第一話 出会い
初めは不思議な人だと思った。
その人は私が学校へ向かう途中にある大きな公園でいつも猫と戯れているのである。それも公園の端の方にある木の上で器用に枝を使い横になりながら自分の腹に猫を乗せぼんやりとしている。
気になったのはそこだけではない。一番目を引いたのは彼の着ている服が私の通う高校の制服だったことだ。同じ学校にいるはずなのに私は彼を一度も見たことがない。
なぜそう断言できるのかという理由は彼の容姿にある。遠目で見えるだけでも切れ長で憂いのある瞳にすっと通った鼻筋、陶器のように白い肌。まさに美を体現したかのようだ。
私の通う高校は全校生徒三百人程度の小さな学校だ。そんな狭い区域でこれ程目を引く容姿であれば私の耳にも彼の噂は届くはず。
少し疑問にも思いつつも彼から目を離し高校へ向かう。ここは田舎ということもあり、学校までの道のりは長い。いつまでも見ている訳にはいかない。
「あ、おはよー」
教室に着くと一番仲のいい友達が挨拶をしてきた。彼女に倣って同じように挨拶を返す。
そして挨拶の流れから私は公園で見かけた彼のことを聞いてみることにした。彼女はイケメンに目がないためこういった話題は得意分野だろう。
「ねぇ、あのさ……」
彼の容姿や公園のことを彼女に詳しく説明したが思い当たる節がないのか、彼女は首を傾げていた。どうやら彼女は一度も見たことがないようだった。
「それより聞いて欲しいことがあるんだー!」
彼女は話を切り上げ、違うことを話し始めた。しばらくその話に付き合った後で私は自分の席に戻った。
休み時間や集会の時などそれとなく彼がいるか確認してみたがそれらしい人はおらず、収穫は得られなかった。
そして何か特別なことがあるはずもなく、あっさりと下校の時間になった。
「……あ」
彼がいることに気づき思わず間抜けな声が出る。いつもの様に彼は猫を撫でていた。
「あの、猫好きなんですか?」
なぜ声をかけたのかは私にもわからなかった。彼は振り返らず、木漏れ日の中から空に浮かぶ雲を眺めているだけだった。私は聞こえなかったのだと思い、再度同じ質問を問いかけた。
「…………?」
2度目の問いかけで振り向いた彼は辺りを見回し私以外誰もいないことが分かると、こちらを向いたまま不思議そうに首を傾げていた。
誰だって知らない人に声をかけられたら不思議に思うだろう。そう思って我に返る。少しの恥ずかしさと気まずさを覚えつつも三度目となる問を彼に投げかけた。
「……それ、俺に言ってるの?」
困惑と驚きが入り交じったような表情で彼は自らを指差す。私はその質問に肯定を示すように頷いて見せた。すると彼は更に驚きの色を濃くし言葉を続ける。
「俺のことが、見えるの?」
「……へっ?」
彼の発言に不意を突かれ素っ頓狂な声が出てしまう。見えるのか、とはどういう意味だろう。今度はこちらが困惑する番だった。
「君、俺のことが見えるの?」
身軽な動作で木から降り、私の方へ向き直った彼は先程の言葉を繰り返した。心做しか、口角が上がっているように見える。
「み、見えます!」
「……そっか!」
質問の意図も分からぬまま勢いで返事すると、彼は目を細めて花が咲くような笑みを浮かべる。
これだけ容姿端麗でありながら先程の首を傾げる動作やこの笑顔は……失礼かもしれないが可愛いとそう思ってしまった。
思っていた以上にフレンドリーな性格らしいとほっとすると同時に先程の問に対する疑念が首をもたげた。
「あの……俺が見えるの? ってどういう意味ですか?」
思い切って聞いてみると彼は焦ったように目を泳がせ、少し狼狽えたようだった。少しの沈黙、そして言いにくそうに目を逸らしたまま、彼は口を開いた。
「えーと……その、驚かないで聞いてくれる?」
「え? あ、はいっ!」
眉を八の字に下げ、未だ躊躇うように尋ねる彼によく分からないままに応答する。返事を聞いた彼は私の目をじっと見つめ言葉を紡いだ。
「実はね……俺、幽霊なんだ」
「えっ、あぁ……なるほど?」
「なんか驚くどころか呆れた顔だね……」
一体何を言い出すのだ、と思ったのが態度に出てしまったらしい。私より頭一つ分上にある彼の顔からは落ち込んだ様子が伺えた。
「でもさ俺……本当に死んでるんだよ……」
突拍子もない話は到底信じられるはずもなかったが、目を伏せた彼を見てしまえば適当にあしらう訳にもいかないだろう。とりあえず話を聞いてみようと決意し、手当たり次第思いつく質問をなげかけた。
「死んでるって……どうしてですか?」
交通事故や水難事故、もしかしたら病気だったのかもしれない。ともかくなにか理由があるはずだ。
「それはよく分からないんだ」
彼は小さく首を横に振る。死因は覚えていないらしい。考えてみれば、突然死んだのだとしたら覚えていなくても仕方ないだろう。
「じゃあ……なんで成仏できなかったんですか?」
「それも分からない」
幽霊になったからには何か未練があるのだろう。そんな思いから聞いた質問だった。しかし、彼からは具体的なことは何も出てこない。だが、未練とは案外自分では分からないものなのかもしれない。
「あの、何を覚えているんですか?」
何を聞けばいいか分からなくなった私は、少し投げやりではあるものの相手から話してもらうという方法に切り替えた。逐一聞くよりもこうした方が早い気がする。
「えっと、自分の名前とここが俺の住んでいた街だってことかな……?」
「それって、ほとんど覚えていないということですよね」
「う、うん」
突然雑な物言いになった私に驚いたのか、たどたどしく彼は答える。どうしたものか。溜息を吐けば、彼は捨てられた子犬よろしく縋るような目で見てくる。
初めはからかってる可能性も考えた。だがこの様子では彼の言葉に嘘はないのだろう。とはいえ、事情を知った所で私が何かできるわけでもない。今更ながら気づいたその事実に悩んでいると上から声が降ってきた。
「その、良かったら俺の話し相手になってくれないかな?」
「話し相手、ですか?」
「うん」
「それなら全然いいですよ」
話し相手になるぐらいは全然構わない。というよりも、幽霊とはいえこんな美青年と話せる機会など滅多にないので普通に嬉しい申し出である。
「……ありがとう」
花の咲くようなふわりとした笑顔に見蕩れ、私も釣られて口元が緩むのを感じる。できるだけ明るく、彼の笑顔を真似て返事を返した。
「どういたしまして!」
その後、帰ろうと踵を返すと彼は慌てて呼び止められた。何かと思い振り返ると、暇な時でいいから公園に来て話し相手になって欲しいと一言告げられた。彼の話に拠れば、移動できる箇所が少ないからだという。所謂、地縛霊といった感じだろう。
どうせ学校からの帰りに通る道だ。特に遊ぶ予定も入れていない。また明日あの公園に寄ってみよう。毛布に包まり、ざっと翌日のことを考えている内に眠気に包まれ、ふわふわと夢の中へと落ちていくのであった。
第一話お読み頂きありがとうございます。
この作品は二万字程の短編となっており、全五話で完結致します。
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