表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

四章 1

「今なにしてるの?」


「小説書いてた」



 スマートフォン越しに高橋羽月へ答える。



「この状況で?」


「まぁね」


「これから戦うっていうのに余裕だねー」


「そうだね。自分でも不思議」



 秋の日暮れはつるべ落とし。


 窓から見える空は、夕焼けすらなくなっていた。


 マスコミか自衛隊のヘリコプターが飛んでいる音がする。



「怖くないの?」


「うーん。実感はない」


「ガユガインは鎧とかなくなってたよね?」


「あー、そうだね」



 羽月に言われて、窓辺で外を眺めるガユガインを見た。


 白い素体だけの貧相なロボットである。



「ちゃんと戦えるの?」


「マズイかも」


「もう、しっかりしなって! 一歩間違えば死んじゃうかもしれないんだよ?」


「うん」



 兎姫乃は、言われてから鎧を書くことしか考えていなかった。


 どこかで調達するなんて発想は持ち合わせていない。


 八百万の御代筆で柿を書いたことで、文章で創造することを知ってしまったからだ。



「せっかくできた友達がいなくなるなんて嫌だからね」


「ありがとう」



 羽月の照れもしないまっすぐな言葉へ素直に感謝する。


 父親から決別した今、心配してくれる友人こそが心の支えだったのだ。



「また、話せるよね?」



 いくら話をしたところで羽月から不安が消えることはなかった。


 後から後から気の重くなるような波が押し寄せてきて、どうにもならなくなる。



「話せるよ」


「できることなら、戦わないで今すぐ逃げて欲しい」



 受け入れられない要望だった。


 人間は、恐怖や不安から逃げるようにできている。野生動物と同じ本能だ。


 兎姫乃だって恐怖や不安がないわけではなかった。


 合理性では説明できない理性が、逃げることを否定しているのだ。


 羽月の言葉に父親の面影が重なる。


 大事な存在を危険に晒したくないという老婆心だ。



「私はやるって決めたから」


「そっか」



 諦めの溜め息が聞こえた。



「そういえば、私もモデルをやるって決めたとき、母さんの言葉を聞かなかった」


「ああ、それに近いかも」


「なら、私に兎姫乃を止める資格はないや」



 初めて親以外に呼び捨てにされたような気がした。


 むずがゆくて心地よい。



「私も羽月と知り合えてよかった」


「お、言ったな? まだ遊んだこともないのに私のことを知った気になるなよ?」


「言われてみればそうだね」


「負けるな兎姫乃。今度は、私から送るよ」



 無償の応援。


 意趣返しに胸が熱くなった。



「うん」


「またね」


「また」



 通話が終わる。


 部屋に静けさだけがあった。


 窓の外には暗闇がはびこっている。


 東京に戦いの時が迫っていた。



「小説はもういいのか?」


「うん。完成した。でも、読んでもらう時間はないかな?」


「ああ、残念ながら、もう夜になってしまった」



 兎姫乃は、静かな緊張で胃がざわついているのに気付く。


 羽月の前で強がってみたものの、怖いものは怖かった。


 深呼吸をしてから気合いを入れてガユガインに尋ねる。



「イザナミとの戦い方を教えて」


「うむ。イザナミは、八くさの雷神(いかづちかみ)に取り憑かれている」


「それが悪鬼ね。八匹倒せば良いと?」



 兎姫乃の確認に、ガユガインはすぐに反応しなかった。



「……おそらく」


「なんで自信なさげなの?」



 ガユガインは、言霊主が蛆について述べていたのを思い出したのである。



「いや、蛆もそうだ」


「蛆って、イザナミの顔にくっついてるって書いてあった幼虫?」


「そうだ。古事記の記述が、どこまでが悪意なのかわからないが、雷神は確実だと思う」


「なるほど、蛆もそうかもしれないってことね。全部浄化してやればいいんでしょ?」


「そうだな」



 ガユガインは、決戦に前向きな兎姫乃を頼もしく思う。


 以前のようなだだっこにならなくて良かったと安堵した。



「八くさの雷神について説明する。大雷(おおいかづち)という雷神の親玉みたいなものを中心に鳴雷(なるいかづち)伏雷(ふしいかづち)という音の大きなものと急に飛び出してくるもの。若雷(わきいかづち)という癒やしを担当するもの。()(いかづち)柝雷(さくいかづち)土雷(つちいかづち)は攻撃を担当する。それぞれが焼き尽くしたり、たたき割ったり、隕石を降らせたりするんだ。そして、もっとも謎に包まれた黒雷(くろいかづち)。こいつはなにをしてくるのかさっぱりわからない」



 ガユガインの話を聞きながら、兎姫乃は指を折って雷神の数を数える。


 確かに八くさいたのだ。



「それで、雷神の弱点はなに? なにを描写すれば浄化できるの?」


「不明だ」


「は?」


「古事記には、彼らがなにかに弱いという記述はない」


「そっかー。弱点わからないのかー。弱ったなー」



 今まで、書くべきことが示されていたからこそ勝てていた節があった。


 それがわからないとなると、無謀な挑戦のように思える。



「もし鎧が残ってたら、どう戦うつもりだったの?」


「鎧が尽きるまで戦うつもりだった。相手の弱点は、戦いの中で見つければいいんだ」



 兎姫乃が思ったとおり、自棄になったような作戦だった。



「でも、今回は鎧なんてないから、弱点を見つける余裕もないんじゃない?」


「う、それは」



 兎姫乃の指摘にガユガインが固まる。



「私は、勝ち目のない戦いなんてしないからね?」


「しかし、私の罪はもうあれしか残っていない。それに、新しく鎧を用意することも」



 ガユガインが肩を落とすのを待ってから、兎姫乃は言い切った。落ち込む姿を見ることが楽しくてしかたないのだ。



「できる」


「なに?」


「できるから、八百万の御代筆を私に貸して」


「まさか」


「そのまさか。はい、貸して」



 兎姫乃は万年筆を提出するように手を突き出した。


 ガユガインが、訝しみながら渡す。


 光沢を持った黒塗りの柄と金色のペン先。


 ずっしりとした重量感がありながら、筆先は軽快である。



「これって、ここでも空中に書けるの?」


「ああ」


「それから、やっぱり炎のイメージがよかったりする?」


「そ、そうだな。私はカグツチから生まれたから、その方がいい」



 ガユガインは兎姫乃の思惑に驚かされた。


 八百万の御代筆の力で、鎧を作ろうとしているのだ。



「ちゃっちゃと書いちゃうね」



 兎姫乃は、ガユガインの中にいるとき同じように空中へ筆先を置く。


 頭の中から筆先へ、文字が流れていく感覚があった。



 『炎と金剛を掛け合わせた炎剛の鎧。


  雷にも隕石にも爆発にもびくともせず、傷一つつかない。


  頭と胴体と腕と脚を守る赤備え。


  肩と肘と膝を守る朝焼け。


  兜には黄昏の角飾り。


  体現せよ炎の神を。


  その名は、文弱猛士ガユガイン』



 兎姫乃の部屋に刻まれた黄金の文字は、書き終わると同時に一点へ凝集する。


 光点は電脳世界へ飛び去った。



「あれ?」


「捕まえてこよう!」



 兎姫乃が首を傾げている間に、ガユガインも電脳世界へ飛び込んだ。


 電脳の世界は、現世よりも時間の流れが速い。


 もたもたしていれば兎姫乃の決意も揺らいでしまいそうで、ガユガインは言い知れない焦りを覚えていた。


 光の点と線だけの世界で、すでに兎姫乃の作品は見えなくなっている。



「一体どこに?」


「待つのだ!」



 ガユガインが電脳世界に潜行しようとすると、言霊主の大音声が止める。



「言霊主? 今は兎姫乃の作品を探しているんだ! 後にしてくれ!」


「その作品なら私が食べた」


「なに!」



 電脳世界の深淵から言霊主の八つの頭が浮上し、ガユガインを取り囲んだ。珍しいことにすべての頭がガユガインを見ている。



「彼女の作ろうとする鎧は、現世では不可能だ。常世の素材がいる」


「それがなんだというんだ?」


「人間が常世の物質へ手を出したとすれば、常世の神々の怒りを買うのは明白だ」


「そ、それはそうだがっ!」



 兎姫乃に書いてもらった折角の文章を握りつぶされた。


 いくら兎姫乃を守るためとはいえ、納得できるものではなかったのだ。



「だから、私が代わりに作ることにする」


「な、それは本当か!」


「良い言霊だ。申し分ない」



 言霊主が赤いアギトを開いて炎をガユガインへ吐き出した。



「う」



 ガユガインはとっさに炎へ対して腕を盾にする。



「拒むな。焼き尽くされる恐怖に勝て」



 言霊主の別の頭から叱咤が飛んだ。



「うぅぅっ!」



 アンチバーチャル体でも消滅の恐怖はあった。炎にあぶられて腕の感覚がなくなる。


 現実へ戻ることもできず、イザナミと戦うこともできない未来がよぎるのだ。


 ふと、兎姫乃の顔が思い浮かぶ。


 鎧を書いているときの楽しそうな顔だ。



「まだ消えられんっ!」



 ガユガインは、腕を解いて身体を開く。


 炎に全身を委ねた。


 灼熱がボディを焦がす。


 イザナミの悲鳴で覚醒した意識が飛びそうになるほど、全身へ痛みが走った。



「うおおおおおおおおお!」



 意識を保つために吼える。


 吹き付ける炎は何層にも重なって、ガユガインの身体を固めていった。足を、腕を、胴を、顔を覆っていく。緋色の装甲が朝焼けに縁取られ、黄昏に飾りつけられた。装甲の隙間を夕闇が埋めていく。顔のみが白く取り残された。


 二度と壊れることのない炎剛の鎧が、ガユガインの御魂へ焼き入れられる。



「はぁ、はぁ、っ! 終わったのか?」


「ああ、完成だ」



 言霊主が答えた。



「名付けて、ファイヤーガユガ……」


「時間がないのだ。私は戻るぞ!」



 ガユガインは身体を縮め、跳ねるように電脳世界から急浮上する。



「う、うむ。行くのだ。イザナミを止め、東京を、日本を救え」



 言霊主の言葉が終わらぬうちに、ガユガインは現世へと飛び去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ