デビュタント①
数週間後。隣のクラスのご令嬢たちの婚約破棄騒動は、一旦婚約継続ということで落ち着いたようで平穏な日々を過ごしていた。
そしていよいよデビュタントの日を迎えた。
今日は朝から侍女たちにピカピカに磨かれて、鏡を覗くと前世の私とは全く違う目を見張るような美少女がそこにいた。
アンナ・ニコライがデザインしたドレスは金色の糸で百合をモチーフにした刺繍が施された白いマーメイドラインのドレスだった。デコルテと背中は大きく開いているものの、長袖なので露出は少なめだ。髪は一つにまとめ上げ、白い百合の生花を髪飾りにしている。私の胸元と耳にはアル様からのプレゼントのアクセサリーが輝いている。デビュタントのドレスは白色という決まりもあるのだが、全体的に白色でまとめたのでブラックスターサファイアが良く映える。
悪役令嬢である私はスペックが高く、スタイルも良い。出るところは出て、腰など引き締まるところは折れそうに細い。
自分で言うのも何だか、なかなかの出来に早くアル様にこの姿を見てもらいたくなる。ちょうど準備が整ったところでコンコンっと部屋をノックする音がした。
「お嬢様、下で旦那様と奥様がお待ちです。馬車の用意もできましたので行きましょう。」
「わかったわ。」
そうして玄関ホールに降りると、お父様とお母様が目を見開いてこちらを見ていた。
「レティ、なんて美しいんだ!これでは悪い虫が寄って来てしまいそうだ。よし、今日は体調が悪いということで欠席しよう。」
「あなた、気持ちはわかりますがそんなの許されませんよ。大丈夫、アルベルト殿下が全力で虫除けして下さるでしょうし。」
「私としては殿下も悪い虫なのだが・・・。」
「ほら、行きますよ。」
お父様が何やらブツブツ呟いているが、お母様に促され馬車に乗り込み出発した。
暫く馬車に揺られ、王宮に到着する。
普通は正面玄関から入るのだが、アル様が迎えに来たいということで裏門から入る。
裏門の衛兵に到着したを告げ、馬車の中で暫く待っていると、アル様が来たようだ。御者が馬車の扉をノックして、扉を開ける。
「シア、邸宅まで迎えに行けなくてごめんね。お手をどうぞ。」
「ありがとうございます。」
アル様に差し出された手を握り、馬車を降りる。すると、私と同じ金色の糸で百合の刺繍が施された白色の軍服に、私の瞳と同じ色のルビーのブローチを胸に付けたアル様がそこにいた。いつもと違う凛々しい姿に鼓動が早まる。
アル様の表情を伺うと、珍しく呆けた顔をしていた。
「アル様?」
「ごめん、シアがあまりにも綺麗で見とれてしまったよ。こんな美しい姿、私以外に見せたくないくらいに。このまま体調が悪いってことで欠席しようか?」
「アル様!お父様と同じことを言わないで下さいませ!私は普通に元気ですので出席しますわ!」
「そうだよね、残念。それではノクタール公爵、レティシア嬢のエスコートはお任せ下さい。」
「レティをお願いします。・・・本当は殿下にもエスコートをお願いしたくないのだが。」
お父様が最後に何を言ったか聞こえなかったが、お父様とお母様に別れを告げ、アル様の私室の隣にあるサロンへ向かう。お父様達はそのまま馬車で表門へ向かい、会場に入るので次に会うのは会場の中になる。
私はなぜかアル様に腰を抱かれながら、王宮の廊下を歩いている。
時折すれ違うメイドや護衛にやたら生暖かい目で微笑んでお辞儀をされるので、何だか居たたまれない気持ちになってくる。
「あの、アル様?先ほどから使用人達からの目が少し居心地が悪いと言いますか・・・。」
「え?教育が足りないようだな。明日から厳しくするか。」
「違います!皆さまの対応は素晴らしいですわ!あの、アル様が近すぎるせいだと思いますの。」
「近い?こんなに背中の開いたドレスを着たシアとはちょうどいい距離だと思うけど。」
「なっ!アンナ・ニコライのドレスを悪く言わないで下さいませ!」
「悪く言うつもりなんてないよ。凄く良いデザインだと思っているさ。ただ、他の男にシアの背中を見せたくないだけだよ。」
「なっ!」
「ほら、着いたよ。中へどうぞ。」
アル様が珍しく少し拗ねたような顔をしたので動揺していたら、サロンへ着いた。
アル様に促され、ソファーの方へ向かったのだが、いつもは先に座らせてくれるのに、アル様がなぜか先に座る。不思議に思いながら向かいのソファーに座ろうと歩こうとしたところで手を引かれる。
「シア、どこに行こうとしてるの?今日のシアの席はここだよ。」
「えっ!?」
アル様が指定したのはアル様の膝の上だった。
「ソファーに深く腰かけたらドレスがシワになるかもしれないでしょ?」
「そんなはしたないこと出来ませんわ!」
「ドレスがシワになる方がはしたないでしょう?ほら、座る。」
アル様に半ば強引に手を引かれて、膝の上に抱き抱えられるような体制で座らされる。あまりの恥ずかしさに首の方まで赤くなっていくのを感じた。
「シア、その反応は反則だよ。」
「ひゃあっ!?」
アル様の唇が突然首筋に触れ、変な声が出てしまう。
「うーん、シアはいい反応をするね。」
「アル様!お戯れはお止めになって!」
「大丈夫、跡はつけないから。」
「跡って何ですの!?すでに大丈夫ではありませんわ!」
アル様が場所を変えながら首筋に口づけをしていく。背中が甘く痺れていくのを感じてアル様を静止しようと、何とかアル様の方に体勢を変えて、胸を押し退けようとした。
「逃げようとするなんてお仕置きだよ。」
私の必死の抗議は虚しく、アル様に今度は唇に口づけをされる。私の頭の後ろに添えられていた手にグッと力が込められた瞬間、アル様の舌が私の口の中に入ってきた。
口の中を蹂躙され、舌を絡め取られて甘い痺れが体中を駆け巡る。
「っふぅ。」
息が上手く出来なくて、目に涙が溜まってきたところでようやくアル様から解放された。唇を離す時、銀色の糸が引き、ペロリと唇を舐めたアル様の色気が凄まじくて、背中にゾクリという感覚が駆けた。
「シアの反応があまりに可愛くてつい。」
アル様が妖艶に笑い、私は暫く思考が停止して動けなかった。




