乙女ゲームの舞台の幕が開ける
初投稿です。
拙い文章ですがよろしくお願い致します。
とうとうこの日が来てしまった。
フランドル王立学園の入学式ー。周りがこれからの学園生活に胸を踊らせている様子の中、私は一人、心の中で盛大にため息をついていた。
私、ノクタール公爵家の長女レティシア・ノクタールには前世の記憶がある。日本人として生活していた記憶が。
その記憶が、私を今、憂鬱にさせているのだけれど。
前世の私は中堅企業でOLをしていた。平凡な容姿、何事に対しても平凡な出来の私は自分に自信がなく、恋愛はからきしだった。仕事も忙しく、好きな人すらできなくなっていた頃にゲーム好きの友人に薦められて嵌まったのが乙女ゲーム「あなたと恋する~フランドル王立学園編~」だった。
「あなたと恋する~フランドル王立学園編~」通称「あな恋」は、フランドル王立学園を舞台に、ヒロインが攻略対象と恋に落ち、ハッピーエンドを目指す王道の乙女ゲームだ。
攻略対象者は4人と隠しキャラ1人。
フランドル王国第二王子のアルベルト・フランドル(属性:甘々王子)。
モーズリー公爵家長男で宰相候補のヴァレンティノ・モーズリー(属性:インテリ腹黒)。
ナリス侯爵家次男で近衛騎士候補のダニエル・ナリス(属性:脳筋)。
レイトン伯爵家次男で文官候補のミカエル・レイトン(属性:年下ワンコキャラ)。
隠しキャラは、フランドル王国第一王子のルドルフ・フランドル(属性:キラキラドS王子)。
ちなみに前世の私の推しはアルベルトだった。
私に前世の記憶が甦ったのは10歳の時。
アルベルトと王宮の庭園で散歩をしていた時に、アルベルトを庇い、暗殺者が放った毒矢に背中を貫かれる重症を負い、3日間寝込んでいる間に思い出したのだ。
あれ、もしかして前世で大好きだった世界に転生しているかもと目覚めた後、絶望した。
ゲームのレティシア・ノクタールは悪役令嬢である。アルベルトの婚約者候補の1人だったが、アルベルトを庇って出来た傷で、婚約者となる。レティシアはある意味立派なご令嬢で、王太子教育をサボりがちなアルベルトに、婚約者候補の中で一番口うるさかったし、我が儘という悪評もあった。アルベルトはそんなレティシアを煩わしく思っていたのに、レティシアは婚約者になってからはより一層口うるさくなり、アルベルトはレティシアを疎ましく思い、心を通わせることはなかった。
アルベルトは優秀な兄のスペアとして兄と同じように施される教育と、事ある毎に兄と比べられることが嫌だった。アルベルトルートでは、第二王子の仮面を被りつつ、優秀であり続けなければいけない重責に疲れている時に、ヒロインと出会い、ヒロインの優しさに心を癒され、恋に落ちるのだ。
レティシアは、婚約者を蔑ろにするアルベルトと、アルベルトに近寄るヒロインが許せなくて、最初はヒロインに正論で立ちはだかる。
だが、アルベルトとヒロインが親密になるにつれ、レティシアは次第にヒロインを虐めるようになる。そしてハッピーエンドでもバットエンドでも悪事が明るみになり、処刑される。
他の攻略対象のルートでも悪役令嬢として登場し、国外追放されたり、斬殺されたり、娼館に売られたりと、とにかく悲惨な最期を迎える。
前世の記憶が甦ってからは、ライトノベルで読んだ転生悪役令嬢の先輩方と同様、フラグを折るべく奮闘するはずだった。
まず我が儘をやめる。そしてアルベルトに口うるさく注意をしない。
ところが記憶が甦るまでの10年間にレティシアとして築いた公爵令嬢の矜持が邪魔をした。
ゲームでは我が儘として描写されていた行動は、実は領民や使用人の生活を想っての行動だった。お茶会の度にドレスや宝石や茶器を新調するなんてとんだ浪費家だと思っていたが、領民に富を還元するための行動だったし(ノクタール公爵家は他国との貿易が盛んで、王家も一目置くほど裕福なのだ)、使用人には我が儘言い放題で、とんだお嬢様だなと思っていたが、ちょっと可愛い我が儘レベルだし、使用人がたくさん働くことで破格の給金を与えるための行動だったのだ。
それに気づいた時、10歳にして貴族の役割をしっかり理解しているなんて立派だなと自分のことなのに関心してしまった。なので、もう我が儘は言わないとかできなかったし、王子の婚約者として、アルベルトがサボりたがるのを咎めることをやめることもできなかったのだ。
そして今日、ゲームと同じ舞台の生活が始まる。
ゲームのヒロインは、元平民だが、ワーグナー伯爵と侍女の間に出来た子供だと判明し、流行り病で跡継ぎを亡くした伯爵家にゲーム開始1年前に引き取られ、フランドル王立学園に入学してくる。
貴族令嬢であるものの、貴族社会のルールを無視した天真爛漫な態度と明るく優しい性格で、攻略対象たちの心の傷を埋めて虜にする。
見た目もピンク色のふわふわしたセミロングの髪に、翡翠色の大きな瞳、小柄な体型と非常に可愛らしい。
金色の毛先がカールしたロングヘアに、大きいけどつり上がった赤い瞳で、自分で言うのも何だが美人ではあるけど、キツイ印象を与える私とは大違いだ。ちなみに私は長身なので威圧感が半端ない。
ヒロインとは関わりたくない。でもヒロインがゲームと同じ非常識な行動をしたら、公爵家の令嬢として見過ごせない。逃げたい気持ちとは裏腹に、公爵令嬢として培ってきたものが先に口から出て来てしまうのだ。
フウっと思わずため息をついてしまったところで、声を掛けられた。
「シア、探したよ。入学式の会場までエスコートさせて。」
振り返ると、青みがかった黒髪に、金色の瞳の美しい顔をした私の婚約者様が立っていた。
「アル様、ありがとうございます。」
こんな展開ゲームにあったかしらと思いながらも、嬉しくてアル様の手を取る。なんせ、前世の推しだ。しかも前世の記憶が甦る前から、レティシア自身もアル様のことが好きだった。好きだからこそ自分が嫌われても、アル様のサボり癖を正そうとしていた。そんなアル様に、手を引かれ、思わず嬉しくて顔が綻ぶ。
「シア、そんな顔、私の前以外ではあまりして欲しくないな。」
アル様は私の顔が他の人から見えないように、急に抱きしめてきた。
「ア、アル様!人前ではしたないですわ!すぐにお辞め下さいませ!」
貴族令嬢としてありえないくらい、みるみる顔が赤くなる。
本当は嬉しいのに、恥ずかしさと倫理観が勝ってついキッと睨みながら突き放してしまった。
「残念~。」
アル様はちょっとだけ意地悪な顔で笑う。
実はここ数年、アル様の態度がおかしい。
ゲームのレティシアとアルベルトの関係は冷えきっていたので、お互いに愛称で呼び会うことはなかった。会話も必要最低限で、お茶会や夜会に一緒に参加する際、最初のエスコートの時に会話をするくらいだったはずだ。
もちろん学園の入学式などエスコートが必要ない場所で、エスコートしてくれるなんて考えられない。
でも現実は、こうやってエスコートが不要な場所でも時折エスコートをしてくれるし、さっきみたいに甘い言葉を掛けてきたりする。
私はゲームのレティシアと同じように、アル様が嫌がるような態度を取っていたはずなのに不思議だ。
ただ、前世も含めて恋愛経験がほぼないので、純粋な好意なのか、面白がられているかわからないのが厄介だ。私が意地っ張りな態度を取る度に、意地悪な顔で笑うのだ。
「シア、もう行くよ。」
アル様が思わず慌てていた私の手を取ろうとしたところで、「キャッ」とアル様の後ろから声がした。
覗き込むと、ピンク色の髪の可愛らしい少女が膝をついていた。
ああ、やっぱり始まってしまったのね。
私は虚ろな目で目の前の光景を見つめた。




