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六話

 “麦穂の大路”には、物語がある。

 それは人々の生活を支えるのに欠かせない存在という意味と王族の一人がこの路をつかって恋を成就させたからという意味が含まれている。

 都から真っ直ぐ港街へと延びる煉瓦の一本道。まだ租税が麦穂だったころ、海の向こうの各地から都へと運ばれる為に五代前の国主が造らせた。様々な思惑や利権、陰謀が絡み合っていたが、確かにこの路は国繁栄の象徴だった。そして二代前の治世の頃、この路を辿り王子と町娘が海の向こうの大陸まで駆け落ちした話は、今でも芝居の人気演目だ。

 この繁栄の象徴は、各地の貴族たちを感化し繁栄偉業に肖ろうと領都から大路への一本路を結ぼうと我先にと模造した。そうした道を“小路”と呼んだ。


 靴先が煉瓦の欠片を蹴飛ばした感覚があった。

 リュカと先輩が街を目指し、“麦穂の小路”を歩く。転がる破片が麦畑に入っていくのを、リュカは視界隅でとらえたが、歩みが緩むことはなかった。今朝早くに街から出立して夕方に街へ戻るなんて、まるでやり手商人みたいだな、とリュカは思っていた。

 変わらぬ歩調と、先輩と適当な会話が続く。

 ゆっくりと赤から黒に染まっていく空、時よりの夜風に揺れる穂、そこに急ぎ足で街へ向かう長身と線の細い陰が二つ。もしも悲恋が得意な詩人がそれを観たのなら、駆け落ちモノとして嬉々と歌い上げそうな風景だ。

 一本道を歩きながらする会話の内容は、どうにもおかしな方向に進んでいた。

「異種間は百歩譲ってもいいけど、野郎同士の恋愛物(ラブロマンス)なんて、誰が喜ぶんだよ」

「そうか?」

「そうですよ」

 二人の会話は、何故かそんな話になっていた。先輩は道場を三つ掛け持ちをしていて、稽古終わり同門生に誘われて偶に娼館に行くという。そんな娼館で聞く恋愛話が、異種間や同性同士の物が多いという話になったのだ。

「娼館の女は、そういうの喜ぶぞ」

 先輩が顎に手をやりながら呟く。

「いいですね、ご実家から仕送りがくるご身分は」

「大半が道場に消えていくがな」と先輩は笑う。

「いつか給金の大事さを判るときが、先輩にもくるといいですね」

 「まぁ、くるだろ」と先輩はやはり笑いながら言った。二人の歩みは変わらず一定だ。

「そもそも、先輩が鈍感という話から娼婦たちの慰み話になるんですかね、まったく」

「リュカがあの給仕嬢(ウェイトレス)が、俺に気があったとか言うからだろう」

 「女のことなぞ、知っている。なにせ娼館には何度か足を運んだことがあるからな」という先輩の態度に、リュカはため息をついた。

「あの給仕嬢(ウェイトレス)は、先輩に気がありましたって」

「そうか?」

「やっぱり鈍感って言葉、知ってますか?」

 と、言ってリュカはつんのめった。先輩の視界の横にいたリュカが消えた。

「あぁ、知ってる……少し速いか?」

 リュカは辛うじて倒れずに体勢を元に戻して歩き始める。

「まぁ、少しですけど」

「そうか」

 そう言うと歩く速度が少し緩んだ。その隙にリュカは大きく深呼吸をする。

 先輩のいつもの“直感”につき合ってると思うことにしたリュカは、懐にある割符の手触りを確かめた。今はそれだけで気力が戻ってきた。

──考えようによっては、ジェラールさんに褒めてもらえるかもしれないしな

 リュカは自分がどうすれば評価されるかを頭の算盤で弾き始めていた。また少しずつ歩調が速くなっていく。

 と、先輩が立ち止まりリュカもそれに習った。辺りは既に暗く、月が雲で隠れると肘から先がもう見えないでいた。

──あぁ、灯りか

 まだ月明かりもあったが、先輩は腰に括り付けた折り畳み式の洋灯(ランプ)を組み立てる。その横で、リュカは火打ちを用意した。

 洋灯(ランプ)を灯すと、煉瓦の道がぼんやりと浮かび上がる。

叢の商品(ブランドもの)って、どんなに儲かってんだよ、あの飯屋」

紛い物(ニセモノ)でなくてですか?」

 先輩が洋灯(ランプ)の刻印を確かめて、「いや、本物だな」と一言。

「眼が利くことですね」

 真面目な一言をリュカが暗い中、笑う。

「これでも()()だからな」

 と、先輩が巫山戯る。変わらず二人はまた歩き始めた。

「まぁ、あれだ。あの給仕嬢(ウェイトレス)洋灯(ランプ)借りれてよかったなリュカ」

「えぇそうですね、鼻の下のばせて」

 そこでリュカは何処か急ぎ足になっていることに気がついた。

 あの酒場を出た二人は会話はいつもの調子だったが、二人とも老剣士を見た不安は完全には消えずにあったのだ。言葉にしない反動だろうか、歩調に表れているようだった。

──どうせ、とりこし苦労になるんだ

 つんのめったのも急ぎ足の原因も“剣の虫”のそぞろな足のせいだろう、とリュカは自分の中の不安に蓋をする。しなければ、足が動かない気もしていた。

 再び歩き始め、また調子の良い会話に戻ったが、流石に一日中話しながら歩くというのも段々と口数も減ってくる。

「昼間なら、そろそろ街が見えてくる距離ですね」

 疲れながらにリュカが、ぽつりと言った。

「……リュカ、肩に乗れ」

「は?」

 返事する間もなくリュカを軽々と自分の肩にのせて街の方を見せようとする。急に持ち上げられてリュカは、思考が止まった。

「ちょ、てめぇ、なにすんだ」

 いきなりの事に動揺したリュカが、我に返って先輩の頭を鷲掴みにする。疲れていたことも忘れて、肩の上で暴れてみるが、先輩に足首を捕まれて逃げられない。

「あれはいつもと同じ街の明るさか?」

 突然の行動は、からかうためとリュカは思ったが先輩はリュカに鷲掴みされても動じることなく街の方角に向かって立っている。その言葉に含まれる深刻さに気がついてリュカは、息をのんだ。

「ん」

 いつもなら街を囲う壁にかかげられた松明で、どうにか光を感じられるのだが、今晩はどういう訳か明るい。「あれはいつもよりも明るくないか?」先輩の真剣さに気がついて、リュカも遅ればせに返答した。

「そうですね、明るいですね。でも気のせいかもしれません」

「気のせいか?」

「オレ、……私はそう思います。もしかしたら、大きな魔物でも出て警戒しているのかもしれませんし」

 「そうか、そうだな」と、先輩は大きく息を吐いた。自分の中の不安を杞憂と笑い飛ばして欲しかったのかもしれないとリュカは思った。

「……少し休むか?」

「いえ、大丈夫です」

 再び抱えられてリュカは地面に足をつく。と、その拍子に数歩よろめく。

 それを見て「やっぱり少し急ぎたい、抱えていいか?」と笑う先輩。

「嫌ですよ」

 リュカは急ぎ足で歩き始めた。後ろで先輩がリュカを小馬鹿にする顔をリュカはすぐに想像できた。

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