閑話 ~sideアルベルト~
シアと出会ったのは、8歳の時。
婚約者候補の一人だった。初めて顔合わせをした時には、輝く金色の長い髪に、つり目がちだけど大きい赤い瞳のきれいな顔立ちに息を飲んだ。婚約者候補の中でも、1番の美人だった。
ただ、1番なのは顔立ちだけでなく、口うるささもだった。
あの頃の私は、スペアでしかないのに厳しく行われる王太子教育で何においても完璧にこなす兄上と比べられ、やはり次期国王は兄上が相応しいとつけられる評判に辟易していて、何かと王太子教育をサボろうとしていた。
他の婚約者候補は誘えば頬を赤らめながら一緒にサボっていたが、シアだけは違った。
スペアとして扱われることも、王太子教育を受けることも、第二王子に生まれた宿命だと。王族として与えられるものも多い分、支えてくれている国民の生活を豊かにするために責務を果たすのに、全て必要なことだと毎回冷たい瞳で諭してきた。正論なのはわかっている分、シアといるのは息が詰まる。月に1度行われる婚約者候補と二人きりのお茶会が憂鬱で堪らなかった。
シアとの関係が変わったのは、シアが暗殺者から私を庇い、重傷を負った時だった。
なぜ第一王子の地盤が磐石なのに、暗殺者がと思うだろう。その頃、私に隣国の王女との縁談が持ち上がった。隣国に世継ぎは王女しかおらず、他国の王族からか自国の貴族から婿を迎えるしかなかった。隣国とは小さい争いが絶えず、お互いの国益のために婚姻を結んで、同盟を結ぶ話が出たのだ。幸い、私に婚約者候補はいたものの婚約前。王女と婚約をすることも可能だったが、我が国とて、国王である父に兄弟はいないため、兄上に何かあった時に血筋を残すなら遠縁より私が望ましい。だから、決断は兄上が第一成人の16歳になるまで待って欲しいと交渉中だった。
面白くないのは隣国の貴族たちだ。せっかく王族と縁ができる機会なのに、他国との縁談が持ち上がっているのだ。そして、愚かな隣国の貴族が私を暗殺しようとした。
護衛が少し離れたところで待機する婚約者候補とのお茶会を狙われたのだ。今思うと、相手がシアじゃなかったら私は命を落としていたかもしれない。シアは驚くような瞬発力で自分の命も顧みず、私の盾となった。暗殺者が私の胸を目掛けて放った毒矢はシアの背中に突き刺さり、シアは3日間生死をさ迷うことになった。
暗殺者はその後捕縛され、隣国の貴族の企みが明らかになった。隣国には王太子暗殺未遂を盾に、婚姻ではなく平和条約を結ばせることに成功した。
シアは一命をとりとめたものの、背中に傷跡が残った。この国の令嬢は体に傷があると傷物とされ、婚姻を結びにくい。シアの場合、公爵家の跡取りを迎えるので、手を挙げる貴族はたくさんいると思うが。ただ、第二王子の命を守ってできた傷だ。しかもスペアの王太子妃教育を受けていた令嬢の中で、シアは群を抜いて成績が良かった。王家が感謝の意を示すのと、責任を取る意味を込めて、シアが私の婚約者として正式に決定した。兄上に何かあった時の妃の器としても十分、予定通り私が臣下に下る時に余計な公爵位を作らなくても私がノクタール家を継ぐことになるので公爵位を賜れると、王家にとっても1番好都合だった。
シアが正式な婚約者になるとは、なんて拷問だと最初は思った。が、一命をとりとめて目覚めてからのシアは面白かった。
暗殺者に襲われる前のシアは、公爵令嬢らしく無表情か、作り笑顔を張り付けているかどちらかだった。
だが、目覚めたシアを訪れた時、シアは私の顔を見て初めて頬を赤らめて微笑んだかと思ったら、一瞬で真っ青になった。私は何も言っていないのに頭の中で何を思ったのだろう。
その後、正式に婚約者になってからも平静を装っているけど瞳の奥で感情が揺れているのを感じた。そして衝撃的だったのが、ある日、相変わらずたまにサボる私に、苦言を呈した後だ。シアにまた諭されてムカムカしながら、やっぱりサボってやろうと王宮の庭園の奥に行った時、シアが隠れて泣いていた。
「またアルベルト様に口うるさく言っちゃった。どうしよう、これ以上嫌われたくないのに。」
シアの独り言が聞こえた。こっそり遠くからみたシアの泣き顔は普段の姿からは想像できないくらい儚げで可愛く、私のことを想って泣いていることが何とも嬉しくて、シアの感情を独占したいなんて気持ちにかられた。
それからも、シアの泣き顔が見たくて、わざとシアにバレるように王太子教育をサボったりしていた。シアは私に説教をした後、必ず庭園の奥で泣いていたのでこっそり覗いていた。
ある日、いつものようにこっそりとシアが泣いているのを眺めていると、別の方向から兄上が現れた。
泣いているシアを見つけた瞬間、兄上は面白いオモチャを見つけたような顔をしていた。皆、兄上の表の顔に騙されているが、兄上は腹黒でSっ気がある。今のシアは格好の餌食だと思ったものの時既に遅く、兄上は何やらシアに話しかけていた。
シアの顔が恥ずかしそうにみるみる赤くなり、最後は兄上に花が綻ぶような笑顔を向けていた。兄上も、滅多に見たことのないような笑顔で満足そうに微笑んでいる。
なぜかその様子を見て苛立った。兄上にそんな表情を見せないで。私以外の前で可愛らしく笑わないで。そんな感情が沸き起こった時に、気がついた。
ああ、私はいつの間にシアのことー。
その日から私は王太子教育をサボることを止めた。そして、次のシアとのお茶会の時。
「レティシア嬢、今まで申し訳ないね。もう王太子教育はサボらないから。これからは第二王子として相応しくあれるように努力するよ。だから、レティシア嬢はこれからも私を支えてくれるかな。」
「殿下、もちろん私は殿下が望んで下さるのならいつまでもお側で支えますわ。」
シアはあり得ないものでも見たように目を見開いてから、一瞬戸惑った表情をしてから嬉しそうに微笑んだ。
「レティシア嬢、貴女のことを親しい人はレティと呼んでいるよね。シアと呼ぶ人はいるかな。」
「いいえ?家族や親しい友人からはレティと呼ばれているので、シアと呼ばれたことはありません。」
「それではこれからシアと呼んでもいいかな。」
「もちろんです!」
シアは食い気味に返事をすると、今までで1番嬉しそうな顔で笑った。
「私のことはアルと呼んで。」
「で、殿下!そんな、畏れ多い・・・。」
「ん?アルは?」
「アル・・様・・・。」
「まぁ最初はそれでいいや。いつかアルって呼んでね。」
か細い声で、赤面しながら答えるシアに思わず笑みが溢れる。
シアはそんな私の様子を見て、ますます顔を赤らめていた。
うん、泣き顔もいいけどこういうのも悪くない。
シア、色んな表情を見せてもらうから覚悟しておいてね。