6.銃と魔法と
よろしくお願いします。
※本日12時にも更新しておりますので、ご注意ください。
魔法は、術者の体内にある魔力を消費して発動する。
それは肉体の強化であったり、物質の発現であったり、既に存在する物を操ることであったりと様々だが、物理法則を無視して現実に干渉するという点が、武器や道具とは決定的に違うところだ。
「私は日に数回、風を操ることができます」
綺麗に片付けられた甲板の上を、爽やかな風が流れていく。
「すでに吹いている風を操ったり、穏やかな風を起こす程度ならあまり多くの魔力は消費しません」
マストトップにある風見のための布が向いている方向とは違う、交差する向きの風が流れ始め、日本人たちは唸った。
「改めて見ると、非現実的ね」
「魔法だからなぁ。タネの無い手品みたいなもんだが……」
ゆるゆるとした風を操りながら、クリューは話を続ける。
「この程度の風ならば長時間操れます。ですが、船を動かしたり、人を吹き飛ばしたりするような風となると、一度に十数分程度が限界ですし、集中しなければいけません」
「少しよろしいかな?」
大湊が手を挙げた。
「魔法を使える人は少ないと言っていたけれど、貴女の部下にも魔法が使える人がいるのかね?」
「いいえ。商会の中でもわたしだけです。町には何人かいますが、それでも戦闘に向いているとは言えません」
「そうなると、魔法が使える人員が複数居た、例のスパンカー海賊団というのは相当な規模で、強力な連中だというのがわかるね」
「それだけ海賊へと身をやつした魔法使いが多いというのもあります。戦う能力があればのし上がるのに一番手っ取り早い方法ですから」
「海賊が、就職したい職業ナンバーワンとは。まさに世界が違うとしか言えないな」
元の世界でも、海賊たちが大暴れした時代が無かったわけではない。現在でも神栖たちのように海賊を相手に戦う者たちがいる。
それでも、決して海賊が人気の職業となるわけでは無いし、高名になることもない。
「私が生まれる前は、もっと陸地が多くて海賊はずっと少なかったそうです。父に聞いてもらえば、そのあたりはもっと詳しく聞けると思います」
百年ほど前に大規模な地形の変動が起きたらしく、その際に海面が上昇し、かなりの陸地が水没してしまったらしい。
「その頃から、海賊の数が爆発的に増えたと父に聞きました」
残された陸地は限られ、いくつもの小さな島に種族ごとの集落があるような状況であり、一部の広い土地に国家があるのだと彼女は言う。
「わたしたちエルフの国、クォンセット王国はそれなりの土地を持っていて人数も多いので大きな被害は受けていませんが、小集落は海賊たちの襲撃で壊滅することもあるのです」
大異変と呼ばれる海面上昇から百年が経ち、海賊は限界まで増えた。
「今や、石を投げれば海賊に当たるような世界になったわけだ。難儀なことだな」
そう言って、大湊は甲板に転がっていた陶器の欠片を拾いあげると、海に向かって放り投げた。
海に落ちて水音を立てる予定だったはずの欠片は、一同の予想と違う“声”を響かせた。
「痛ぇ!?」
「む、しまった!」
誰かが船の外側で作業でもしていたのだろうかと焦った大湊が船外へと目を向けようとした瞬間、誰かが海から文字通り飛び上がって来た。
甲板の上に降り立ったその人物は、“どん”というより“でん”と毬のような音を立てた。
見た目もまるでボールのように丸っこく、髭面の頭部はまるまるとした身体に半ば埋まっているようだ。
「てめぇ、いきなり石を投げつけるとは何事だ! ジョーシキ考えろ、ジョーシキを!」
「うぅむ。そう言われると返す言葉もない。申し訳なかった」
「わかればよろしい」
深々と頭を下げた大湊に、丸い男は短い手を腰に当てて頷く。
「それで、貴殿はどなたかな?」
「よくぞ聞いた! ワシはスパンカー海賊団のケッチ! 貴様らに……うおおっ!?」
足元に立て続けの銃撃を受け、ケッチと名乗った男は見た目とは裏腹に軽やかな跳躍で船外へと飛び下がり、頭半分だけを船の縁から覗かせる。
「いきなり攻撃するとは何事だ! ジョーシキを考えろ!」
「馬鹿言え。海賊の、しかもさっき襲って来た連中の仲間が残っていたんなら、とりあえず威嚇するのは当たり前だ」
「神栖先輩、当たり前じゃないッスよ……」
腰の拳銃を素早く抜いて発砲したのは神栖で、その隣では酒田も同様に銃を構えてぼやいている。
「そんなだから、ウチの管区は危険人物が何人もいるとか言われるんスよ……」
そのうちの一人は御前崎だ。
「ぐふふ……“残っている”だと? どうやら勘違いしているようだな」
そう言うと、ケッチは手を放して海中へと落ちた。
「……一体、何がしたかったの?」
あっさりと諦めたように見えた相手に、平瀬は呆れたようにため息を吐く。
「いや、まだ終わってない」
「その通り!」
神栖が注意を促した直後、左舷に落水したケッチが右舷側から飛び出してきた。
「ワシは高速で海中を移動できる『スイマー・ザ・シー』の魔法使い! この程度の速度の船など、簡単に追いつけるわい!」
「追手か! だが、たった一人で何ができる」
片手で発砲を繰り返しながら、神栖は酒田にクリューを下がらせるようにハンドサインを送る。
「こちらの武器の威力は、生き残りから聞いただろうが! 無駄に命を散らすような真似をするな!」
「生き残りぃ……?」
どむ、と水が入ったボールのような音を立てて、船の縁に降りたケッチはべったりと張り付いたような笑みを浮かべた。
「そんなものはいない」
「……なんだと?」
問う神栖の隣で、平瀬と大湊も銃を抜き、構えている。
「スパンカー海賊団に敗者は必要ない。船長連中から情報を聞き出した後は、処分されるのが決まりだわい」
「馬鹿みたい。それじゃ誰もボスの所に帰らないじゃない」
平瀬が口をとがらせて言うと、「その通り」とケッチは笑う。
「ジョーシキ考えればそうだが、帰りたくなくとも、ワシらが逃がすわけがなかろうよ。……逃げようとした船は、もう海の底じゃわい」
言い終わると同時に、神栖が発砲する。
「ひゃっはは!」
ぽろりと落ちるように再び海へ落ちたケッチは、ものの一秒程度でまた違う場所から飛び出してきた。
「トビウオみたいな野郎だな。リロードするから、援護を頼む!」
「任せて!」
弾倉を交換しながら吐き捨てた神栖は、平瀬と大湊に発砲を依頼したが、すぐに撃った平瀬と違い、大湊は引き金を引かなかった。
「大湊!」
「いや、狙いが……」
「甘いなぁ!」
戸惑っている間に、放物線を描いて飛び込んできたケッチの体当たりを受け、大湊は甲板を激しく転がっていく。
「離れなさい!」
「うおっとと!」
大湊へとしがみついていたケッチへと平瀬が発砲すると、ケッチは再び海中へと飛び込んだ。
「大湊さん!」
「き、肝が冷えたよ」
至近距離に着弾した跡を見て青褪めている大湊は怪我も無いようで、平瀬は安堵で嘆息した。
「私がこの距離で誤射するわけないでしょ。……にしても、当てられないのは歯がゆいわ」
水に沈めたゴムボールのように勢いよく海から飛び出しては船の上を跳ねまわるケッチに、エルフの船員たちも逃げ回るのが精一杯だ。
「……動きを鈍らせれば、当てられるか?」
「速さより軌道の問題よ。あっちこっち飛び回って鬱陶しいったら」
弾倉を刺し込み、スライドを引いて装填が完全になされたことを確認しながら神栖が問うと、平瀬は自信を持って答えた。
「海自一の射撃の名手の言葉だ。信用する」
大湊に酒田がいる位置まで下がっているように伝えると、神栖は銃をホルスターに戻し、床を蹴って走り出した。
「ぬおおお!」
メインマストの柱へと飛びついた神栖は、雄叫びと共に見張り台のところまで駆け上がった。
「お猿さんみたい」
と平瀬が評した通り、するすると登っていった神栖は、すぐに銃を抜いて発砲する。
「狙いが甘いわい! そんなもん、ワシの速さに追いつけるわけがなかろう!」
弾丸を飛び越えるように飛来したケッチに対し、神栖は銃を納めてがっちりとキャッチする。
「ぬおっ!? ワシの体重を受け止めるなど、ジョーシキ的におかしいぞ! お主!」
驚きに目を見開いてぐるぐると腕を回しているが、腹をがっちりと掴まれていては届かないらしい。
「おっと、あんまり暴れるなよ。海の中を自由に泳ぎ回ることができても、空中はどうかな? ほれっ!」
「あわわ……うっ!?」
空中に放り出されたケッチは短い手足をじたばたと動かしてどうにか姿勢を保とうとしているが、真下からの射撃に肩を撃ち抜かれてそのまま甲板へと墜落していった。
「抵抗はやめて、大人しく捕まりなさい」
至近距離で銃を突きつけた平瀬を、仰向けに倒れていたケッチはニヤニヤと笑いながら見上げていた。
ジワリと広がる血が、甲板を濡らす。
「参った、参った。ワシの負けだわい。だが、目的は果たせたわい……」
「目的?」
「“一人で何ができる”かと言っていたが、ワシは一度も一人で来たなどとは言っておらんぞ」
警報が、護衛艦から聞こえてくる。
「な、なに……?」
「言ったであろう? スパンカー海賊団に敗者は必要ない、と。どうやら捕まった阿呆が居たようだから、始末しに来たのだよ」
平瀬の無線に、捕縛していた海賊たちが殺害されたという連絡が届いた。
「陽動!?」
「あの方には、その必要もないわい。ただ、ワシはあの方を送り届けるついでに功をあげようとしただけだわい……それも、失敗したがな」
「……止めが必要かしら?」
聞きなれない女性の声が聞こえて、平瀬は素早くそちらへと銃口を向けるが、思わず声を上げた。
「どうなってんの!?」
すらりとしたスタイルの良い身体をぴったりとした黒いスーツで包んだ美女が、長い銀髪を巨大な手のように操って船の縁に捕まっていたのだ。
「プレース様。ワシは自分で処理できるから、必要ありませんわい。帰りはご自身でお願いしますわい」
「そう。ならそうして」
「海賊の仲間!?」
会話を聞いた平瀬が二発の弾丸をプレースと呼ばれた女性に叩き込むが、銀髪がまるで鉄板のように彼女を守る。
「硬い!」
「あら怖い。連続で撃てる銃があるのねぇ。雑魚どもが負けたのも納得ね」
言葉とは裏腹に、まるで表情を崩すこともない。
「では、団長によろしくお伝えくだされ……」
「もちろん。それじゃあ、さようならね」
支えにしていた髪の毛を自分に巻き付かせ、銀の弾丸のような格好になったプレースが海へと落ちていく。
「待ちなさい!」
平瀬が追いかけようとしたが、神栖が止めた。
「平瀬、丸い奴の方を見ろ!」
「えっ?」
言われた通りに目を向けると、そこではケッチが腹の周りにぐるりと巻いた革袋から導火線様のものを引きずり出し、今にも火打石を使おうとしているところだった。
「自爆!?」
テロリストの手段として何度もレクチャーを受けた内容だが、いざ目の前でやられると、迫る死の圧力に足がすくむ。
「ふ、伏せ……」
「床に飛べ!」
マストから飛び降りて来た神栖が、思い切りケッチの腹を蹴り飛ばす。
常人なら不可能だが、常軌を逸した力で船外数十メートル先へと蹴り落とすことには成功した。だが、すぐに海面から飛び上がってくる。
「ワシの巨体を蹴り飛ばすなど、お前の力、ジョーシキ的におかしいぞ!」
「ちっ!」
ケッチの軌道は船上へ戻ろうとしているのがはっきりわかる。
ダイナマイトとは違う、おそらくは黒色火薬だろうと神栖は考えていたが、いずれにせよ船の上で爆破させるわけにはいかない。
「任せて。まっすぐこっちに来ているのがわかるなら、外さない」
さっきの動揺を恥ずかしいと呟き、平瀬は拳銃を構えた。
視線が照準を通してケッチへと到達すると、彼我の距離と軌道を判断し、狙いを付ける高さを調整する。
数十メートルの狙撃など拳銃でやることではないが、彼女の腕ならばやれないことはない。
「当てる。私の腕ならできる」
呟いた瞬間、平瀬は自分の視線が物理的な繋がりとなってケッチへとつながったような感触を覚えた。
直感が、命中を確信させる。
「落ちなさい」
引き金を引く。
火薬の爆発で押し出された9mm弾が飛び出し、スライドの後退が平瀬の手に激しい感触を伝えた。
「……お見事」
神栖の言葉と同時に、ケッチは仰向けに回転し、すぐさまはじけ飛んだ。自らが抱えた火薬によって。
「神栖先輩」
荒い息をついて銃をホルスターに戻した平瀬を労うように肩を叩いた神栖に、酒田が駆け寄って来た。
「こっちにも連絡ありました。……捕縛していた海賊連中、全滅したそうッス。目撃されたのは銀髪の女一人だったと」
「やられたな」
幸いにも自衛官に負傷者はいないそうだが、頭を掻いた神栖の脳裏には、悔しがる船越館長の顔がありありと浮かんでいた。
他の自衛官たちも同様だろう。
「とにかく、こっちの状況も船長に報告してくれ。クリューさんたちに被害は?」
戦闘に巻き込まれた者はおらず、全員が無事だった。
船もダメージを受けたが、それ以外にも爪痕は残された。
「……我ながら、情けないものだな」
「初めて、人を撃ったわ……」
必要なときに発砲できなかったことに落胆する大湊と、逆に人を撃ったことを改めて実感していた平瀬のことだ。
「どっちの気持ちもわかる」
だが、神栖はまず自問自答すべきことだと考えていた。
銃撃の感触は、砲撃とは違う。明確に自分の手で人を害したという実感が、見えない感触として手に残る。
長く戦場にいて精神を病む将兵が絶えないのはこれが理由だ。
「大丈夫だよ。あの二人のことは良く知っている。きっと乗り越えられる」
自分たちが何のために戦っているかを改めて思い出せば大丈夫だと断言した神栖は、心配そうに駆け寄ってくるクリューに向けて、笑顔を作って手を振ってみせた。
ありがとうございました。




