悪役令嬢の誕生ですわ!
ナタリー・バーモンド辺境伯爵令嬢はかつてのアル様の婚約者候補の一人だった。
栗毛で大きなの緑色の瞳はたれ目で、見た目はフワフワしているが、性格がきつい。自分が気にくわないものには全て攻撃的な態度をとる。
私がアル様の婚約者となったことで、ダニエル様の婚約者になったのだが、ナタリー様もアル様のことが好きだったらしく、事あるごとに私に嫌みを言ってくる。非常に面倒くさい人なのだ。
「普通に感想を言っただけよ(嫌みがわからないなんて本当は頭が悪いのではないかしら)。」
「あら、その感想が最高の褒め言葉でしたので(その程度の嫌みは通じなくてよ)。」
お互いにオホホホホと笑いながら腹芸をする。
「ふん、せいぜい1年間だけ頑張ることね。」
ナタリー様はさも来年は私が生徒会に入るのだと言わんばかりの捨てゼリフを言って去っていった。
「シア、朝から大変ね。」
「リーン、同情するなら助けに入ってくれても良かったのに。」
「嫌よ。面倒くさいことに巻き込まれたくないもの。彼女厄介なんだもの。」
「この薄情者め。ハッキリ言い過ぎよ。」
そう、リーンの言う通りナタリー様は厄介なのだ。
辺境伯爵は、伯爵位ながら地位の高さで言うと侯爵家と同レベル。
私のように自分より爵位が上の者には遠回しな嫌みを言ってくるくらいで済むのだが、爵位が同等以下の者にはキツイ物言いをしたり、影でこっそり嫌がらせをしたり、とにかく陰湿なのだ。私より悪役令嬢感が漂っている。
「そうそう、入学式にアルベルト殿下に助けてもらった彼女覚えている?」
「リリアーナ様でしたっけ?」
「そう。彼女、ナタリー様に目をつけられているそうよ。」
「ああ。噂で聞いたけど本当なの?」
「ええ、何でもお茶の授業は同じ席の方から無視されているとか。ほら、隣のクラスって女性はナタリー様が一番爵位が高いじゃない。」
学園では週に1度、女性はお茶の、男性は剣術の授業がある。
お茶の授業では、お茶の作法を実践で行うので要するにお茶会と変わらない。座席は毎回先生に指定されるのだが、そこでお茶会と同様に生徒同士交流を深めるのだ。
ナタリー様の嫌がらせは陰湿。取り巻きを使って全員で無視するのはいつものことだ。
「まあ、リリアーナ様も自業自得でないのかしら。」
「それもそうね。2週間後のお茶の合同授業が面倒くさそうで嫌だわ。」
「リーンは面倒なことが嫌いだものね。だからと言って、仮病で休まないでよ?」
「わかってるわよ。」
リリアーナ様はゲームと同様、序盤はダニエル様と仲良くしているらしい。というか、クラスの男子全員がチヤホヤしているらしく、だから女子に冷たい目で見られているのだ。
ゲームではアル様ルートに入ると、ヒロインはこの2週間の間に徐々にアル様と打ち解けて、レティシアに目を付けられる。そして2週間後のお茶会の終わりに、レティシアは取り巻きと一緒にヒロインに注意をする。そこに剣術の授業を終えたアル様が通りかかって、ヒロインを助けるのだ。
リリアーナ様がアル様に馴れ馴れしくするのは許せない。
ああ、どうかリリアーナ様がアル様ルートに進みませんように。
***
「アルベルト様!ヴァレンティノ様!」
そうして2週間が経ち、お茶会の授業の前日。ピンク色の髪をふわふわと揺らしたリリアーナ様は今日もダニエル様と一緒に私の教室に来ている。
ダニエル様を通して知り合ったのだろうか、アル様とヴァレンティノ様とも話をする仲になったようだ。
リリアーナ様は貴族になってまだ1年。今でも頻繁に町に出るようで、市井の様子に詳しい。
その話が新鮮なようで、アル様とヴァレンティノ様もリリアーナ様との会話を楽しんでいる様子だ。
ゲームではこの2週間、攻略したいキャラとの親密度を上げるため、攻略したいキャラとの会話がメインになる。チョロキャラのダニエル様は誰のルートでもほぼ一緒にいるが。
おかしい。リリアーナ様はアル様ともヴァレンティノ様とも同じように接している。
リリアーナ様はゲームとは関係ない?でも。と、一つの可能性を考える。
隠しキャラのルドルフ様を攻略する場合、攻略対象者のアル様、ヴァレンティノ様、ダニエル様の好感度を一定まで上げる必要がある。
それぞれ上げなきゃいけないレベルが違うから調整が難しいので、私は攻略できなかった。
ゾワリと背中に冷たいものが走る。
ルドルフ様を攻略した場合も、私は処刑されて死ぬ。攻略サイトをチラリと見ただけなので、詳しい経緯はわからないけれど。
ルドルフ様ルートでこの世界が動いていたら危険だと感じつつ、リリアーナ様とアル様との距離にヤキモキしてしまう。
さっきから近い。アル様に触れてはいないが、アル様の真横に立って話している。
アル様は座席に座ったままだから距離が近いのはしょうがない、なんてことはない。ここは貴族の学園なので、隣の座席との間にはだいぶ距離がある。
婚約者でもない女性があの距離はなしだ。注意したいが、悪役令嬢になって死にたくない。どうしようかと悩んでいると、何の会話をしていたのかわからないが、リリアーナ様がいきなりアル様の手を握った。
「アルベルト様、よろしければ私が案内しますわ!」
リリアーナ様の楽しそうな声が聞こえる。
プツン、と私の中の何かが切れた。
気づいたらリリアーナ様のそばに近より、リリアーナ様の腕を扇子で叩いていた。
「婚約者でもない女性がはしたない。それにアル様に不敬ですわ。こんな分別のない行動をするのは平民くらいですわ。ああ、あなたは平民みたいなものだものね。ここは貴族の学園でしてよ。」
口を開いたら勝手に言葉が出てきた。こんな言い方したかったわけじゃないのに。自分の行動に眉をひそめたのだが、リリアーナ様を更に威嚇したようだ。
「あ・・・、私、申し訳ありません。」
リリアーナ様が大きな瞳に涙を溜めてこちらを見上げて謝ってくる。まるで私が悪者だ。
「市井の話をしていたから、リリアーナ嬢はつい素が出てしまったのだろう。次から気をつけてくれれば構わないから。それとシア、叩くのはいけない。リリアーナ嬢の腕が赤くなっている。」
「・・・わかりましたわ。リリアーナ様、こちらこそ申し訳ございません。」
「いえ、本当に申し訳ございませんでした。」
自分の軽率な行動が悔しくて、涙が出そうになる。でもここで泣くわけにはいかない。
目に力をこめる。
すると、リリアーナ様を睨むような目付きになっていたようで、リリアーナ様の肩がビクリと揺れた。
「リリアーナ嬢、腕に跡が残っては大変だ。保健室へ行こう。」
「ありがとうございます、ダニエル様。」
リリアーナ様はダニエル様に手を引かれ、去っていた。
「シア」
「アル様、騒ぎを起こして申し訳ございませんでした。私、少し頭を冷やして反省して参りますので失礼しますわ。」
アル様に声を掛けられたけど、何を言われるか怖くなりその場を急いで立ち去った。
ああ、やってしまった。
気がついたら悪役令嬢をしていた瞬間だった。




