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二章 8

「羽月さんは」


「羽月でいいよ」


「羽月は、泣いていいと思う。その親不孝をもっと反省した方が良い」



 兎姫乃は、真の親不孝であることを自覚した。なにせ物語になりそうというだけで、通り魔に殺させたり、怪物に踏み潰させたりしたのだ。地獄に落ちるべきだと思った。



「ひどいよ」



 羽月は、できたばかりの友人に薄ら笑いをぺしゃんこに潰された。完膚なきまでに裁かれたのだ。思い返しても、誰も羽月を悪いとは言わなかったのである。ようやく自分で自分を責める苦しみから解放されたのであった。


 狂った笑顔は崩れ去り、つかえていた涙腺から正しい涙が流れ出た。羽月の罪穢れを押し流し、心の底に新たな泉を作ったのである。



「私の方がもっと親不孝だから」



 兎姫乃は、涙を抑えようと顔を覆った羽月の頭を胸に抱いた。相手の座高が高くて少し腰を浮かせる。



「なにそれ」



 鼻をすすりながら、羽月は吹き出した。


 支え合う二人を見て、ガユガインは頷く。


 浄化が完了したのだ。


 兎姫乃が、相手の情報を事前に知ることを拒否したため、このような形になってしまったのである。今後は、兎姫乃に相手のことを調べることへ理解を得なければならないと反省点を見つけた。



「落ち着いたら戻ろう。兎姫乃のご両親も心配している」


「あ、ごめんね。もう大丈夫だから」



 ガユガインが促すと、涙を流しきった羽月が兎姫乃から離れた。


 兎姫乃は、まだまだ抱きしめてあげたかったと思い、ガユガインを睨む。



「友人になったところでさっそくだが、兎姫乃の小説を読んでやって欲しい」



 睨まれたガユガインは、兎姫乃の怒りをそらすために羽月へ申し出た。



「え、いいけど?」


「ちょ、なに勝手に頼んでるの!」


「別にいいよ。読んでみたいし」


「え、いや、待って。心の準備が」


「あ、そうだ。さっき書いてくれた文章も欲しい」


「え?」



 ガユガインの撹乱作戦は成功し、兎姫乃は怒ることよりも羽月の要望する文章を思い出すのに四苦八苦する。



「えっと、とっさに書いたことだから、ちょっと正確に思い出せないんだけど」


「それなら私が出力できるぞ」



 ガユガインは恩着せがましく八百万の御代筆を掲げて見せ、再び兎姫乃に睨まれた。



「じゃあこの色紙に書いて」



 羽月は立ち上がり、部屋の隅にある勉強机の引き出しから正方形の色紙を取り出してガユガインの前に置いた。



「うむ」



 ガユガインは、御代筆を両手で構えて色紙の上に乗る。


 年末に大きな筆で一筆したためるような光景であった。


 ガユガインは、御代筆を操って兎姫乃の書いた文章を清書していく。


 兎姫乃の字よりも上手くて、無性に腹が立った。



「完成だ」


「これこれ! これを読んだんだぁ」



 何年も前に読んだ物語を懐かしむように羽月が色紙を取って眺める。


 自分の書いた文章を目の前で味わわれるのは初めてで、妙にこそばゆかった。



「こうして見ると、けっこうすごいこと書いてあるよね」


「そ、そうだね」


「私の裸見たいの?」


「勢いで書いたことだから」


「今度、一緒にお風呂入ろうか」


「それって、友達でもする?」


「するんじゃない? よく知らないけど」



 友達がいなかった者同士、勘違いしているかもしれないことに自然と笑みがこぼれた。


 あまりにもぎこちない人付き合いが、なぜか面白かったのだ。



「これ一生の宝にするから、兎姫乃のサインもちょうだい」


「え、サイン?」



 そんなものを求められたのは初めてだった。



「はい、ペン」


「えっと、普通に書くけど」


「それでいいよ」



 ガユガインの美文字の隣へ字を書くことに屈辱を感じつつ、兎姫乃は自分の名前を書き込んだ。



「ありがとう!」



 スター選手のサインでももらったかのような嬉々とした顔で色紙を抱きしめる。


 兎姫乃は、書いたものが受け入れられる度に胸が熱くなった。もっと良いものを書こうと思ったのだ。



「それでは、我々は帰るとする」


「ええ、ガユガインもありがとう」


「当然のことだ。できれば、我々の活動は秘密にして欲しい」


「まかせて!」



 羽月は親指を立てて力強く頷いた。



「兎姫乃、では帰ろう」


「はいはい」



 兎姫乃が立ち上がると、ガユガインは兎姫乃の手を取るように飛びかかる。


 兎姫乃はポリゴン化し、小さくなってガユガインとともに空気へにじむように消えた。


 羽月は、二人が消えたことで力が抜けてベッドへ倒れ込む。


 今まで大嫌いだった一人きりの部屋に寂しさが漂う。誰かがいた気配。誰かにいて欲しい。そんなことを久しく感じたことがなかったのだ。一人でもやれると強がっていたのである。その強がりは、最悪の形で悪い方向へ転がり、運良く助けられた。


 羽月は、この出会いは大事にしようと誓う。


 もらった色紙を枕元に飾り、部屋の明かりを消した。


 怪物が現れたことで賑やかになった東京の夜に、微笑みを浮かべながら布団に潜り込める唯一の人間であると、優越感にひたりながら眠りについたのであった。

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