5.異文化交流?
よろしくお願いします。
「スパンカー海賊団?」
陽気の大海原をゆったりと曳航される帆船の上、クリューたちエルフ商団から提供された食事を遠慮なく味わいながら、神栖は聞き返した。
代わりに提供しようとしたマグロ的魚の刺身は再びきっぱりとお断りされたが。
「そうです。帝国と私たちの国がある島との間にある海域で暴れまわっている巨大な海賊団です。昨日襲ってきたのは、おそらくその一味かと」
彼女の説明によると、この世界の海には多くの海賊団がひしめき、潰しあいや合流を繰り返しながら、海の流通を妨げているらしい。
「中でもスパンカー海賊団は強大で……」
エルフの国は、もともと船舶に関する技術が未熟で、近隣の島々との交易が主だった。しかし、クリューの商会が外洋に出て交易範囲を広げるようになり、海賊の被害も増えてきた。
「最近では、小さな島の集落が海賊の手で壊滅したという話もしばしば耳にします。ですから、私たちも充分に注意していたつもりだったのですが」
想像以上に大規模な船団に襲われてしまい、絶望的な状況に陥ってしまった。
「数隻の小集団での移動が基本だと聞いていたのですが、どうやら運悪く船数の多いグループに当たってしまったようです」
数隻相手であれば、砲撃でけん制しつつ逃げ切る程度の兵装は積んでいるが、敵の数が多すぎた。おまけにエルフ側の練度もまだまだ足りない。
「それだけ、その海賊団が大きいってわけだ。だが、我々の護衛艦が撃沈しただけでも相当数に及ぶ。最早立ち直れないほどのダメージを受けているのではないかね?」
「そうね。詳しい艦艇数はわからないけれど、全滅判定になってもおかしくないもの」
同席していた大湊と平瀬の言葉に、クリューは明るい表情を見せた。
しかし、神栖と酒田は厳しい表情を崩さない。
「うーん。オレとしては、そこまで楽観はできないッスね」
「俺も酒田と同意見だ」
「ちょっと!」
クリューが戸惑う表情を見て、平瀬が神栖の言葉を咎める。
「あまり彼女を不安にさせるようなことは言うべきじゃないでしょ!?」
「事実だよ。まず相手は軍隊じゃない。損耗率とかそういうことを考えて、戦略を立てるような軍事組織ならお前が言う通り様子見をするかも知れないが、相手は海賊だ」
軍隊と海賊の違いがそこにある、と神栖は語り、クリューへと目を向けた。
「今からする話は、あくまで俺の考えだから、聞き流してくれても構わない」
「いえ、聞かせてください。神栖さん達がどんな人たちなのかまだわかりませんけれど、強い人がどんなことを考えているのか、知っておきたいんです」
つい昨日までは、商会の仲間たちの多くを失ったことで憔悴していた様子を見せていた彼女だが、今は責任者としてはっきりと自分の意思を示している。
船長として重責を担わされているせいもあるのだろうが、彼女の中にこのままではいけないという意志がある。
「わかった。……平瀬、大湊。お前たちも聞くか?」
「ご高説を賜ろう。君が海保で何を学んだのかを、私も知りたい」
大湊は座り直し、平瀬は不満気ながらも神栖を見ている。
「いいか? まず軍隊と海賊の目的の違いを考えるんだ」
軍隊はたとえ侵略を目的としていても、行動を決めるのは国家的な理性と損得勘定に基づいたものが基本となる。野盗化したような連中は別として、略奪行為を行うにしても、自軍の損耗を軽視することはない。
「なぜならば、軍人を育てるコストや軍を動かすコストを考えてマイナスになるような判断はしないからだ」
翻って、海賊はどうか。
「連中の目標はあくまで略奪と正常な輸送の妨害にあって、防衛の意識はこれっぽっちも無い。これが国家相手に脅迫でもしてきてるんなら別だが、基本的には仲間が多少死のうが、成果物さえ手に入ればいいんだ」
そしてもう一つ、犯罪組織が重要視する可能性が高いことがある。
「メンツの問題だな。クリューさん、今さっき、多くの海賊団がいるって言いましたよね?」
「はい。スパンカー海賊団程ではありませんが、いくつもの船を束ねた海賊団は複数あります」
島の近くでも海賊船を見ない日は無いほど、この世界では海賊が溢れているらしい。
「大航海時代も真っ青の世界ね」
平瀬がため息交じりに呟くと、大湊は同意するようにうなずく。
「そんな状況で、たった一隻の商船を襲って撃退されたと他の海賊に噂が流れたらどう思うか。俺が思うに、復讐してなにがしかの目立った収穫を得ようと必死になるはずだ」
「自分も同じ意見ッスね。今も追いかけてきている可能性は充分ありますよ」
酒田は自分たちが乗っていた測量船や海自の護衛艦が常に見張っている以上、不意打ちを受けることはないと付け加えた。
「だから、クリューさんもあまり心配する必要はないと思いますよ。ただ……気になるのは魔法の存在だな」
地球には存在しなかった攻撃方法について、神栖はもちろんのこと、海自側も把握はまったくできていない。
未知の方法に対応するのは、どんなベテランでも難しいのだ。
「ですから、クリューさん。できれば魔法について詳しく教えてもらえませんか。これから俺たちが無事に皆さんを守るためにも、今は少しでもこの世界についての情報が欲しい」
「わかりました」
求めに応じ、クリューは帰港までの間に神栖たちにいろいろとレクチャーをしてくれることになった。
「はいっ! はいはい! オレから質問いいですか!?」
と、質疑応答の始まりは酒田の挙手から始まった。
「この世界なら、オレたちも魔法使えるようになったりするんですか!?」
「えっと……わかりません」
戸惑いつつも、クリューはきっぱりと答えた。
まだ半信半疑の様子ではあったが、クリューは御前崎や神栖からの説明で彼らが異世界からやってきたことは聞かされていた。
言葉だけでは疑いの方が強かったかもしれないが、護衛艦や調査船を見て、神栖たちが扱う武器を知れば信じざるを得ないという様子だ。
だからこそ、答えは「わからない」になる。
「才能がある人ならば、儀式で目覚めたり、自然と自分が使える魔法について天啓を受ける時が来ます」
エルフたちは十歳の時に儀式を行い、才能が有るか否かを調べるという。
「それでも、魔法が使える人は数百人に一人いるかどうかですし、その中でも戦闘に使える魔法かどうかとなると、さらに少なくなります」
「ふむふむ……そういうことであれば、私にも可能性があるわけだね」
大湊が乗ってきた。
「いやはや、艦橋から見ているだけでも我が目を疑うような光景が広がっていたからね。いかにも異世界! そして海賊との戦い! 人を守るために訓練してきた身としては、これほど心躍る状況があろうか!」
「そうッスね!」
立ち上がった大湊に、酒田も同調する。
「たぶん、オレの魔法はこう、炎をまき散らすような感じになるはずッス!」
「そうなったら、御前崎船長に船から叩き落とされるだろうな」
落ち着けと言って酒田の足を手で払った神栖は、受け身を取り損ねて頭部を痛打した酒田を尻目に、クリューに問いかける。
「つまり、一人が使える魔法は一種類なんだな」
ゲームから連想した複数の魔法が使えるイメージを頭から振り払い、アメリカンコミックのヒーローがそれぞれ特徴的な能力をもっているようなものだと考えた。
「そうです。わたしが多少風を操れることや、神栖さんが捕えた海賊が長距離を跳躍できるように、発現できる魔法の効果は個人によって変わりますし、生まれ持った魔力の量で使える回数や時間も変わります」
「……どう思う?」
「危険ね」
神栖が水を向けると、平瀬が短く答えた。
「ゲームの魔法みたいに面と向かって何か飛ばしてくるとか、単に力が強いとか飛びはねるってだけなら対処のしようもあるけれど、どういう攻撃かわからないと対応のしようがないもの」
自衛隊の装備は、ある意味で“現代戦で想定される攻撃”に対応するものが主となっている。
火器や化学兵器に対応はできても、例えば人知を超えた力を持つ怪獣や魔法などという未知のものへの対処は考えられていない。
もちろん、それは海上自衛隊の船艇も同様だ。
「これも調査の一環だな」
肩を竦め、神栖はクリューに魔法を見せてもらいたいと頼み込む。
「秘匿情報になる部分があるなら、無理にとは言いませんが」
「見せるのは構いませんが、条件があります」
「条件?」
聞き返した神栖に、クリューははにかむ。
頬を赤くして、少しだけ戸惑いながら彼女は条件を口にした。
「敬語を使うのはやめてください。神栖さんはわたしにとって命の恩人ですから、もっと親しく話して欲しいんです」
「……わかった。それじゃ、よろしく頼むよ。……痛てっ!?」
神栖が了承すると、なぜか平瀬の蹴りがふくらはぎを叩いた。
「あんた、彼女に変なことしてないでしょうね」
クリューの魔法を披露してもらうために一同は甲板上へ移動することになったのだが、歩いている間に神栖は平瀬からの質問攻めにあっていた。
「現地住人との交流は情報収集のために重要だとは理解しているけれど、女の子を手玉にとるような真似は最低よ?」
「そんなことしてないって」
きっぱりと否定されても、平瀬は疑いの目を向けたままだ。
「あの二人、昔何かあったんスか?」
後ろから見ていた坂田が大湊に問う。神栖が自衛隊所属時代に同期だったことをしっているのだ。
「私の口から、詳しいことは言えないね」
二人の名誉のためにも、と誤魔化しつつも、大湊はヒントだけだよと声のボリュームを絞る。
「何も無かったのが問題なのさ」
「あー……」
「自衛官同士が恋仲になるなんて珍しくもなんともないけれど、一般的に当たり前だからといって、当人同士にとっても気軽な話ってわけじゃあない」
まして二人とも隊の中でも純然たる武闘派で、変に目立つ存在だったのもあって周りの目があった。
「神栖がもう少し女心に敏感であれば、話は違ったかも知れないが」
結局、実戦を求めてくすぶっていた神栖が御前崎の招きに応じて海上保安庁へと移籍してしまったことで、二人の関係は何もないまま終わった。
「しかしだね、ここで再会した。運命だね、まさに」
目をキラキラさせている大湊に、酒田は疑問が浮かぶ。
「平瀬さん美人なんだから、他にも近づいてくる相手がいたんじゃないスか?」
「股間を蹴り上げてくる彼女の半長靴を止められる隊員は、そう多くないんだよ」
心なしか、大湊は青褪めているように見えた。
ありがとうございました。