7.海賊たち
よろしくお願いします。
スパンカー海賊団の本拠地は、大海原にぽつりと浮かぶ島の全てだった。
三日月形をした島の内側には複数の桟橋があり、巨大な帆船が何隻も係留されていた。沖合にも多くの船影があり、そのどれもがハリネズミのように砲門を並べている。
島の中心には岩山をくりぬいて作られた要塞のような建物がそびえ、スパンカー海賊団の長であるスパンカーはそこにいる。
海から上がり、濡れた髪を振って乾かしながら歩むプレースをちらりと見た海賊たちは、目を合わせずに道を空ける。
「団長はいるかしら?」
最奥の部屋の前、護衛として立っていた男たちはすぐさま道を開いた。
ノックをし、返事を受けて扉を開いたプレースが通り過ぎる間、護衛たちは視線を向けることなく緊張の面持ちで硬直していた。
「帰ったか」
迎えたのは、この海賊団の長、スパンカーだった。
身長2メートルを優に超える巨体は、決して肥満体ではない。はちきれんばかりの筋肉が、赤黒く日焼けした肌で無理やり押しとどめられているかのようだ。
古いが精緻な彫刻が施された高価な椅子に身体を預ける彼の目の前には、幾人かが倒れている。
「トガンスは始末してきたわよ。でも、ケッチがやられたわ」
「捕まったのか?」
「死んだわ。爆死したから死体は残ってない」
「ふん。使えん奴だ。まあ、役立たずのまま死ぬのもあいつの運命だ」
鼻で笑いながら、スパンカーは目の前に転がっている男を蹴り飛ばした。
蹴られた男は、小さくうめき声を洩らす。
身体に傷は見当たらないが、相当なダメージを受けているらしく、身体を動かすこともできないようだ。
「それで、こいつらを締め上げて何か情報は得られたのかしら?」
「鉄でできた船だの、連発できる上に離れた船まで届く銃だの、夢でも見てきたみてぇなことを言いやがるから、軽く絞めてやったら、あっさり壊れやがった」
「それ、嘘じゃないわよ」
プレースの髪がもぞもぞと意志ある蛇のようにうねり、一粒の鉛を吐きだした。
「なんだ、こりゃ?」
投げ渡された鉛を、スパンカーは目の前に掲げてみつめる。
硬い壁に当たったかのようにひしゃげてしまっているが、それは9mmの拳銃弾だ。
「トガンスが捕まっていた船は間違いなく鉄の塊だったし、中にいた連中はそれを撃つ小さな銃を使っていたわ。それも、何発も連続でね」
「船の速度は?」
ぐり、と分厚い手の中に鉛弾を握りこみ、スパンカーの視線がプレースを睨む。
「あなたの船より速い。例の商船を引っ張っていたけれど、それでも追い付けないでしょうね」
「ふっ……ふふふふ……」
スパンカーが笑う。
「面白ぇな。どこの連中がそんなもん作ってるんだ?」
「さあ? 見たことのない旗だったわよ。船に乗っていたのは普通の人間ばかりで、獣人とかは混じっていなかったけれど」
「別の海からの連中ってわけだ。エルフはどうなった? そいつらに捕まったのか?」
「曳航されていた帆船に何人かはいたけれど、誰も拘束はされてなかった」
「とすると、エルフの連中と“仲良く”しようってハラなわけだな」
そうなると行き先は絞れる。
「壊れた船を引っ張ってちゃあ、そう長くは走れねぇ。大方、エルフの港に行くつもりだろうよ」
「どうするの? わたし、疲れたから少し休みたいんだけれど」
「決まっている。良いモノがあるなら奪う。それがオレたちのやり方、オレたちの運命だ」
おもむろに立ち上がったスパンカーが右手を振り上げると、彼の前に倒れていた男たちの身体が一まとめになって宙に浮いた。
「相変わらず、凄まじい魔法ね……」
まるで巨大で見えない手に掴みあげられたかのようになっている連中を横目に、プレースは畏怖の言葉を吐く。
「オレはこれでのし上がってきた。世界最高の海賊としてな。そんなオレが最高の船を手にするのも当然の運命だ。そうだろう?」
肩をすくめたプレースに、スパンカーは「つまらん奴だ」と吐き捨てて、宙に浮かべた男たちと共に部屋の外へと向かう。
そして桟橋の前まで来た彼が軽く右手を振ると、浮かんでいた男たちは海へ向かって高々と放り投げられ、水柱を上げて落水。そのまま沈んで行った。
「聞け!」
スパンカーが大音声を上げると、周囲にいた海賊たちだけでなく、桟橋に係留された船からも幾人もの男たちが顔を見せた。
「オレたちは何者だ!? 海賊だ! そうだろう!」
歓声が上がる。
今、目の前で仲間がゴミのように海へと捨てられたにも関わらず。
「たった今! オレたちの仲間が死んだ! 何故だ!? オレたちに喧嘩を売った連中がいるからだ!」
自分が殺したにも関わらず堂々と語るスパンカーも異常だが、盛り上がっている海賊たちもどうかしている、と遠目に彼らを見ていたプレースは考えていた。
彼女は、自分が普通の感覚を持っていると思っている。
「目の前で獲物を横取りされ、仲間を殺され、船を沈められた! オレたちはコケにされたんだ!」
怒声が響くと、呼応するように海賊たちが雄叫びを上げる。
熱狂と言うより狂気の渦とも呼ぶべきエネルギーは、スパンカーの言葉で狂奔へと変わる。
「二隻の鉄の船を探せ! そいつらはエルフどもの土地に向かったはずだ!」
帆船に乗っていた者たちは錨を引き上げ地上にいた者たちは続々と小舟に乗って沖合に停泊した自分たちの船へと向かう。
その背中を、スパンカーの声が震わせた。
「見つけて、すべて奪え! それがオレたちに逆らった連中の“運命”だ!」
孤島を震撼させるような大勢の歓声が、それぞれの船に分散して大海原へと旅立っていく。
「オレも出る」
一言スパンカーがつぶやくだけで、海上自衛隊の護衛艦にも匹敵するほどに巨大な船体がのっそりと桟橋の前へと進み出てきた。
「プレース、お前も乗れ」
「休みたいって言ったのに……」
愚痴を吐く彼女を、スパンカーは無言で睨みつけた。
「……わかったわよ。でも、私は自分の船で行く」
「いいだろう。お前は敵を見ている。見つけたらすぐにオレに知らせろ」
いいな、と念押しをして、スパンカーは旗艦へと歩を進めた。
☆
「陸地です。地形から見て、恐らくはクリュー氏からの情報にあったエルフの居住地がある島かと思われます」
くるりと振り返って御前崎船長へと報告をした留萌の表情はいつものポーカーフェイスだったが、艦橋にいた保安官たちは安堵のため息を漏らしていた。
「陸地の情報までは正確だったってだけだよ。あの子を疑うわけじゃないが、信用したわけでもない。行ったら行ったで別の海賊の根城だったなんてこともあり得るんだから、気を引き締めておきな」
そう言いながらも、御前崎自身も一安心していた。
立場上注意喚起はしたものの、クリューが嘘をついている可能性は低いと思っているし、陸地が見えたことで船員たちが多少でもこの“非常事態”の中で落ち着いてくれるとたすかるのだ。
とはいえ、陸地にすぐ上がれるわけでもない。
「まずは神栖たちにクリューさんと一緒に陸に上がってもらう。安全確保と接舷の交渉が滞りなく済めば停泊するが……」
船員たちの視線が集まる。
上陸までの計画は海自の船越艦長やクリューとも打ち合わせ済みで、神栖にもそのことは伝えてある。あとは実行命令を下すのみだ。
「全員が一度に降りられると思うんじゃないよ? 許可できるのは半舷上陸までだし、降りた者にも仕事がある……留萌は、悪いが留守番だ。あたしは交渉のため陸に行かないといけない」
「お任せください」
「あたしに万一のことがあったときは……」
魔法などという未知の現象があり、明確な敵意と殺意をもった海賊が襲ってくる世界では、次の瞬間に何が起きているかなど想像もできない。
だから、と念の為に緊急時の対応を伝えようとしたのだが、留萌の返答は非常に非情だった。
「嫌です」
「は?」
あまりに明確すぎる拒否に虚を突かれている間に、留萌はつらつらと理由を並べていく。
「残存の船員を掌握するには、私では荷が勝ち過ぎます。また、職掌から考えても妥当とは思えません。それに……」
「それに?」
「私が頂く給与から見ても過剰労働です。帰還した際に船長職を受け継いだからと言って、手当てが増えるとは考えられません。無償の奉仕は私の主義に反します。絶対に嫌です」
これは留萌が御前崎を叱咤しているのか、護衛役になる神栖たちを信頼しているという意味の表れなのかとも思ったが、恐らくはまっすぐな本心で「余計な責任は負いたくない」のだろう。
「わかった、わかった。なんとしても戻ってくるから」
「よろしくお願いします。……酒田さんから連絡です。見えてきた陸地は目的の場所で間違いないとクリュー氏に確認がとれたとのことです」
話は終わったとばかりに今まで通りの業務を続ける留萌を妙に頼もしく思いつつ、御前崎は無線のマイクを掴んだ。
「船越艦長、現地住民との第二次接触だけれど、心の準備はよろしいか?」
『冗談を言っているような余裕も無い。こうなるなら、外交折衝の人員を外務省から呼んでおくべきだった』
船越の言葉に笑い声をあげ、御前崎は上着を掴む。
「ま、精々恥ずかしくない格好で行きましょうや。今のあたしたちは、日本どころか地球の代表ですからね」
『さらに気が重くなる話だな』
「気をもんだところでどうにかなる話じゃありませんよ。予定通りに事が運ぶのを祈りましょう」
ふと、八百万の神様たちは異世界でも加護があるものだろうかとの考えが浮かび、詮無きことだと思いつつも、とりあえず祈っておくに越したことはないだろうと心の中で柏手を打つ。
「神栖に連絡。ボートに乗ってあたしと合流すること。クリューさんもエスコートするように」
「わかりました」
「それじゃ、はりきって外交官の真似事でもしてきますか」
艦橋をあとにする御前崎は、船員たちの敬礼で見送られた。
ありがとうございました。
夕方にはまた更新しますので、よろしくお願いします。