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8.エルフの港町

よろしくお願いします。

※12時に前話を公開しております。ご注意ください。

「わたしたちの国、クォンセット王国には多くの町や村がありますが、船着き場があるのは、あそこに見えるロックヴィルだけです」

 高速GBの揺れに最初は動揺していたクリューだが、すぐに慣れたようで、オールを漕がなくていいボートの存在に目を輝かせながら神栖や御前崎に説明をしていた。

「あまり海で漁をしたりはしないんだね?」


 御前崎は首をかしげたが、そういうわけでもないようで、海沿いの集落では桟橋を使わずに浜へと直接ボートを引き上げているらしい。

「生では食べませんけれど……」

 と一言挟む。

「大異変で海が広がって森が減ってしまいましたから、それ以来エルフも魚を多く食べるようになったと聞きました」


 それまでは動物や果実などの森の恵みを主に食し、一部畑を作って麦――と神栖たちには聞こえたが地球のそれと同一のものかは怪しい――を育てているという。

 そんな話をしているうちに、ヒッツヴィルの港へと近付いていく。

 木製の桟橋がいくつも突き出ていて、同じく数人乗りの小型船がいくつも停泊している港は、商船の停泊場所というより漁港の雰囲気を感じさせる。


 見慣れない船に警戒しているのだろう。岸には武器を持った者たちが最前列に並び、その後ろにも人だかりが見える。

 彼らの姿がはっきり見えるくらいに近づいたところで、クリューは立ち上がって大声を張り上げた。

「バリヤード商会のクリューです! 誰か父を呼んでくれませんか! ……きゃっ!?」


 ボートが揺れて倒れそうになったクリューの身体を、神栖がとっさに手を添えて支えた。

「気を付けて」

「あ、ありがとうございます」

「いちゃついてないで、さっさと係留の準備をしないか」

 御前崎の言葉にクリューが真っ赤な顔で座り込む。


「船長。若い子をからかっちゃいけませんよ……ありゃ?」

「どうした?」

「係留用のロープが無くて……先日の戦闘中にロストしたかも……」

「お前ね。国民の税金で購入した貴重な装備を……」

 仕方ないでしょ、と神栖は操縦している酒田にも尋ねたが、見当たらない。


 そうこうしている間にも桟橋は近づき、警戒するエルフたちの目の前で真っ黒なゴムボートが接岸を果たした。

「いたしかたあるまいよ。酒田、お前はボートに居残りで桟橋を掴んで待機」

「うぇっ!? マジっすか! オレもエルフのお姉さんとか見たい!」

「ここでボートに乗っていれば、向こうがお前を見てくれるさ」


 理不尽な命令にぶーたれる酒田を放って、御前崎は神栖に向き直った。

「神栖。先に行きなさい」

「了解」

 軽やかに桟橋へと飛び移った神栖は、久しぶりの“揺れない地面”を踏みしめる。まだ板の桟橋だが、浅瀬の海底にしっかりと柱で固定されているだけでも安心感がある。


「コラ。さっさとエスコートしないか」

「おっと、失礼しました」

 御前崎はクリューの後ろから腰を支えてサポートし、神栖はいざなうように彼女の手を取り、桟橋へと引き上げる。

 さらりとやっているが、御前崎は不安定なゴムボートの縁に立っていて、小柄で軽いとはいえ、人一人を抱えて差し出したのだから、相当なバランス感覚だ。


「すげぇ」

「これくらいは当然だ。最前線で不審船の連中とやりあうときなんて、船の縁を走ったりもするだろう」

「いやいやいやいや……そんな真似したら、普通に落ちるッスよ」

 ドン引きしている酒田に「それはお前の修行不足だ」と言い放ち、御前崎は音も立てずに桟橋へと飛び移った。


「遅れて船越艦長たち自衛官組が来るから、状況を説明しておくように」

「了解ッス」

「神栖。あたしの命はあんたに預けたからね。しっかり守っておくれよ」

「お任せを」

 腰からオートマチックピストルのP226Rを抜いた神栖は、スライドを少しだけ引いて弾が装てんされていることを確認する。


 クリューがそれを恐々とした表情で見ていることに気付いて、神栖はすぐに腰のホルスターへと戻した。

「大丈夫。これは悪い奴にしか向けない。君や君の仲間を傷つけるために持っているんじゃない。君を守る為に持っているものだよ」

「……わかりました」


 信用します、と言って頷いたクリューは、御前崎に目配せして桟橋を陸地へと向かって歩き始めた。

 すると、すぐに一人の男性エルフが群衆の中から姿を見せ、クリューを認めて相好を崩す。

「クリュー! 無事だったか!」

「お父さん!」


 クリューの口ぶりから、男性が彼女の父親であり、商会の長である人物だとわかる。

「失礼だが……」

 その男性が、クリューを庇うように前に進み出たのも、エルフでは無い見知らぬ人間たちが居るのだから無理からぬことだろう。

 クリューたちの向こう側には弓を持ったエルフもいるのを認めた神栖は警戒していたが、御前崎は我関せずと涼しい顔で前に出る。


「お初にお目にかかる。あたしは海上保安庁所属の御前崎。こちらは部下で護衛役の神栖だ。クリューさんから伺っていた、商会の長であるバリヤードさんとお見受けしますが、如何?」

 クリューが所属する商会に関しては、神栖を通じて口頭で幾ばくかの情報を得ていた。

 エルフ国唯一の港町であるロックヴィルを拠点とした、国内唯一の交易事業者であり、代表者であるバリヤード氏は町で最高の有力者である、と。


「お父さん、こちらの方は……」

 クリューが説明すると、わずかだがバリヤード氏は表情を緩めた。

しかし、まだ完全に信用したわけではないと言いたげな険しさが残っている。

 だが、それを気にするほど神栖も御前崎も細い神経はしていない。

「娘を助けていただいたようですが……目的を窺ってもよろしいですか」


 それは父親ではなく、一人の商会長としての顔だった。

 未知なるものへの警戒。

「あたしたちは日本国海上保安庁の職員であり、今ボートで向かってきているのは、同じく日本国に所属する海上自衛隊の者です。……この世界ではない、別の場所からの異邦人ですよ」


 正直に話すのが得策だと御前崎と船越は会議の中で決定していた。

 もとより隠すような恥ずかしい肩書ではないし、ここが異世界であると断定した以上は、本国への影響を警戒するのも徒労であろう。

 そして、それぞれの部隊に所属する隊員たちの口を完全に封じるのも難しいだろうと判断したのだ。


「日本……異世界……?」

 バリヤードはため息をついた。

「申し訳ないが、聞き覚えもなければ信用に値するとも思えない。娘を連れてきた意図はわからないが、他の部下たちの姿も無く、鉄の塊のような船から、真っ黒な小舟に乗ってきたような連中の言葉など、早々信用はできん」


 彼が右手を上げると、岸壁に居並ぶ兵たちが弓を構える。

 同時に、神栖は腰の銃に手を当てた。

「神栖さん……!」

 息をのむクリューと視線が交差する。

 彼女を撃つつもりはもちろん無いが、最悪の場合は彼女の目の前で父親を撃たなければならない。


「船長……」

「狼狽えるな」

 一歩、御前崎が歩み出る。

「別に、あたしたちがどこから来たのかは関係ない。あたしたちが何者かも、今回はとりあえず脇に置いておけばいいさ。ただ、あたしたちを追い返す前に、娘さんの話を聞いた方が良いんじゃないかね?」


「クリューの……どういうことだ?」

 水を向けられたクリューは、もう一度神栖へと視線を向けてから大きく頷くと、父親を真下から見上げた。

「お父さん、私たちの船は二日前にスパンカー海賊団に襲われたんです」

「なんだと!? では、他の船員たちは……」


 悲嘆と悔恨に歯を食いしばるバリヤードに、クリューは首を振った。

「何人かは無事だし、船も壊れたけれど、神栖さんたちの船で引っ張ってきてもらったから! それに、私も危ないところを彼に助けてもらったのよ!」

「……本当か?」

 なおも懐疑的な表情を見せる父親に、クリューは腹が立ってきたらしい。


「本当よ! 十隻以上の船に囲まれて、砲弾がどんどん飛んできて船は穴だらけだし、みんな私を守って傷ついて……!」

「十隻!? しかし、そんな集団を相手にしたというには、たった二隻で、しかも大きな損傷も無いようだが……それにだ、大した砲も積んでいないではないか」

 バリヤードは沖に停泊している護衛艦と調査船を見比べて、頑丈そうではあるが攻撃力は皆無ではないかと口にした。


「何か騙されているのではないか?」

 と、バリヤードがつい口にしてしまったが最後、クリューは本格的にへそを曲げてしまったらしい。

 口を“への字”に曲げ、頬を紅潮させた表情は、神栖からしたら可愛らしい物だったが、バリヤードは恐怖の表情へと変わっている。


「私が、命を助けてもらった相手だというのにお父さんはどうしてそんなに疑うんですか! 沢山の人が死んで、神栖さん達に助けてもらえなかったら、今頃私も……!」

「く、クリュー?」

「お父さんなんて、大嫌い!」

 最後は涙声になっていたクリューの一言に、先ほどまでの威厳ある態度はどこかへ吹き飛んだのか、バリヤードが膝から崩れ落ちた。


「ノォーーーーーッッッ!!」

 両手を上げて雨に打たれたかのように滂沱の涙をこぼしたバリヤードは、そのまま両手を地に突いた。

「お父さん。神栖さんはすごい人だし、あの船はとても頑丈だし、速度も速いし、何よりとても強力な武器があるの。わたしの言っている意味が解るでしょう? お父さんの商人として格好いいところを見せて?」


「格好いい……」

「そうよ。商会長のお父さんはとても格好いいと思うわ」

「お父さんは格好いい……!」

 自分に言い聞かせるように呟いたバリヤードが立ち上がると、すっかり涙は引いていて、さっぱりとした顔をしていた。


「娘の恩人に失礼した。どうやらお連れの方も到着されたようだ。夕刻には帰還者を慰労し、死者を悼む宴があるので、是非ご参加いただきたい。それまで、当家でゆっくりとお話を聞かせていただきたい」

 神栖がちらりと後ろを振り返ると、海自の高速ゴムボートが近づいて来ていた。

 船上には船越艦長と大湊、平瀬の三名が乗っている。


「……大丈夫ですかね? まるで二重人格みたいなやべー奴ですよ、あの人」

「気にすることでもなかろうよ。楽しい人物じゃないか」

 それに、と御前崎はクリューを視線で指した。

「クリューさんはお前を気に入ったようだ。現地での交流に少女の心をたぶらかすような真似は看過できないが、なに、真剣な恋愛なら応援してやらんこともない。せいぜい、未来の義父と仲良くしておけ」


「えぇ……」

 船越たちが桟橋から陸に上がると、にこやかなクリューの案内で商会の事務所であり、彼女の家であるという屋敷へと向かうことになった。

「ところで、クリューの説得がなかったらどうするつもりだったんです?」

「彼女に仲介をしてもらうのは予定通りだが、そうだな、うまくいかなかったら……」


 道中、こっそりと神栖が確認してみると、御前崎は恐ろしいことを口にした。

「説得がうまくいかなかったら、建物の一つでも護衛艦のミサイルで吹き飛ばすという手も考えていた。単純に力の差を見せるのが一番手っ取り早いからな」

「む、無茶苦茶な……」

「ここなら政治家やらマスコミやらに五月蠅く言われないから、気楽でいいな」


 御前崎の高笑いから目を背けた神栖に、頭を抱える船越の姿が見えた。

 ひょっとすると、海賊から守るより先に、御前崎からエルフたちを守らなくてはならないかも知れない。

 現地住民たちが暴徒化しないことだけを祈るばかりだった。

ありがとうございました。

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