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三章 1

「昨夜、またしても東京の上空に怪物と巨大ロボットが現れました。このあと詳しく解説します」



 などと、本当のことはなにもわかっていないアナウンサーが、さも真実を知っているかのように語る。


 テレビを見ていた父が鼻を鳴らした。


 混乱の開けた朝。


 鈴木家は、なんとなしにいつもどおりの朝食を取っていた。友喜が作り、伸哉と兎姫乃が食事をしている。居心地は悪い。家族の距離が明らかに広がってしまったのだ。


 グラビアアイドルの高橋羽月を浄化した後、兎姫乃とガユガインはネットワークを経由して、兎姫乃のパソコンから帰宅した。


 兎姫乃は、そのまま家を出て両親を追いかけようとしたところで、帰ってきた二人と再会したのだ。母は泣きながら兎姫乃を抱きしめ、父は気が抜けたのかその場でへたりこんだ。


 家の中に入って事情を聞いた。二人は怪物とロボットが戦う中、自宅へ向けて強行軍をしたのである。生きた心地がしないと言っていた。


 一家はそのまま家で一夜を明かしたのである。



「車はどうするの?」


「しばらく動かせないだろうな。みんな乗り捨ててたから」



 兎姫乃は、朝食の味噌汁をすすりながら夜の交差点の光景をはっきりと思い出すことが出来た。


 前後に連なる車列は、一日掛けても解消できるものではなかったのだ。



「だから、朝ご飯を食べたらすぐにでも避難しようと思う」



 父の伸哉は、はっきりと兎姫乃に向けて言った。


 鈴木家は、とっさに逃げる足を失ったのだ。


 娘のわがままをもう受け入れられないという意味だった。



「わかった」



 応じるしかない。



「なら荷物をまとめなさい」


「どこへ逃げるの?」


「ひとまず甲府まで行こうと思う」


「甲府って、山梨県?」


「ああ。温泉もあるし、疲れも取れるだろう」



 伸哉の狙いはわかっていた。なによりもまず妻である友喜を安心させたいのだ。


 わがままな娘よりも嫁を大事にするところは、兎姫乃も好ましく思うところだった。それだけに、友喜の死ぬ物語を妄想していたことを余計に後ろめたく思う。


 兎姫乃には父の決意に言葉を返す資格がなかった。



「二日続けての戒厳令で日本の経済は麻痺しています。この状態を解決できない日本政府はお粗末と言わざるをえません」



 反権力の論客は、この期に及んで政権を的外れに批判する。



「日本の経済が滞った結果をこちらにまとめております」



 特大のフリップボードが出てきた。


 要所がシールで隠されている。もったいぶったニュースなど誰が求めているのかと、兎姫乃は疑問だった。結果と原因をすぐに知りたい。ぐだぐだと解説されるくらないならインターネットでニュースを漁った方が速いのだ。



「ごちそうさまでした」


「珍しい。食べきったね」



 友喜に言われて気付いた。空っぽになった茶碗を見つめて分析する。戒厳令でおかしくなっているのは、経済ではない。人間なのだ。ストレスによるやけ食いと戒厳令をそのように結びつけた。



「荷物をまとめるね」



 兎姫乃はそう言って、部屋へ戻る。



「東京を離れる気か?」



 部屋に入ると、ガユガインが開口一番にそう言った。



「父さんが決めたから」


「君の友人達を守らなくていいのか?」


「守るための友人になったわけじゃない。家庭の都合なんだから仕方ないでしょ」



 兎姫乃は口論しながらパソコンの電源を入れた。荷物をまとめる間にインターネットで気になるニュースを調べたかったのだ。


 オペレーションシステムが立ち上がる間に、クローゼットから大きめのリュックサックを引っ張り出す。


 持っていく物は軽くしたかったので、ノートパソコンとスマートフォン、それから着替えだけにしようと決めていた。



「スマートフォンを見ろ。彼女たちから連絡が来ている」


「え?」



 意識が荷造りへ行っていたため、スマートフォンを気にする余裕はなかった。


 通知役となったガユガインが鬱陶しく感じるものの、確認しないわけにはいかない。



『高橋羽月の炎上が落ち着いたみたい』


『小説読んだよ! ラビットプリンセス!』



 田中沙弥佳と高橋羽月からである。羽月には、その晩に眠れないとメッセージをもらったことで小説のあるサイトを教えてしまったのだ。


 怪物がいつ現れるかもわからないのに、呑気なことだと思う。


 悪い気はせず、胸が温かくなるのがわかった。物心ついたときから友人などなく、こういう感情を持つことは初めてだった。緊急事態にも関わらず、軽口をやり取りできる存在というのは気が楽になるのだ。



『落ち着いて良かった』


『読んでくれてありがとう。ペンネームは恥ずかしいから呼ばないで』



 それぞれに手早くメッセージを返信して、着替えをリュックへ詰め込んだ。



「彼らを見捨てる気か?」



 ガユガインがしつこく本心を聞いてきた。


 兎姫乃に、せっかくできた友人を見捨てる気はない。


 とはいえ、伸哉や友喜に心配を掛けたくないのだ。不安だらけの家から離れたいのである。兎姫乃にも親孝行の気持ちはある。母に対しては罪悪感もあった。いい加減に両親の言うことを聞いて安心させてやりたかったのだ。


 その思いと友人を天秤に掛けたくないし、掛けさせようとするガユガインは疎ましかった。



「もう黙って」


「だが、もしまたアンチバーチャル体かアンチリアル体が来たらっ……!」


「そのときはあんたが戦えば良いでしょ。私が戦わないといけないわけじゃない」



 本心であり、本心ではなかった。


 兎姫乃の苦しそうな顔を見て、ガユガインはそれ以上の追求を躊躇う。



「そうだ。その通りだ。兎姫乃が戦わなければならないという法律はない。だがしかし、君だけがハッピーエンドを作れるんだ」


「知らない! もっと他にも小説書いている人はいるでしょ! そっちに行ってよ!」


「兎姫乃? 誰かいるの?」



 部屋の外に異変へ気付いた友喜が来ていた。



「私は導きに従って君を見つけた。君の書く物語を好きだと言っていた神の導きで」



 ガユガインはそれだけ言うと兎姫乃の部屋の窓辺へ飛び乗り、窓をすり抜けて外へと逃げた。



「兎姫乃?」



 友喜がノックをしてから扉を開ける。


 リュックサックを見つめたまま顔を歪める兎姫乃がいた。



「ねぇ、大丈夫?」



 兎姫乃の肩へ友喜の手が置かれた。


 高校生になってからほとんど触れあうことがなくなったのに、母の手は忘れがたい者だと実感する。力の加減や暖かさが幼い頃の思い出とぴったり符合するのだ。あるのが当たり前の温もりを失うのは恐ろしかった。その恐ろしさとすでに向き合っている羽月へ尊敬の念を覚える。耐えがたく辛い胸中を少しだけ理解できた気がしたのだ。



「うん、すぐに準備する」


「お父さんが、お昼前には出たいって」


「わかった」



 兎姫乃は母を安心させると、部屋から遠ざける。


 着替えを詰め込んでからノートパソコンでブラウザを起動し、インターネットのニュースを確認した。それを終えたら、パソコンをリュックへ入れて準備が終わるのだ。


 ニュースサイトでは、怪物と謎のロボットについてセンセーショナルに取り上げられていた。それは新聞の切り抜きみたいなもので本質へ突っ込んだものではない。


 兎姫乃はイヤホンを取り出してパソコンのジャックへ差し込むと、動画サイトへ移動して地上波とは違う切り口でニュースを解説する動画を探した。


 アナリティクスが活発だと急上昇と呼ばれる一覧に載る。


 兎姫乃が見たかったニュースの動画は、その一覧で一位に輝いていた。


 動画を開くと、威勢の良い言葉が耳へ飛び込んでくる。



「どうして戒厳令なんてしてるんだ! 今すぐ避難させないとダメだ!」



 感情が爆発していた。都民の心を代弁しているような絶叫である。


 コメンテーターが、怒りを露わにして都や政府の対応を批判していた。



「だから、私は前々から首都機能の一部を大阪へ移せと言ってきたんだ! もしものことがあったら、日本の経済どころか日本自体が終わりかねない! ロボットと怪物! この二つの脅威が、もしかしたら片方は日本のために戦っているのかもしれないけど、日本政府のコントロールできない状態だから、私はあえて脅威と言いますけど、この二つの脅威が、今日のいつ現れるかもわからない状態で、都民を戒厳令で縛り付けておくのはおかしいでしょう! そう思いませんか!」


「おっしゃる通りですね。怪物とロボットが戦うというのは日本では馴染みのあることとはいえ、現実に起きたらたまったものじゃないですよ。我々も戒厳令の中、東京で収録をしていますが、今すぐにでも逃げられるようにしております」



 荒ぶるコメンテーターとは対照的に、穏やかな口調で司会の男性がささやかなウケを狙う。



「新聞やテレビじゃ、国が何をしていたかわからないと思うから、自衛隊の話をしますけど、怪物が初めて現れた一昨日、自衛隊はなにもできなかった。戦闘機の発進準備はしたけど、都内に多くの国民がいるから機銃で撃つこともミサイルで攻撃することもなく、指をくわえて見ていました。そうしたら謎のロボットが現れて国民を助けてくれた。情けない! 国民が、非常時にその場へ留まるから脅威を無力化することもできないんです。これを受けて、まともな政府なら都民を避難させますよ。でも戒厳令でしょ? 翌日の夜にまた怪物が現れて、やっぱり自衛隊は国民を助けるためになにもできなかったんだ! 政府は国民を守る気があるのか! 国民は賢いから、昨日の夜は戒厳令なんて無視して自主避難しました。そのせいで交通事故が多発するし、車を捨てて逃げるから家族がバラバラになるという悲惨な状況も生まれました。これは明らかに政府の責任です。非常事態を想定して法律を作っていないし、首都機能を分散させてない。避難訓練もしてないから、国民だってパニックになる。事前の準備ができてないから今さら言うことは卑怯なので、私は一昨日の夜に首相官邸へメールで建設的な提案をしました。政府は、今すぐに自衛隊の力を借りて、政府の責任で都民を避難させるべきです。経済は諦めましょうと」


「そうなんですか」


「総理大臣まで届いたか不明ですが、今日から自衛隊の指揮で都民を避難させることになりました。この動画を見ている都民の方は、避難の準備を進めておいてください」


「避難が完了したら、東京はどうなるんでしょうか?」


「それはわかりません。戦闘機が発進して焼け野原になるのか、二つの脅威が出なくなるまで廃墟になるのか。どちらにせよ、戦後になって初めての重い決断を総理大臣がするということになるでしょう」


「本日は緊急特番と題しまして、戒厳令の中にも関わらず貴重な解説をして頂きました。ありがとうございました」


「ありがとうございました」



 晴れやかでない顔のコメンテーターが頭を下げて動画の画面が止まる。


 取り上げたのは怪物と謎ロボのニュース一つだけという珍しい構成だった。

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