4.エルフ対応部隊
よろしくお願いします。
前話と同日公開ですので、ご注意ください。
「改めてご挨拶させていただきます。バリヤード商会の娘、クリューと申します。このたびは、わたしたちの船を救ってくださいましたこと、感謝いたします」
意識が戻ったばかりのクリューだったが、自分を救った神栖と、その上司たちが待っていると知ると、手早く髪を整えて挨拶を交わした。
「こっちが俺の上司で、あの船の船長である御前崎さん。こちらはあそこにあるデカい方の船の艦長で船越さん」
簡単すぎる紹介から始まった会談は、先ほど部下たちが御前崎を海賊だと勘違いした件を詫び、それを御前崎が快く許す形で始まった。
「わたしたちが乗るこの船は、商会の貿易船です。一、二隻程度の海賊船であれば撃退は可能な程度の戦力を有していたのですが、あの数が相手ではとても……」
現在残っている船員は十名強。元々その数倍の人数がいたのだが、先の戦闘で死亡したか行方不明になっている。
「もはや、わたしたちは操船すらままならない人数です」
拳を握りしめて胸へ押し当てるクリューが浮かべる苦悶の表情は、周囲にいた船員たちも同じ表情にさせた。
船そのものはどうにか機能を保ってはいるものの、操船する人員が居なければどうしようもない。
「どうか、わたしたちの母港まで護衛をお願いできませんでしょうか」
エルフの船員たちの中には、クリューの決断を心から歓迎できないという表情を見せている者もいたが、積極的に反対するような者はいない。
最小人数で帰途について、不眠不休で操船したとしても、再び海賊に襲われた時には抵抗することすらできないだろう。
「状況は理解しました」
船越は頷いたが、渋い表情をしている。
「しかし我々も国防の任があり、本国に確認しなければ即答は……」
「艦長どの、ちょっとこちらへ」
断ろうとしている船越の首をがっちりと抱き寄せて「ちょっと失礼」と船の端に移動した御前崎は、「ここは受けておきましょう」と耳打ちした。
「しかし……」
「考えてもみてくださいな。ここは異界の地。本国に帰るどころか通信すら途絶している状況です。我々は言うなれば流浪の民と化しているのですよ」
そこを踏まえて、ここはエルフに恩を売って寄港地を得るのは補給の点でも隊員たちの精神衛生的にもプラスになります、と御前崎はもっともらしく語る。
「我々の目標は海賊退治ではありますがね、それ以前に帰還の方法を探ること。さらにその上に生存という最大目標があるのです」
「確かに、御前崎船長の言うことは否定できないな……」
「帰還方法の調査をするにしても、現地の住人達と友好的な関係を築いておくに越したことはありません」
船越からはもう反対の意見は出なかった。
「非常事態には柔軟に対応する必要がある。御前崎船長の提案に乗ろう。……だが、友好的な関係と言っても、相手の情報がなければ手の打ちようがないぞ?」
「そこはそれ。調査の人員を相手に貼り付けておけば良いのです。おい、神栖」
十数メートルは離れているが、呼びかけられた神栖は海風に攫われたはずの声も聞き取ったらしく、すぐに立ち上がった。
「呼びました?」
「おう、呼んだとも」
にやりと笑う御前崎に神栖は嫌な予感しかしなかったが、命令とあれば従わざるを得ない。
「お前と酒田を、エルフたちとの折衝担当に任命する。任務は彼女たちと友好的な関係を築き、たった今押し付けた恩と今から作る恩の値段を最大限に釣り上げることだ」
「言い方があくどすぎる」
要するに、先ほど海賊から助けたこと、そしてこれから港まで護衛することの見返りをたっぷりとせしめるようにというのだ。
本格的に海賊と変わらないじゃないかと思いながら、神栖は拝命する。
「ついでに、この世界の情報についても見て聞いて、全て私に報告するように」
「了解です。武装は……」
「拳銃と警棒だけにしとけ」
エルフたちに警戒させるわけにもいかないからだと説明される。
「自衛隊からも人を出してもらえますかね。こっちを通すより、直接部下から報告が入った方がやりやすいでしょう?」
「そうだな。そういうことであれば……」
船越はちらりと神栖の顔を見た。
「こちらからも二人、隊員を出そう。海上保安庁との合同作戦として、うちのと仲良くたのむよ」
「はっ! よろしくお願いいたします!」
自衛隊よろしく敬礼した神栖に、船越は苦笑いを見せる。神栖の経歴は良く知っているが、今の彼は海上保安官だ。
「敬礼は不要だよ。安心してくれ、気心の知れた付き合いやすいのを寄越すから」
「気心……あの、船越艦長……?」
神栖にとって、思い当たる人物が丁度二人いる。
「さて、先方を待たせすぎるのも良くないな。そろそろ戻るからお前も話し合いに加われ」
御前崎に押されるようにクリューの前へと引き出された神栖に、クリューは花が咲くような笑顔を見せた。
「カミスさん!」
心なしか、頬がほんのり赤く染まっているようにも見える。
「えーっと……」
「護衛の件、引き受けましょう。港まではあたしの船で曳航しますし、あの艦がしっかりと海賊たちから守ってくれます」
おおっ、とエルフたちから歓声が上がった。
御前崎が指差した護衛艦は、彼らの帆船に比して数倍のサイズがあり、先ほどの戦闘でも轟音を上げた射撃が海賊たちを文字通り粉砕したのを目の当たりにしているのだ。期待と信頼はこの上ない。
「連絡役としてこの神栖と、そこにいる酒田を。あと二人あの艦の乗組員をこの船に置かせてもらえますか」
クリューは神栖の名を聞いて喜びの表情を見せたが、周りのエルフたちに一度相談してから了承した。
「それでは、よろしくお願いいたします。謝礼については、帰港後に父を交えての話となりますが、食糧や水の補給についてはご安心ください」
ひとまずはその条件で問題は無いということになり、神栖と酒田を残して御前崎たちは自分の船へと戻った。
すぐに航の準備に取り掛かり始めた調査船の船員たちが慌ただしく両船を行き来する中、クリューは神栖の前に立ち、右足を引いた独特の礼を見せた。
「改めて感謝を。カミスさん、あなたのお蔭で多くの同胞が命を救われました」
「もう充分だよ。俺たちの仕事は海賊退治だから。それより、これからよろしく。どれくらいの日数になるかわからないけれど、お世話になります」
「はい。幸い食糧は無事ですし、わたしたちの郷土料理をご用意しますね」
でも、とクリューは甲板を振り返った。
そこには、先ほどの戦闘で犠牲になったエルフたちの亡骸が横たわっており、生き残った者たちが彼らの両腕を――残っていればだが――組み合わせている。
「出発前に、彼らを弔う時間を頂けますか?」
「もちろん……その場に、俺たちも立ち会っていいかな」
「はい……はい、もちろんです。同胞を助けてくれた人たちなんですから、きっと彼らも喜んでくれると思います」
そう思ってくれるなら、救いがある。
神栖は酒田を呼び、状況を御前崎船長に伝えるように言うと、再びエルフたちの遺体へと向き直り、両手を合わせた。
「それは……。ありがとうございます」
目を閉じた神栖の表情を見て弔いの行動だと気付いたクリューは、小さく礼を言った。
☆
クリューから葬儀の内容を聞いた神栖は、全ての衣服を脱がされ、丁寧に血を拭われた遺体が順番に海へと落とされていくのをじっと見ていた。
自分たちを大いなる自然の一部だと考えているエルフたちは、死ねばその肉体を大地へと返すらしい。本来ならば大地に埋葬するのだが、航海中であれば海へと返す。
その際に不純物は全て外すのが慣例であるらしい。
陸に戻れば別の方法で改めて弔うそうだが、とにかく肉体を自然へと返すことを最優先するのだという。
まだ荒れたままの甲板の上、神妙な面持ちで儀式を執り行うエルフたちの様子を、神栖の他に酒田ともう二人の日本人が見ている。
一人は平瀬あすかという女性自衛隊員で、ショートボブで切りそろえた黒髪を潮風に揺らしながら、真剣に儀式を見ている。
弔いの気持ちはもちろんあるだろうし、同時に情報収集の任務を果たそうとしているのも神栖にはわかる。彼女が生真面目な性格で、命じられたことはしっかりとこなすのをしっているのだ。
きりっとした視線が、不意に神栖の方へと動き、目が合った。
「……なに?」
声は少し不機嫌で、心なしか怒りのような色も混じる。
理由はわかっているが、神栖は誤魔化した。
「いや、平瀬のことじゃなくてな……」
平瀬の向こう側、彼女より頭一つ背が高い自衛官の男性が立っている。
見た目は涼やかな若手士官という雰囲気であり、短くカットした髪を七三分けにした風貌は、やや神経質にも見える。
その彼が、大粒の涙をぽろぽろと流しながらしゃくりをあげているのだから、まったくイメージを破壊している。
「うう~っ……!」
「ちょっと、大湊さん。みっともないですよ」
「しかしだな、平瀬くん……! 仲間を、そして若き船長を守って死んだ、彼らの尊い犠牲を思うと、こう、こみ上げるものがないかね……!」
大湊と呼ばれた自衛官は、神栖と同期だった。
自衛隊を辞めて海上保安庁へと移ると言いだした神栖に、他の自衛隊員は冷たかった。しかし、大湊だけは彼の新しい挑戦を歓迎し、背中を押したのだ。
退官の日、大湊は今と同じように泣いていた。
そして、平瀬は最後までにこりともしなかった。
「まあ、気持ちはわかるッス」
酒田が同意すると、びしょびしょに濡れたハンカチを絞った大湊は「わかってくれるか。君は良い男だな」と評し、再び泣き始めた。
「大湊は、変わってないな」
「あんたも変わっていないんでしょう? 聞いたわ。自分勝手に行動して戦闘に飛び込んだ挙句、問題を大きくしたって」
「誰から聞いたか知らないが、それは……」
「事実ッスね」
酒田は味方ではないらしい。
「私たちは組織なのだから、一人が問題を起こすと周りが迷惑するって何度も言ったはずよ。あんた一人の為に、みんなを危険に巻きこまないで」
トゲしかない言葉。
「落ち着け。俺だって考え無しに行動したわけじゃない。この状況でまずは食糧を確保することが最優先であることは間違いない。この世界のものが食えるかどうかは重要だぞ?」
腕を組み、鼻息荒く反論するのを、酒田は笑い、平瀬は冷たい視線で聞いていた。
「この世界のマグロ……っぽい魚を捕まえたから、特別にお前にも刺身を食わせてやろう」
「うぇ!? あれ捕まえたんスか!?」
「ついさっき、海に浮いているのを確保した。見た目は無傷だったぞ」
どうやら砲弾を受けた時に、その衝撃で気絶したらしい。
「曳航の準備をしている間に、しっかり血抜きして三枚に下ろしておいた。船長の許可も貰ったから、一番乗りで食えるぞ」
渾身のドヤ顔を見せた神栖に、呆れる平瀬とは対象的に大湊が反応する。
「それは私も同席して良いのかね?」
「もちろんだ。醤油もしっかり持ち込んでいるぞ」
「では、私からはワサビを提供しよう。貴重品だから、大事に使ってくれたまえよ?」
「おお、そいつは助かる!」
亡き戦士たちを送るのだから、と大湊はエルフたちも誘うことを提案し、神栖はもちろんだと引き受けた。
「暢気なものね」
「こんな状況ッスからね。緊張しっぱなしより、ずっといいッス」
ため息交じりの平瀬に、酒田は宥めるように笑った。
しばらくはこの四人でエルフと船上での共同生活となるのだ。仲良くなれるきっかけになるなら、それに越したことはないと思ったらしい。
だが、現実はそううまくはいかない。
「あの、その……お気持ちは嬉しいですし、カミスさんたちの国では普通だと思うんですが……」
エルフたちには非加熱の物を食べる習慣は無いらしく、刺身をみたクリューから冷や汗混じりで慎重に慎重に言葉を選ぶようにして断られてしまい、神栖と大湊は沈み、平瀬はまた溜息を吐き、酒田はゲラゲラと笑い転げた。
エルフの港までの数日間の航海は、小さな溝を作って始まった。
ありがとうございました。