デート当日(アルベルト視点)
今回はアルベルト視点です。
「アルベルト様、本日はよろしくお願いします。行きましょう!」
シアの額に口づけをした後、リリアーナ嬢に強引に手を引かれて馬車に乗り込む。
港町に出る時間があるならば、折角ならシアと二人で出掛けたかったのにと内心ため息をつく。
ノクタール公爵と言い、兄上と言い、人使いが荒い。
ワーグナー伯爵家はこの一年、色々な事業を手掛けて力をつけてきている。
ちょうどリリアーナ嬢がワーグナー伯爵に引き取られた頃からだ。
リリアーナ嬢は不思議な令嬢だ。
長年平民として育ったからか、貴族としてのマナーを身につけるのに苦労をしているようだが、話してみると頭が悪いわけではない。
市井に詳しいリリアーナ嬢の話は面白く、驚いたことに王都で流行している菓子のいくつかはリリアーナ嬢がアイディアを出したものだと言う。
どの店もここ一年でワーグナー伯爵が出資した店なので納得も行く。
ただ、解せないことが一つ。
リリアーナ嬢は学園で令息とばかり行動を共にしている。
親しい令嬢の友人ができないだけかもしれないが、隣のクラスで一番身分の高いダンをはじめとし、伯爵家や子爵家でも由緒ある家か裕福な家の令息とばかり行動を共にしている。
そして、ダンを介して私やヴァン、どういう経緯かシアを介して生徒会の面々に近づいてきた。
ワーグナー伯爵家といえば、数十年前まで我が国と小さな衝突を繰り返していた隣国の貴族と遠戚でもある。ワーグナー伯爵のひいお祖母さんが当時の伯爵家当主と大恋愛の末嫁いで来たらしい。
隣国との衝突が一番激しかった頃にワーグナー伯爵家を守るために貴族名鑑から消し去られたことでもあるので、今はワーグナー伯爵家以外は王族と宰相しか知らないことでもあるが。
そうするとリリアーナ嬢の理解できない行動は何か企んでいるのでは、と疑惑が出るのは当然で。
兄上からは学園でリリアーナ嬢の行動をなるべく監視するよう言いつけられ、ノクタール公爵からはこれを機に何か探れと無言の圧力を受けた。
「アルベルト様はもうマンゴーかき氷を召し上がられましたか?」
「いいや、すごい行列でこの前視察に行った時は諦めたよ。」
「今日はたくさん時間があるし、並びましょう!アルベルト様にも食べて頂きたいですし。そうだ、町に出たら私のことはまたリリーとお呼び下さい。」
「わかりました。私のことはルゥでお願いしますね。」
「はい!」
そうして町の入り口の少し前で馬車を止め、町に出る。
町の中心に近づくにつれて人通りが多くなる。
「きゃっ。」
リリアーナ嬢が人にぶつかったようで、こちらの方によろめいてくる。
が、護衛がすかさずリリアーナ嬢を支える。
「きゃっ。」
今度は小石につまずいたようで、こちらの方に倒れこんでくる。
が、侍女がすかさずリリアーナ嬢を支える。
そんなやり取りを数回繰り返し、フルーツの露店をはじめとし、市場をぐるっと巡った。
昼時になったので、個室のあるレストランへと向かう。
少し裕福な商家の子供という設定なので不自然ではないだろう。
個室へ入り、リリアーナ嬢と向かい合わせに座る。
この時ばかりは護衛と侍女は少し離れたところに控える。
「アルベルト様と町歩きができるなんて思ってもいなかったので嬉しいです。」
「私もまさかノクタール公爵領でリリアーナ嬢と二人で町を歩くとは思わなかったよ。本音を言えば、シアと歩きたかったな。」
個室なのでいつもの呼び方に戻る。少しくらい嫌味を言ってもいいだろう。
リリアーナ嬢と出掛けると決まった時、表面上は取り繕っていたがシアの瞳の奥が不安で揺れていたのだから。
「・・・アルベルト様はレティシア様と本当に仲がよろしいのですね。」
「そうだな。政略的な婚約とは言え、幸いお互いに好意を寄せているからね。」
「悪役令嬢が。アルベルト様を庇わなければ婚約者となったかも怪しいくせに・・・。」
「今何て?」
「いえ、羨ましいと口に出てしまっただけです。」
リリアーナ嬢が呟いたことは全て聞こえたわけではないが、シアが私を庇ったことを知っているようなことだけは聞こえた。
このことは、お互いの家族とその場にいた使用人、ヴァンの家族くらいしか知らないことなのに、どこで知ったのだろう。
王宮の使用人は簡単に口を滑らすような者は雇っていないし、お互いの家族やヴァンの家族が言うことも考えられない。
「そうか、ありがとう。」
私はリリアーナ嬢を不信に思う気持ちを悟られないように優雅に微笑む。
「・・・いえ。そう言えば、ルドルフ様はお元気ですか?心配ですよね、婚約者の王女様が病に伏せているなんて。」
「それをどこで?」
今度は驚きのあまり思わず表情に出てしまう。
この事は王族と宰相しか知らないことだ。シアでさえ知らない。
この前のデビュタントに兄上の婚約者が来ていなかったのは他国で遠いからという理由にしたが、本当は病に伏せていて来れなかったのだ。
「何のことでしょう?」
リリアーナ嬢はこの事が機密情報だったことを知らないような、キョトンとした顔をする。
知らなかったのか、とぼけているだけなのか。
「いや、何でもない。気にしないでくれ。ああ、兄上なら元気に休暇中も公務をしているよ。」
「そうなのですね。何かお力になれればいいのですが、私にその力がないのがもどかしいですね。」
リリアーナ嬢は眉を下げて困ったような可愛らしい表情をして微笑んだ。
何も知らなければ、庇護欲をそそられるような可愛らしい笑顔だった。
彼女は何を企んでいるのだろう。
今の出来事を兄上とノクタール公爵に報告しないわけにはいかない。
これから厄介事を頼まれることになりそうだと、私はまた内心ため息をつくのであった。
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