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9.宴のはじまり

よろしくお願いします。

 エルフの人々が物珍しい船を眺めているが、商会の許可を得て桟橋を中心に海上自衛隊の隊員たちが八名ほどずらりと並び、物々しい警備状況となっていた。

 彼らは一様に八九式小銃を装備し、緊張した面持ちで立っている。

 それも当然だろう。相手はエルフで、銃は持っていなくても魔法という未知の攻撃が飛んでくる可能性があるのだから。


 そんな中、一人だけ海上保安官がいた。

 酒田だ。

「やー、大変だったんスよ。急に知らない海に出て、気付いたら目の前でエルフの船と海賊船がドンパチッスからね。もーびっくり」

 へらへらと笑う酒田は、遠目に見ているだけの自衛官たちを尻目に、エルフたちへ親しげに話しかけていた。


「噂じゃ、お前たちが撃退したのは“あの”スパンカー海賊団だったって噂だが……」

「いやぁ、オレたちそのへんあんまり詳しくなくて」

 軽く返答しつつ、酒田の頭の中ではスパンカー海賊団の知名度の高さと、エルフたちが想像よりも早い段階で話しかけてきたことに少しの驚きがあった。

 海上自衛隊の面々が遠巻きにしているのは、船越艦長からの指示があるからだろうが、酒田は違う。


 御前崎は、エルフの調査をするようにと命じたのだから、それなら接触して直接話すのが手っ取り早いというのが酒田の考え方だった。

 下心もある。

「魔法ってやつもさ、ほんとびっくりしたんスよ。初めて見たし」

「そうなのか? すごい船に乗っているわりには、魔法を見たことがないなんてな」


 色々事情があってね、と返す酒田が探っているのは、主に魔法のことだった。

 どうやら異世界に転移したらしき折角のチャンス。ここで魔法を習得できれば最高ではないかという思考で頭がいっぱいになっている。

「今は上司がここの偉い人と話をしているはずッスけど、多分しばらく御厄介になると思うんで、よろしく」


 ためしに右手を出してみたら、エルフの男性はがっちりと手首を掴んできた。どうやらこれが挨拶らしい。

「おっ、こういう挨拶方法なんスね。こっちはこんな感じなんス」

 異文化交流も仕事のうち、と地球方式の握手で返すと、エルフ男性の挙動が少しおかしくなる。


「む、そ、そうなのか……まあ、悪い気はしない、かな……」

 頬を染めた髭面のエルフというキツめのビジュアルを前にして、やらかしたかとも思ったが、酒田はそれでも押す。

「船に乗っていたエルフの人たちとは仲良くなれたんスけど、陸の人たちもよろしくお願いします」


「それは、まあ……だが、他の連中はどうしたんだ?」

 視線は、酒田の肩越しに自衛官たちを見ている。

 フレンドリーな酒田に比べて、まじめな顔で警備に当たっている彼らをどのように見ているのかはわからないが、その視線には怯えも見えた。

「あの人たちはオレたちとは別のボスに従ってるんスよ。でも、心配は不要ッス」


 酒田はコロコロと笑いながら、後ろにいる“仲間たち”を親指で指した。

「みんな、オレとおんなじで海賊退治が仕事ッスから」

「海賊……退治……?」

 エルフの男性はそんなことが可能なのかと言いかけたが、酒田からがっちりと肩を組まれてしまうと、言葉が出なかった。


「実際に退治してきたんスから、安心、安心! ほら、あのでかい船に何本も突き出た砲があるっしょ? あれでどんどん敵を沈めてみせるッスよ!」

「しかし……」

「あー、そんな弱気じゃだめッスよ。敵は外部の協力で撃退できても、平和の維持は現地の人たちのモチベーション次第ッスからね! こういうのは気合を入れて乗り切るんスよ!」


 気合とは何かと戸惑うエルフの! 男性に、酒田は「声を出していこう!」と伝える。

「“言葉は力”ッスよ! さあ一緒に! 『海賊なんて怖くない!』、ほら、声を出して!」

「か、海賊なんて怖くない!?」

「そうそう、いい感じッス。ほかの人も一緒に、ほら!」

 声を上げ始めた酒田とエルフ。それは次第に周りで見物していたエルフたちにも伝播した。


「そうだ! 海賊なんざ怖か無ぇ!」

「我ら森の民! エルフの誇りを見せてやる!」

 海賊たちに対して鬱憤がたまっていたのだろう。そこに明確な“被害”に関する情報が入ってきたことで、酒田の言葉に過敏に反応したのかも知れない。

「まずは、俺たちの恩人を歓迎しようぜ!」


 誰かがそんな言葉を放つと、エルフたちは互いに顔を見合わせる。

「……どうしたんスか?」

「いや……一つ聞きたいんだが、君たちは帝国と関係があるのか?」

「帝国?」

 それが何を意味するのかさっぱり分からない酒田が首をかしげると、エルフは少し安心したらしく嘆息する。


「関係ないのか」

「オレたちは日本から来たんスけど、こっちの事情はよくわらかないんスよ」

「そうか。なら、俺はお前を歓迎するし、他の連中も同じだろう。……今夜は、帰ってこなかった連中を弔う宴がある。ぜひ顔を出してくれないか」

「もちろん。ありがとう!」


 再び握手を交わした酒田は簡単に了承したが、このような交流は当然上からの許可を取らねばならない。

 しかし、酒田は『現地交流も仕事でしょ』程度の気楽さでOKした

 よく言えば柔軟。悪く言えば適当な性格は、多少なり同僚で先輩である神栖の影響があるかも知れない。


「みんな、いいよな!」

 盛り上がり始めた熱気は港のエルフたちに伝播し、幾人かは遠巻きに見ていた自衛官たちの手を引いて輪に加わるように促す。

 断るべきか否かもわからない状況で、一人の自衛官が一歩進み出た。

 というより、躍り出た。


「海上自衛隊を代表して、この私こと大湊敬助も参加させていただこう! ……ん? ケイスケ・オーミナトと名乗るべきかな?」

 性が前か名が前かと呟きつつも、顔面全部が笑っているかのようなスマイルを振りまきながら、手を振る大湊。

「居たんスか。船越艦長の護衛じゃなかったんスか?」


「聞きたいかね? 酒田くん」

 ふふん、と鼻を鳴らした大湊は、懐から取り出した櫛で髪を撫でつけた。

コームを艦に忘れたから取りに戻ったら、艦長に置いてけぼりにされたのさ!」

「流石ッスね!」

 胸を張る大湊に適当過ぎる返事をして、酒田はくるりと振り返った。


「こういう愉快で残念な人もいるんで、あんま緊張しなくて大丈夫ッスよ」

「そのようだ」

 深く理解したように頷いたエルフの男性は、早速宴の用意をしようと言い、酒田の手を引いて仲間たちの下へと連れ込む。

「私たちも、交流を深めようではないか! 記念すべき……そう、記念すべき日だぞ。今日は日本人とエルフが初めて酒を酌み交わした日になる!」


 海上自衛隊は日本海軍の流れだが、艦内での飲酒に寛容だったイギリス流から変わり、現在は禁酒を徹底するアメリカ流になっている。

 酒が飲めるのは、上陸したときだけなのだ。

「危険を覚悟で先遣隊に参加した我々の特権だ。それに、ここでエルフたちと仲良くなっておけば、他のみんなも半舷上陸して酒と名物を味わえるぞ」


 それに、と大湊は声のトーンを落とす。

「夕闇が迫っているが、まだ見えるだろう? 男性も美形だが、エルフの女性はこんなにも美しい。お近づきになれるなら最高ではないか?」

 唸り声をあげた海上自衛官のうち、全く酒に興味がない数名を除いた多くが大湊の口車にのせられ、酒田を追いかけた。


「日本人というのは……」

「アレは参考にしちゃ駄目ッスよ」

 色んな意味で特別な人だからと言って、酒田はエルフたちに日本についてどう話すべきか頭を抱えた。

 大湊は参考にならないが、他に適当なサンプルになる人物が思い浮かばなかったからだ。


    ☆


「宴が始まったようですね」

「何をやっているんだか……」

 桟橋を見下ろすような場所に、小高い丘がある。

 クリュー曰く『思い出の森』とか『鎮魂の森』などと呼ばれるその丘から見える騒ぎに神栖は嘆息し、クリューは楽しそうで良かったと笑っていた。


 御前崎や船越がバリヤードと会談している間、クリューの頼みでこの場所へと連れてこられた。

 もちろん船長の許可を得てのことであり、船越の護衛として随行していた平瀬に後を頼んでいる。彼女も手練れの自衛官であり、男性だったらレンジャー課程を問題無くクリアできただろう腕前だ。


「あまり護衛が多くてもバリヤード氏を緊張させてしまう。お前は現地交流も兼ねたデートにでも行ってこい」

 などと御前崎が言ったものだからバリヤードは心配そうな顔をしたが、クリューの頼みでは彼も口出しができないらしい。

 あっさりと許可は下り、夜が近づいている丘の上で二人、港を見下ろしていた。


「ここは、私たちエルフに残された数少ない森なんです」

 振り返った神栖の目に飛び込んできたのは、一足先に夜が訪れたかのような闇を張らんだ木々の群れだった。

 葉を見ると広葉樹のようだが、どれもまっすぐに天へ向かって伸びている。

 若木もいくつかあるが、奥へ行けば行くほど、立派な大樹が目立つ。


「無事に15歳まで育ったエルフは、ここに自分の樹を植えるんです。育成は自然任せですけれど、時々どうなっているか見に来たりして……」

 森の近くにある一本の樹に触れたクリューの姿は、今にも消えてしまいそうなほどに儚い。

「この樹は、あの船に乗っていた人のものです。あの樹も。あれも……」


 誰もがクリューを守ろうとして、海賊たちの凶刃に倒れた。

「本当なら、遺体を根元に、埋めて……」

「そうだったのか……」

 この森はエルフたちの生きる証であると同時に、墓地でもあるのだ。森に生き、森で死ぬ。生きている間も死んでからも、エルフは“森の民”なのか。


「私と一緒に海に出てくれた人たちです。覚悟はしているって言ってはくれたんですけれど、それにしても、こんなのって……」

 海での戦いは遺体が残らないことも多い。

 戦闘でなくとも、航海中に病死したりすれば病気の蔓延を防ぐために水葬にすることは珍しくない。


 しかし、それはエルフの文化には無いものだったのだ。

「森へ帰してあげたかった」

 神栖は涙声のクリューに声をかけることができなかった。

 文化の違いがある。迂闊に声をかけると失礼になってしまうことがあるので、こういう場合は慎重にならざるを得ない。


 だから、クリューの近くに立つだけにした。

「神栖さん……エルフは、海に出たらだめなんでしょうか」

「そんな法律はないんだろう? 海は自由じゃなくちゃいけない。もちろん決まりごとはあるし、他人に迷惑をかけるのは自由とはいわない。でも」

 海を指差す。


 穏やかで、広い。

 水平線は長くどこまでも続いている。

「この広い海。俺たちの故郷よりもずっと広いんだろうな。こんなに広い海を、決まった誰かのものだなんて変だと思わないか?」

 涙を拭ったクリューが見上げたが、訪れた夜の闇に神栖の表情は隠されていた。


「海に出るんだ、クリュー。諦めちゃいけない」

「でも……」

「俺たちは海上保安庁。海の流通を守るため、海賊を撃退するために存在する組織なんだ。どうしてこの世界に来たのかはわからないが……」

 やるべきことは、変わらない。


「見つけたぞ」

 不意に声をかけられ、神栖は素早く腰の銃に手を当ててクリューを庇う様に動く。

「あんた、沖にある船に乗ってたんだろう?」

 話しかけてきたのは、やややつれたような相貌の男性エルフだった。

 見た目はバリヤードよりやや年上に見えるが、神栖には判別がつかない。


「ワシは、クリューさんと一緒に船に乗っていたバウスという男の父親だ……」

 名を聞いても神栖にはわからなかったが、クリューは両手で口を覆って震えていた。聞き覚えがあるのだろう。

 そして、反応から神栖にもわかった。

 バウスという人物が、帰還できなかった者たちに含まれていることを。

ありがとうございました。

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