3.船長と艦長
よろしくお願いします。
「要救助船舶、船名不詳、距離1マイル」
「周りの船に構うこたぁない! とにかく要救助船に近付けな!」
調査船“昇洋”船長である御前崎の指示は、隊員たちにしっかりと届いていた。隊員たちは尚状況が飲み込めない。だが、その中で平静な顔をしていたのは、留萌だけだ。
「酒田さんから連絡です。神栖隊員が要救助船に乗り込んだそうで」
「なんだって? どうやって登ったんだか」
海上保安官が海賊船に乗り込むことは珍しくない。同時に、要救助対象とみられる船に乗り込むこともある。既に海賊が乗りこんでいると思われる場合は尚更だ。
通常は梯子などをかけて乗り移るのだが、高速ゴムボートにはそんな装備は載っていない。ゴムボートと帆船ではかなり高さに差がある。普通なら帆船の側面を攀じ登るなどという芸当は不可能だが、御前崎は「神栖だから」と無理矢理納得した。
大まかな状況は掴めたと判断した御前崎は、ゴムボートに一旦の帰船を命じた。直ちに酒田とゴムボートが船に揚州され、報告を受けてすぐに攻撃を指示する。
「射撃部署配置につけ!要救に当てるんじゃないよ! 周りの船だけ! 船の腹に穴を空けてやんな!」
号令を受け、FCS、――火気管制システム――が、13mm多銃身機関銃にリンクされ、データを送る。目標良しの声を聞きつつ、続けて、僚船である護衛艦あさかぜへと無線を繋ぐように留萌に伝えたが、その前に先方から着信が届いた。
『突出しすぎだ! 戦場に自分から突っ込むとは!』
焦りと怒りが入り混じった船越艦長の声が飛び出してきた無線機を耳から離し、一通りのお小言を聞き流した御前崎は、不敵な笑みを浮かべていた。
「いやいや、部下が危機に陥っているのを助けるのは、当然のことだろうさ。それより、こっち一隻じゃ荷が勝ち過ぎるんでね、援護射撃をお願いしたい」
『無茶苦茶だ! こんな場所で非正規戦をやらかすなんて!』
「何をおっしゃるやら」
無線機のマイクを手にしたまま、御前崎は芝居がかった動きで立ち上がると、護衛艦がある右後方へと振り返った。
強化ガラスを通してギリギリ端に見える船影に向けて、見えていないのを覚悟で芝居のように大きく手を振る。
「おたくら自衛隊は知らないかも知れないが、あたしたちは海の上でいつも、こうやって海賊と命のやり取りをしてきたんだよ。仲間を救う。海賊をぶちのめして捕まえる。たまには海に沈んでもらうこともある」
艦橋にいる船員たちの視線が集まっている。
「海の上で戦うってのは、そういうことだよ。まさか、知らないなんて言わないだろうね?」
『……言われずとも、わかっている。ただ危険なやり方だと思っただけだ。要救助者の状況を逐一こちらにも連絡してくれ。まずは指定された船以外の艦船に威嚇射撃を行う』
「おや、意外と話がわかるじゃないか、船越艦長」
『茶化すな。状況完了後、少し話がある』
「いいとも。勝利の酒も用意しておいてもらいたいね」
酒など積んでいるわけないだろう、と言い残して船越からの通信は途切れた。
それから数拍を置いて護衛艦からも援護射撃が始まり、海賊船の周囲に大きな水柱が立つ。
「流石に、火力が違うねぇ」
調査船に装備されているものは13mmの多銃身機関銃と同口径の単銃身機関銃程度の物で、後は小銃や拳銃といった個人携行火器程度のものだ。
それに比して、海上自衛隊の護衛艦であるあさかぜの装備は127mm単装速射砲、20mm機関砲、ハープーンやアスロックなどのミサイル兵装もある。
単純に船のサイズも違うのだが、戦うための装備としては“あさかぜ”の方がずっと優秀なのだ。
ミサイルまで使用する必要が無いと判断したのか、戦力の温存を優先したのか、主砲のみを使っている。まぁ、ミサイルなど発射されれば、500まで距離を詰めている昇洋も無事では済まないが。
やがて威嚇射撃が終了し、海賊船1隻1隻に直接照準が令されたようだ。狙いを正確につけることを優先しているらしく、連射は控え、一発一発を着実に当てていく。
船越艦長の慎重な性格が出ているようで、御前崎はその光景がなんだか微笑ましいものにすら見えている。しかし、初めて現代の兵器を見た相手はどうだろうか。
荒々しくうねる波の音すらささやき声に感じるほどの騒音と、凶悪な威力。
攻撃というより暴力そのものを具現化したかのような弾丸たちは、文字通り海賊たちを蹂躙していく。
「羨ましい」
と御前崎は感じなくもない。
彼女たちが日常的に相手どる海賊たちは、もちろん軍隊のような装備は持っていない。それでも、銃撃戦になることは珍しくないし、マシンガンを持ったゴロツキを相手にすることだってある。
強力な装備がもっとあれば、と思うのは無理からぬことなのだ。
しかし、御前崎たちは海上保安官である。
船越に向けては啖呵を切ったが、要するに海のおまわりさんであり、悪い奴を倒すのが目的では無い。
捕まえて、法の裁きに任せるのが仕事なのだ。
「そうさ。あたしたちは海賊を“捕まえる”ためにいるんだ。離れてドンパチなんて、やってられないよ」
「船長。神栖隊員から入電です。要救助船に侵入していた海賊は全て撃退し、複数人を逮捕したとのことです」
振り向いた留萌が「神栖隊員は回収を希望しているとのことです」と続けると、御前崎は「駄目だ」と答えた。
「そのまま要救助者の警護を命じる。周囲の安全が確保できるまで、誰も死なせるなと伝えて」
「了解です」
無線の向こうで神栖が悲鳴を上げているようだが、留萌は問答無用で無線を打ち切る。
「要救助船の周りはある程度広くなったね?」
「一隻だけ、板状のもので要救助船に接舷しているようです」
双眼鏡を構えていた船員が答えると、御前崎はしてやったりと笑みを見せた。
「無理矢理、割り込んじまいな」
ラムアタックと呼ばれる戦法がある。
船の背骨であり最も頑丈なパーツである竜骨の先端、舳先に頑丈な衝角を取り付け、それを敵の船にぶつけて破壊するというもので、地球でも大砲が発達する前には主流の戦法だった時代がある。
乱暴極まる方法であり、一歩間違えば攻撃側にもダメージがあるのだが、御前崎は躊躇わない。
「さっきの銃撃でどうなったかを見れば、相手の船がどれくらい“脆い”かなんてわかる。気色の悪い海賊船に貼りつかれちゃ、落ち着かないだろう。むりやり引きはがしてやりな」
船長が決断すれば、即座に行動が始まる。
新造艦を任せられるだけの実力がある御前崎が率いる“昇洋”のクルーたちは、それほど高い練度を誇るチームなのだ。
「速い方が威力は上がる! 全速!」
命令は行動となり、船は勢いを増していく。
「衝突します!」
「全員、ショックに備えろ!」
どっかりと椅子に座りなおした御前崎の目の前で、頑強な昇洋の舳先が細い木の渡し板をスナック菓子のように簡単に叩き折っていく。
昇洋の船体が楔のように叩き込まれた格好になり、二つの船がべりべりと引きはがされ始めた頃には、御前崎が再び立ち上がっていた。
「ははぁ。神栖は派手にやったみたいだねぇ」
要救助船の甲板は、御前崎たちがいる艦橋よりも数メートル下にある。
眼下に広がる広い甲板はあちこちに穴が開き、倒れている男たちと寄り添うように固まっている人々。
そして、甲板の大穴に掴まるようにして伏せたまま、笑っている神栖がいた。
「この状況で笑うかね……あっはは!」
戦況の不利を悟ったのか、それとも始めて見る金属の船に驚いたのか、先ほどまで海の上を我が物顔で暴れ回っていた連中はいつの間にかいなくなり、海賊船が次々と海域を離脱していく。
引きはがされた海賊船は、木っ端みじんに破壊されて木片になっている。
幾人かの海賊が海へと飛び込んでいき、幾人かの昇洋クルーが浮き輪を投げて救助という名の確保に動いている。
対して、要救助船には大きな破壊はおきていない。
当ててはいるものの、滑る様に船を沿わせる見事な動きだ。御前崎は称賛を表す為に、操舵手の肩を叩いた。
こうして、海賊と商船の戦いは日本人たちの介入によって急速に収束していく。
散り散りに逃げていく海賊船へと追撃を行うべきかと部下に問われ、御前崎は「必要ない」と否定した。
「追わなくてもいい。今は救助を優先するとしよう。……うん?」
見下ろしていた甲板上、昇洋から投げられたロープを受け取る神栖から視線をずらした御前崎は、何か違和感を覚えて船員から双眼鏡を借りた。
「あー、なるほどね。コスプレってわけじゃないだろうし……これでハッキリしたねぇ」
留萌に依頼して護衛艦長船越に無線を繋いでもらった御前崎は、戦闘の終了を告げると共に、たった今知った事実を伝える。
「ところで、要救助者が人間じゃなくてエルフだった場合の国際法での扱いなんて、艦長どのは御存知だったりしないかね?」
『……はぁ?』
「ふふ、予想通りの反応をありがとう」
直接見た方が早かろうと判断した御前崎は、調査と聞き取りを兼ねて、要救助船の上で待ち合わせといこうと提案した。
☆
「やれやれ……それじゃ、救護の人が来るまで待っていて。怪我人の治療を優先するから、船の中で怪我している人がいたら全員甲板に出ておいて」
戦闘が終了し、トガンスをはじめとした戦場に残っている海賊たちを片っ端から捕縛した神栖は、お役御免とばかりに昇洋から降ろされた縄梯子を掴んで昇り始めた。
エルフの船員の一人が声をかけようとするが、神栖は敢えて顔を背ける。
「ごめん、ごめん。勝手に現地の人と沢山話すと、怖い上司に怒られてしまうんだわ」
悪い悪いと言いながらスルスルと梯子を上った神栖を、その怖い上官が出迎えた。
「大活躍だったみたいだねぇ、神栖くん」
「お、御前崎船長……。その、複数の救助対象が下にいます。捕縛した海賊もいまして……」
「それがお前の“釣果”だと言うつもりかい?」
「あっ!」
釣果を持ち帰らないとトイレ掃除が待っているとの無線を思い出した神栖は、助けを求めるように視線を泳がせ、御前崎の後ろで小さくなっている酒田を見つけたが、無情にも視線は合わせてくれなかった。
「あ、あの。自分まだ昇り切っていないので、このままだと落ちてしまいますんで……」
「五月蠅い。半日だってロープにぶら下がっていられる癖に」
昇りかけた梯子を掴んだまま愛想笑いで見上げる神栖を、御前崎の鋭い視線が見下ろす。
「要救助者を置いてくるとはね」
「いやいや、すでに救護要員は向かっていますし……」
「危険な海賊も甲板に残したままなんだろう? それも、妙な特技を持った連中もいるようだというのに」
ツッコミを喰らって、神栖は自分の失敗に気付いた。
これが普通の人間なら、手錠をかけて転がしておけばまず問題ないが、ここは地球では無く、海賊もただの人間ばかりでは無い。
少なくとも、トガンスに関しては両足を固定していてもまた“飛び去って”しまうかも知れないし、最悪は要救助者に向かって落ちるかも知れないのだ。
「気付いたかい? 一番近くで見ていたんだから、もっと早く気が付くべきだったし、行動するべきだったねぇ」
言うが早いか、御前崎の身体がふわりと浮かび、神栖の肩に飛び乗った。
「えっ、ちょっ!?」
突然の凶行に思わず手を離してしまった神栖は、そのまま地球と同程度の重力に引かれて甲板へと落ちていく。
「この、鬼ババア!」
自分自身はしっかりと縄梯子にとりついた御前崎は、悪態を吐く神栖へ満面の笑みを向けた。
「充分元気が残っているじゃないか。先に下りて待ってな」
下りるというより落ちると言った方が正確だったが、それでも神栖はしっかりと甲板に着地して見せた。
ドガンと甲板の板を再び叩き割ることになったが、その分船は大きく揺れずに済んだ。
どちらかと言えば、船よりもクリューたちエルフを動揺させることになる。
「あの高さから落ちて無事だと? ば、化物か……」
「さっきは、あの海賊ともっと高い場所から落ちてきてなかったか?」
「奴ら、一体何者だ? 恐ろしい……」
クリューを守るように固まっていたエルフたちの目には、先ほどまでの戦いで護ってもらった感謝の気持ち以上に、何か恐ろしい者たちから新たに侵略を受けているかのような表情を見せていた。
強大な力で海賊をあっさりと撃退した神栖を蹴り落とし、悠々と下りてきた御前崎の姿は、彼らエルフの目にどう映っただろうか。
「さて。エルフの諸君。いや、正確には商会の皆さんだったね。代表者はどなたかな?」
質問に続けて自己紹介をしようとした御前崎の前で、クリューを後方へと下がらせたエルフたちは、両手をついて平服していた。
「あなたほどの強大な“海賊”に、抵抗するつもりは毛頭ありません! 私たちの命はご自由にしていただいて構いませんから、どうかクリューお嬢様だけは無事に……!」
「……はあ?」
「ぶはっ! ……くくっ、御前崎船長、海賊と間違えられてる……」
耐え切れずに噴き出した神栖に釣られて酒田も噴き出し、御前崎は顔を赤くして肩を震わせていた。
「……どうなっとるんだ、これは」
遅れて甲板へと到着した船越艦長の問いに、同行の自衛隊員は答えを出せずに首をかしげるばかりだった。
ありがとうございました。
次話は本日18時掲載ですので、良かったらどうぞ。