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地獄のお茶会

次の授業が始まるまで私は裏庭でひっそりと泣き、何食わぬ顔で教室に戻った。


表面上は何事もなかったかのように過ごしたが、頭の中はずっと混乱したままだ。

授業が終わり、帰りの馬車に乗り込む。


あんなに関わらないようにしようとしたのに気がついたらこれだ。公爵令嬢として、貴族らしからぬ振る舞いを見るとつい体が勝手に動いてしまう。ゲームの強制力ではと疑いたくなる程だが、結局は私の意思だ。

思えば前世の私も、責任感が強いタイプだった。平凡ではあったけど、与えられた仕事は確りこなしていた。前世の記憶が甦っても、公爵令嬢としての責任感の方が勝ってしまうのだ。


「お嬢様、着きましたが・・・。」


扉を開けた御者に声を掛けられたが、なぜか慌てている。

疑問に思いながら馬車を降りようと、差し出された手を握ってから驚いた。


「姫、お待ちしてましたよ。」


天使の輪が綺麗に浮かぶ黒髪に、金色の瞳を輝かせてまるで天使のような微笑みをした私の婚約者様がそこにいた。


「アル様!?なぜ我が家に?今日はお約束はなかったはずですが・・・。」


「シアと少しお茶がしたいなと思って。」


「先触れもなく訪問されるのはいくら王族と言えど無作法ですわ。とは言え、もういらっしゃっているのでおもてなしはしますけど。」


「ごめんごめん。ではお言葉に甘えてお邪魔するよ。」


「こちらへどうぞ。」


アル様をサロンへ案内する。我が家の優秀な使用人達が既に気をきかせてお茶の準備をしてくれていた。


「アル様、急にどうなさいましたの?」


「シアが元気なさそうだったから。婚約者を心配するのは当然でしょ?」


「あら、私はいつだって元気ですわ。私の心配をする時間があるならば、ルドルフ様の公務を手伝って下さいませ。」


つい嬉しくて顔がにやけそうになるのを我慢して、また可愛げのないことを言ってしまう。


「そうか。うん、いつも通りのシアだね。」


アル様がなぜかくくっと笑った。でも納得してくれたようだ。

そうして少しの間お茶を楽しんで、アル様は王宮へと帰って行った。


私はアル様が来てくれたことにすっかり浮かれ、翌日のお茶会の授業のことをすっかり忘れていた。


***


そうして翌日。


私はナタリー様、ナタリー様のご友人のお二人、そしてリリアーナ様とお茶会のテーブルを囲っていた。


隣のクラスと合同のお茶会の授業である。


ナタリー様は友人二人とお話をして、リリアーナ様のことは完全に無視だ。私はたまに嫌みを交えて会話を振られる。

何の拷問かと思うほど、冷え冷えした空気が辛い。

この中で一番身分が高いのは私だし、ナタリー様から会話の主導権を奪って皆に話題を振ることにする。


「そういえば来月はデビュタントですわね。皆さんもうドレスは到着しました?」


「もちろん届きましたわ。アンナ・ニコライにオーダーしたので届くのがギリギリかと思いましたが、届いて安心しておりますの。」


「さすがナタリー様!アンナ・ニコライにオーダーを受けてもらえるなんて羨ましい限りですわ。私も一応連絡してみましたけど受けて頂けなかったのです。」


ナタリー様のご友人がナタリー様を賞賛する。アンナ・ニコライは王都一人気のあるドレスデザイナーだ。ただ、本人のインスピレーションが沸かないとオーダーを受けてもらえない。

アンナ・ニコライにオーダーを受けてもらえるのは、令嬢として一種のステータスになるのだ。


「レティシア様はどちらでドレスをお作りになったのかしら?」


ナタリー様が意地の悪い笑顔で尋ねてくる。


「あら、奇遇ですわね。私もアンナ・ニコライに作って頂きましたの。」


「レティシア様も流石ですわ。私もいつかアンナ・ニコライにドレスを作って頂きたいです。」


もう一人のナタリー様の友人が言う。

アンナ・ニコライのどのドレスが素晴らしいなど話をしていると、遠慮がちな声が聞こえた。


「あの・・・。アンナ・ニコライってそんなに有名なのですか?」


リリアーナ様だ。最近まで平民だったので馴染みがないのかもしれないが、ドレスの話題は貴族の令嬢の間では必ずあがる。ワーグナー伯爵はリリアーナ様に何を教育したのだろう。思わずリリアーナ様に尋ねてしまう。


「アンナ・ニコライをご存知ないの?」


「はい、お恥ずかしながら。」


「あなた、本当に非常識な方ね。ワーグナー伯爵の籍に入って1年経つのに何を学んできたのかしら。この前の社交ダンスの授業も酷いものだったし、今日のお茶会だってまた茶器のお音をカチャカチャ立てていたし。同じ令嬢の土俵に立たれるだけで不快ですわ。」


ナタリー様がリリアーナ様を攻撃する。

ナタリー様の言うことはご最もなのだけれど。知らないなら曖昧に微笑んで適当に相槌を打ち、後で調べるのも社交スキルの一つなので黙っておけばいいものの。


「まあまあ、ナタリー様。まだ1年しか経っていないのだからしょうがありませんわ。きっと長年染み付いた平民の感覚は私たちが思う以上に中々抜けないのかもしれませんし。」


少し嫌みな言い方になってしまったが、ナタリー様を宥める。


そうして、さりげなく他の話題を振ってはリリアーナ様が無知な発言をし、ナタリー様が嫌味を言い、私が宥めるというループを繰り返し、お茶会の授業が終了した。

とても疲れた。


早く教室に帰って一息つきたかったのにリリアーナ様に呼び止められた。


「あの、レティシア様少しよろしいでしょうか?」


「どうなさいましたか?」


全然よろしくない。ゲームと違いリリアーナ様に嫌味を言う気力もないので、本当は早く戻りたい。


「レティシア様、酷いです!私が恥をかくような話題ばかり振って、そんなに私がお嫌いですか!?」


「は・・・?」


あまりに唐突な物言いに、思わず間抜けな声が出てしまった。

リリアーナ様は涙を溜めた目でこちらを見ている。


「あら、申し訳ありませんわ。ナタリー様があまりリリアーナ様を会話に加えないので、気をきかせたつもりだったのですが。まさかあんなに無知だとは思わなかったので。」


「無知って!私だってこれでも頑張っているのに酷いわ!」


ついにリリアーナ様が泣き出してしまった。

やだ、どう見ても私が悪いみたいじゃない。


「シア?」


どうしようかと考えていると、ちょうど剣の授業を終えたアル様、ヴァレンティノ様、ダニエル様が通りかかった。


「レティシア嬢!リリアーナに何か酷いことを言っただろう!」


「ダニエル様、私がいけないんです。私があまりにも物を知らないので無知だと叱責されたのです。」


「レティシア嬢、リリアーナだって懸命に学んでいるんだ。それなのに酷いではないか。」


「本当のことを言ったまでですわ。ご自分の状況を理解することも大事でしょう。」


「おいおいレティ、言い方ってもんが。」


「うん、シアは相変わらずだね。二人とも落ち着いた方がいい。リリアーナ嬢はそのままの顔で教室には戻れないだろう。私たちもちょうど水場に行くところだったから一緒に行こう。シアは教室に戻ろうか。」


「・・・わかりましたわ。失礼します。」


私は急いでその場を後にした。


ゲームとは違う台詞だったとは言え、私がリリアーナ様を咎めた状況に変わらない。


平静を装っていたけど、私の心の中は荒れ狂っていた。

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