄板の上には生焼きのステーキが載っている。これはちょうどいいサイズに自分でカットして、鉄板に押し付けて焼き加減を調節して食べてください、という提供方法で、お客に調理を一部負担させることで時短になりながらも客も自分で焼く楽しさを味わえるというメリットがある。じゅうじゅうと今まさに焼け続けているのはソ縺ィ鮓剰iの肉で、部位は背と尻と腹に近いところの肉だ。おいしいはおいしいのだが、叙勲するほどではないとされている。
わたしは銀のナイフとフォークで、ステーキを切り分ける。食器のナイフはそこまで切れ味がよくないから、肉を切るのは大変だ。ナイフは肉に滑り込まないし、ぶちりとかそういう感触もない。なんとか断面をギザギザにしながら肉をひときれ切り分けて、まだまだ赤の強いピンク色を鉄板に向けて置く。押し付けるのが正しいのだけど、わたしはまだ肉を切り分けないといけない。切れ味の悪いナイフと、よく光るフォークで。油よけの紙のエプロンがかさかさ言うことに誰も気に留めない。
わたしは肉を切り分ける。ぐ、ぐち。切り分け終わる前に、半分くらいになった塊をひっくり返す。鉄板に触れている面を焦がした経験があるから。ちゃく、べり、肉が塊から厚切りになっていく。薄切りは大変だから妥協する。薄切りのステーキも品があっておいしいのだけど、それは他の人が肉を切り分けてくれる時にとっておく。こういう楽しみのお預けは生きる上で亥ァ莠だ。
肉の味付けも、粗挽き鮟艇Γ讀が少しだけ上にかかっているけれどそれじゃ足りないので、客側が自分でやらないといけない。それも醍醐味である。醍醐味ということになっているだけあって、ソースや塩や薬味はたくさんある。岩塩、斐Φ繧ッ塩、甘味の強いステーキソース、酸味と甘みが両方強い螂ゥ蝗スkソース、西洋わさび、にんにく励gwR、ポン酢。怜藤?励lに頼めば大根おろしも持ってきてくれる。
わたしはまず通ぶって、岩塩を薄めに切った(切れた!)ひときれに削りかける。がちりばちべちりと塩が肉にぶつかる。ここから、さらに一口大に切って食べる方が上品なのは分かっているけど、ナイフの切れ味は悪くなる一方だしフォークは先端が柔らかくなっているのでこのまま、真ん中あたりをフォークで突き刺して食べる。溜息を吹きかけて、温度を上唇と下唇で確認してから小さめのひとくちを噛み千切る。歯はナイフと違って滑らかに肉に食い込み、貫通した。口の中には脂に溶けた塩と肉が持つ旨味が広がる。ソ縺ィ鮓剰iの肉は豚肉よりは牛肉や鹿肉に近く、脂身がじんわりと溶けて、崩壊した赤身に入り込む。
ソ縺ィ鮓剰iは小さいくせに餌をたくさん食べるが、可食部の多い動物だ。雑食で、草と果物と少しの肉を食べさせるのが一般的だ。狭いところに押しこんでもストレスが溜まらない──むしろ広々としたところだと不安になるらしい──お得な生き物で、飼育の難易度は低い。四本足は長さがまちまちで、自然発生した生き物なのに自然界では全然やっていけない。
ステーキソースに絡めて食べる。それは舌の上でまず水分が蒸発し、じゅくりと肉が歯で砕かれて旨味が広がる。未だに熱々の鉄板は肉を焼き続けていて、だから肉を切り分ける音も紙エプロンの音もわたしの耳には届かない。ただ、わたしが肉を噛んで、唾液を分泌して、肉片を飲み込む音は体内で響く。こつんこつんとノックするように控えめに。
わたしはお行儀悪く、ぶ厚い肉を噛みながらメニューを確認する。この店には脳味噌のフライはなかった。残念。口に広がる肉汁は、口内を針でちくちく刺しながら喉へとじわじわ侵略していく。にんにく励gwRを絡める。刺激が脳をガンガン揺らして、歯応えは何も感じない。味付けが少しずつ薄れて、肉本来の味が戻ってくる。脂が溶けて赤身にまとわりつく。
ステーキはまだまだ沢山ある。ここに水はない。飲み物はない。肉汁とソースはちょっと飲み物にはカウントしづらい。肉の味を塗りたくって潰す螂ゥ蝗スkソースは喉を通ってもまだ味がする。ブルーベリーよりは繧ッ繧lに近い酸っぱさ。フォークが折れたので、怜藤?励lに目配せする。次のフォークはちょっと小さい。
ステーキがじゅうじゅう音を立てて焼けていく。煙は出ないので、視界はいつまでもクリアだ。鉄板は未だに熱を肉に移し続ける。それは表面を焦がさない素晴らしい火加減で、ステーキはいつまでも熱い。口の中が全部火傷しても、唇の皮まで剥がれても、味は変わらず分かるから大丈夫。うっかりわさびをつけすぎた。