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一話

 とある世界。大陸の一角を有するとある国の、とある路。



 村への路には麦穂がたゆみ揺れていた。

 荷馬車が走れる程度には整えられているが、やはり(わだち)は深く、数年に一度の整備ではその痕は消えないようだ。

 見渡す限りの麦畑に、煉瓦の道。それは王都まで続く“麦穂の大路”へと繋がる幾多ある“麦穂の小路”の一つ。

 そこを行きかう行商や旅人、それに荷馬車。

 何処にでもいそうな二人の童。

 一人は金髪碧眼の丈夫。

 もう一人は、年端もいかぬように見えた。少女の様な中性的な容姿、その赤みがかった髪と顔の半分に幾何学模様が刻まれているから、それが亜人種と呼ばれる人種であるのはすぐ判る。

 幼い亜人種が、不機嫌に頬を膨らませずんずんと歩みを進める。金髪碧眼の方が、それをのんびりと追いかけていた。

「なぁリュカ。いい加減、機嫌なおせって。顳紋人(ヘラルドリ)のお前じゃ、見た目が、そのなんだ、職人のおっさんらに舐められるから、と思ってジェラールさんも…」

 リュカと呼ばれた亜人種顳紋人(ヘラルドリ)は立ち止まって、振り返る。

「いいですか。これは僕がようやくジェラールさんからもらった独りでの商談だったんです」

 少し舌足らずの口調が、小麦の畑によく響いた。ジェラールとはこの二人を雇うワイン商の名だ。

「商談って、大げさ過ぎるぞ。たかだか、今年できた商品(ワイン)を試飲用に一樽買い受けに行くだけだろう」

「だからです!だから、一人でも十分なのです!なのに最近は物騒だからとか何とか言って、……先輩をつけなくても大丈夫だったんです」

「いや、ジェラールさんも最近は盗賊まがいな輩も出没するからって……」

 リュカはため息をついて、先輩を哀れむように見たが、先輩は動じない。

「……先輩は、本当にそれだけとお思いなんですか?ジェラールさんは僕に護衛と称して、先輩にもこの商談に一枚噛んだことにしようとしてるんですよ?」

「……はぁ?なんで?」

「いいですか先輩。半年、一ヶ月、一日、一刻でも、先に丁稚に上がったんですから、先輩は先輩なのです。貴方が先輩なのです。そして、先輩はジェラールさんと同じ人間です。顳紋人(ヘラルドリ)、……亜人じゃない。そして、ジェラールさんには娘さん一人です。お判りですか?」

「さっぱりだ」

 「だぁ」と顳紋人(ヘラルドリ)のリュカは、頭をかきむしる。

「解れ!そして、自覚を持て!この“剣の虫”!」

 激高したリュカが幼い身体で、先輩に殴りかかるが、間合いが足りずに簡単に躱されてしまう。

 “剣の虫”とリュカの先輩たる丁稚の、町でのあだ名だ。本の虫ならぬ、一日中剣の鍛錬ばかり行うその様からつけられた、商人の見習いとしては恥ずべきあだ名。しかし当の本人は、誰からもそう呼ばれようとも、なんとも思っていないようだった。

「あ、先輩になんて口をきくんだ」

 それどころか立腹するリュカをみて、先輩はにやりとした。「口調が素に戻ってるぞ」と注意を受けたリュカが癇癪に似た叫び声をだすと、先輩は愉快そうに笑う。やはり“剣の虫”とよばれることに抵抗はないらしい。息を整えながら、リュカは唸った。

「どうして同じ歳なのに、先輩は先輩なのだろう」

 「うーん」と“剣の虫”はそれを真似て唸る。

「それは先に俺が雇われたからじゃないかな」

「わかってんだよ、んなことは!……、いいですか先輩。交渉と応対は僕がしますので、先輩は黙って柄にでも手をかけておいてください」

「おう、任せろ。……でもなリュカ、剣柄は手を休ませる場所じゃないよ」

「うっせいなぁ、ホント」

 言われた“剣の虫”はケラケラと笑う。リュカは先輩に馬鹿にされたのだと思って、また顔を赤くした。


 ワイン商の丁稚として働くリュカは、顳紋人(ヘラルドリ)だ。

 顳紋人(ヘラルドリ)とは、人によく似た亜人だ。身体の部分的に幾何学模様の痣があり、身体的能力は人よりも高く、寿命も長いとされている。国や地域によっては儀紋人(ピンゲレ)ともよばれ、「短気」「短絡的」「驕り」の種族と言われている。

 そんな顳紋人(ヘラルドリ)のリュカは、近所の子供たちから「傷顔(スカーフェイス)」、「(スカー)」とあだ名されていた。顔の顳顬(こめかみ)から頬にかけてある痣の形のせいだろう。微笑んで愛想良くしても、痣のせいで凄んで見えるのが、子供たちには恐ろしく映るらしかった。

 丁稚の仲間や先輩から()()()()()()は、“温厚”だなとか“気が長い”と言われた。そう言われてもリュカとしては、我慢を知っているだけで温厚や気が長いと言われても実感はない。

 ただ“剣の虫”先輩に対してだけは違うと、周りから揶揄された。リュカの中性的な容姿も相まって、一見すれば兄妹に見える二人、もしくは同性異種の恋人のように見えなくもない。

 リュカにとってはこの先輩は、仕事上の面倒事を押し付けてくる厄介な輩でしかない。それに反抗しているだけのつもりだ。強く反発できないのは、返すに返せない大きな恩があるためで、リュカの心情は義理と反抗の板挟みなのだ。

 加えて、親方の娘さんに「まるで夫婦(めおと)みたいね、羨ましいわ」とからかわれる日々にリュカは胃を痛めていた。


「せめて、もう少し(たっぱ)があったら……」

 畑道の途中、リュカはぼやく。

「いや、急には無理だぞ、何事も。リュカ」

 窘められたリュカが、振り向きざまに蹴りを先輩に放つが、予想していたのか軽々と避けられる。

「危ないぞ、リュカ」

「一回、当たってから言え。あと、正論言われるとすげぇ腹立つ」

 先輩は子犬に吠えられた程度に思っていないのか、「これは顳紋人(ヘラルドリ)特有の短気だわ。短気は商売に向かないというぞ、リュカ」と煽り、リュカは再び蹴りを放つ。

「ははは、甘いぞ。リュカ、まだまだだな」

 難なく避ける余裕の様子にリュカは地団駄を踏んだ。


 生まれて十六年になるリュカは、不遇だが平凡な人生だ。

 リュカの両親は住み込みで働く街から二ヶ月ほど歩いた村で健在で、猫の額ほどの農地を今も耕している。

 次男坊のリュカが丁稚に()()()のは、継げる農地も畜生もなかったのを不憫に思った両親の()()()だ。

 両親は村にやってきていた行商人に、丁稚に拾ってくれる商人か働き口を紹介してくれるように毎度毎度頭を下げ、紹介状を貰うことになった。

 両親の前では感謝するふりをしつづけたが、自分は捨てられるのだとリュカは思った。

 そう思った理由は、二つ違いの兄だ。

 兄は読み書きは苦手だったものの身体は頑丈で、病気一つせず多少の怪我もすぐに治ってしまう。

 疲れ知らずの兄が畑仕事を手伝うようになると、両親は楽が出来る様になったようで、よく笑うようになった。

 リュカも兄のそれを真似ようとすると、両親は笑ってくれたが明らかに兄への違う笑いに理解できなかった。毎日、手伝おうとし続けていると、しまいには「作業の邪魔」と叱られてしまった。そこで漸くリュカは()()()である次男坊(自分)など必要がなくなったのだ、と感じた。

 ぽかりと空いた心は埋まることなく日々は続き、ただそこに不平不満を放り込んでいった。

──丁稚先など見つかるな

 と願っていただけに、街のワイン商が働き手を探している、そう言われたときに絶望感はどうしようもなかったのを、リュカは今も覚えている。


──僕が、何をしようとも、僕は、誰にも、必要とされていないのだろうか?

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