お茶会の後で
教室に戻って、私は急いで帰り支度をしていた。お茶会の授業は本日最後の授業だったので問題ない。
思い出してみたら急にムカムカしてきた。気を遣っただけなのになぜリリアーナ様に責められなきゃいけないのだろう。むしろ、ナタリー様を宥めてあげたのだから感謝して欲しいくらいだ。それに、貴族の令嬢が人目につくところで泣くなんて非常識だ。ゲームで時折出てきた【泣きながらも立ち向かう】という選択肢が健気で可愛いと思っていたが、貴族の令嬢としてその選択肢はない。ゲームのレティシアもこういう気持ちだったのかしらと思う。
「レティ、随分ご乱心なようね。」
先に戻っていたリーンが話かけてくる。
「やだ、そんなに表情に出ていた?」
「他の人にはわからないから大丈夫よ。その様子だとお茶会で何かあったのでしょ?この後時間ある?王都で話題のチーズケーキを奢ってあげるから話を聞かせてよ。」
「リーン、あなた面白がっているでしょ。・・・行くけど。」
「そんなことないわよ。これでもお疲れなご様子の親友を気にかけているのよ?」
「はいはい。そういうことにしておくわ。さぁ、行きましょう。」
リーンが町歩き用の紋章がない馬車を用意してくれているというので、馬車に乗り込む。
制服の上着は貴族の学園と一目でわかるので、リーンが用意しておいてくれた上着に着替えておく。
目的地の近くに着いたようで、御者が馬車の扉を開けてくれた。
「ほら、ティア、こっちよ。こんなこともあろうかと、予約をしておいたのよ。」
「さすがアイ。気がきくわね。」
昔から私とリーンは街中でお互いを「ティア」と「アイ」と呼んでいる。バレているかもしれないが、一応変装のつもりだ。
これから行く話題のお店の予約は個室1室しかできないことになっており、他の席は来店した順に案内されるので店の外にはすごい行列ができていた。
待つことなくお店に入って注文をして、チーズケーキが出てくるまで、リーンに今日のお茶会と、お茶会の後の出来事を話した。
「なんと言うか・・・災難だったわね。」
面白い話題が好きなリーンにすらさすがに同情される。
「厄日かと思ったわ。もう隣のクラスと合同授業なんてしたくないわ。正直リリアーナ様にもナタリー様にも関わりたくないもの。」
「残念ながら、また3ヶ月後に合同授業よ。」
「そうなのよね。でもまた同じ席になるとは限らないし!」
「それは・・・」
「失礼します。」
リーンが何か言おうとしたところでチーズケーキが出てきた。
ココットに入ったホカホカのスフレチーズケーキケーキだ。この世界では初めて見た。
実はこの世界、ゲームの制作者がいい仕事をしたようで、食文化は発展していて前世と同じような生活が送れている。ただ、スイーツだけはお茶会の定番物しか種類がなく、時折こういう少し凝ったスイーツが登場しては話題になる。
転生悪役令嬢が飯テロを起こすとか憧れたが、前世でお菓子作りをほとんどしなかった私にはそんなことできるスキルがなかった。
優しい甘い香りに心が踊る。
一口頬張ると、シュワシュワと口のなかで溶けて、チーズの程よい酸味と控えめな甘さが口の中に広がった。
「美味しい!」
さっきまでの憂鬱な気持ちが吹き飛ぶ。
「私も初めて食べたけど美味しいわね。話題になるのも納得だわ。」
「アイ、連れて来てくれてありがとう!」
「元気が出たようで何よりだわ。」
リーンが面白そうに笑いながら言う。単純だと言いたいのだろう。リーンの前では淑女の仮面が剥がれることがあるのでしょうがない。
私たちはそれから小一時間、王都の流行の話に花を咲かせ、帰ることにした。
店を出て少し歩いたところで、後ろから聞き覚えのある声がした。
「ルゥ、ヴァン、ダン、こっちよ!」
振り返るとリリアーナ様がアル様、ヴァレンティノ様、ダニエル様と一緒にいた。一度家へ戻ったのだろう、みんな変装していた。
黒髪を隠し、栗毛色の髪をしたアル様と目が合う。
「ルゥ、どうしてここに?」
ルゥはアル様のお忍び用の名前だ。ここでアル様と呼ぶわけにはいかないのでお忍び用の名前で呼ぶ。
「リリーが話題の店に連れて行ってくれると言うから来てみたんだ。ティアこそどうしてここに?」
リリーと呼ぶ声にズキンと心が痛む。お忍びだから愛称で呼んでいるのか、お茶会の後愛称で呼ぶ程仲良くなったのかはわからない。それでも私以外の女性の名前を愛称で呼ぶのは嫌なのだ。
リリアーナ様が町を案内するって言ったのは昨日だったのに、この店の予約が取れるなんて、リリアーナ様は意外と遣り手なのかもしれない。
リーンですら私を驚かせようと2週間も前から予約をしていてくれていたと言うのに。
「アイが予約をしていて、サプライズで連れて来てくれたの。」
「そうか・・「ルゥ!」」
アル様が何かを言いかけたところでリリアーナ様がアル様の言葉を遮る。お忍び中とは言え、不敬だとイライラする。
「早くお店に入らないと時間がなくなっちゃうわ。行きましょう!」
リリアーナ様は無邪気な可愛い笑顔でアル様の腕を引いた。アル様に気安く触らないでと怒りたいところだが、街中で騒ぎを起こすわけにはいかない。
「あ、ああ。じゃあティアまた。」
「はい。」
辛うじて返事はしたけど、全然はいで済ませられる気分じゃない。
チーズスフレの幸せな気持ちはあっという間にどこかへ消えてしまった。