27.警戒
よろしくお願いします。
「……はい、わかりました。では警戒を続けます」
艦内の連絡網で接近する“目標”が単独で海上を飛行している生身の人間であると知った平瀬は、通信を切ってからすぐに同僚たちに内容を伝えた。
「またかよ。変な連中ばっかりだな、ここは」
「文句言っている暇があるなら、個人携行装備でも点検しなさい」
この場にいた自衛官は10名。
少ないが、全員が徒手格闘を得意とし、陸上自衛隊なら格闘徽章を持っているような連中だ。しかし、基本的には船乗りであり、直接戦闘には不満げだ。
「しっかし、もっとこう艦砲射撃とかバンバンやるような戦闘はないのか。陸に上がって打ち合いなんて陸自じゃあるまいし」
航空自衛隊も同様だが、敵と直接銃撃戦をやることはほとんど想定しておらず、そういう陸自の部隊を“運ぶ”ことは考えていても、船上での戦闘など本当の非常事態でしかない。
先日、神栖たちをヘリで運んだような運用はあっても、自分たちが乗りこむようなことはほとんど無いのだ。
「ブツブツ文句言ってないで、全員チームに分かれて艦内の警備よ。私は海保の人たちと回るから、よろしく」
「隔壁下りてるよな?」
「戦闘配備だからなぁ。面倒だよな」
「さっさと行く!」
平瀬に怒鳴られながらもリラックスした様子で拳銃をチェックし、軽い足取りで任務に向かうあたりは彼らもプロなのだろう。
愚痴のように言っていたが、戦闘配備命令が下ると艦内の各所にある隔壁が閉鎖されて行動できる範囲が制限されることを確認しているだけなのだ。
「いいメンバーだな」
「もう少し真面目にやって欲しいんだけれど」
少し離れて酒田と共にやりとりを聞いていた神栖が笑うと、平瀬はため息交じりに帰した。
「変に緊張しているより良い。それより、俺たちはどうすればいい?」
「前方甲板に行くわよ」
護衛艦あさかぜの甲板は広い。
ヘリ甲板がある後方甲板の方が遮蔽物が少なく広々としているが、実質面積では前方後方で甲板の広さに大した差は無いのだが、潮風が撫でていく中に前方から順に『ミサイル発射機』、『73式54口径5インチ単装速射砲』、『74式アスロック・ランチャー』がオブジェのように並んでいるせいで狭く感じる。
相手が艦船ならばこれらが役に立つのだが、対人兵器として使えるようなものではない。
「快晴ね」
とても戦いが待っているような天候には見えないと平瀬は言う。
「のんびり甲板で日光浴でもしていたいくらい」
「そうだなぁ。これだけ天気が良いと、泳ぐのも気持ちよさそうだ」
「バーベキューとかやりたいッスねぇ」
午前中、太陽はまだ2つしか顔を出していないが、それでも充分な日差しがグレーの艦体をじりじりと焼いている。
「泳ぐのはちょっと……」
異世界の海には何が居るかわからない、と平瀬は神栖の言葉に同意をしなかった。
少なくともエルフたちには海水浴の習慣は無いようで、泳げる者も少ない。近海でも安全かどうかは不明だった。
「海中の調査をしたときに何か居たって話は聞かなかったけどな。でも、海の幸は結構イケるってのは確認できただろ?」
「それとこれとは話が別よ」
実際、神栖がマグロっぽいのを捕まえて実食した結果、人体には影響がない可能性が高いとされ、とりあえず胃が丈夫そうな連中から実験として現地の生物を食べることは始まっていた。
もちろん毒の検査は行っているので遅々として可食指定されたものは少ないが、魚介類に関しては妙に進んでいた。
神栖が釣って、勝手に食べているからだ。
「その内毒にやられて死ぬわよ」
「意外と見分けつくんだぞ?」
話しながらではあるが、二人とも周囲をしっかりとクリアリングしながら歩いている。
少し下がって付いて来ている酒田も、後方を確認しつつ二人のフォローに回っていた。
「護衛艦、久しぶりに乗ったッスよ」
「暇だった記憶しかないけどな」
左舷側から甲板に出た三名は、アスロックの大きな箱を横目にゆっくりと艦首へ向けて歩いていく。
「特警(特別警備隊:SBU)の隊員はワッチ外だもの」
海上自衛隊も海上保安庁も、船上での活動は24時間体制になっているので、通常は3交代、非常時は2交代となる。
基本は自分たちの担当部署か自室にいるのだが、平瀬を始めとした現在警備に駆り出されている者たちも、普段は別の部署について火器管制や通信の役割を担っている。
SBUは普段から乗船している隊員とは違い、任務に応じて乗船する艦も人数も変わってしまうので、基本的に艦内での通常業務は存在しない。
では、戦闘時以外は何をやっているかと言うと、訓練しているか待機している。いつでも戦闘に参加できるように準備をしておくのが仕事なのだ。
時には今のように艦内の警備任務を行うこともあるので、神栖も酒田もある程度は慣れている。
「でも、初めての艦だと迷うッスね」
「同型艦でも構造が違ったりするからね。私も配属変わってから必死で艦内の構造憶えたし」
元々は地上勤務だった平瀬は、志願の結果ようやく艦内勤務に移れたらしい。女性の乗艦が増えたとはいえ、設備的な面でも対応が間に合っていない艦も多いのだ。
「通信のマークがあっても、枠が限られるのもあるけれど」
「海上勤務の方が給料良いからなぁ」
「そういう理由じゃないわよ! ……私だって、あんたと同じように戦えるって証明したかったのよ」
後半は小声だったが、神栖にはちゃんと聞こえていた。
「わかってるよ。頼りにしてる」
この二人はどうして付き合っていないのだろうと酒田は首をかしげるが、口を挟んだところで怒られそうだと口をつぐんだ。
「あっ、うちのUAVッスね」
酒田が見上げた先には、小型の飛行機そのもののシルエットをしたUAVが飛行しており、彼らの目の前で大きく弧を描いて旋回していた。
「……あれって、要するに“対象がここにいる”って意味じゃないか?」
「海上にいるって話だったでしょう?」
それなら海の上にいるはず、と平瀬が海面を覗き込んだ瞬間だった。
「……あえ?」
海賊と、目が合った。
ありがとうございました。