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23.唯一無二

よろしくお願いします。

「どういうことだ?」

 御前崎が現地に到着して開口一番そう口にしたのは、酒田から報告を受けてのことだ。

「たしかに大湊隊員の誘拐から時間は立っているが、帆船でそこまで遠くに逃げられるとは思えんが……魔法か」

 クリューのように風を操り帆船を動かせるような魔法もあることを思い出した。


「船長、すぐに追いかけましょう!」

 神栖が大声で進言したが、許可は下りなかった。

「港の近海だからまだよかったが、GPSも衛星も無い状態で外洋に出たらこっちが迷子になる可能性だってある」

 海図はバリヤード氏から借りることができたとしても、海図を読めるかどうかは別問題だ。


「大湊を救助したい気持ちはわたしも同じだ」

「……失礼しました。ですが、レーダーを使って近隣の陸地を参照しながらであれば、どうにかなるのでは?」

「そう簡単な話でも無い」

 バリヤード氏が持つ海図そのものがどの程度正確なのかが不明であるのも問題ではあるが、データが無いせいで星の位置などを参照することもできない状況では、即座に現在位置が不明になってしまう。


「おまけに、ここは地球に比べても陸地が驚くほど少ないらしくてな」

 海保が測量している最中に周囲を監視するために高速ゴムボートで巡回していた海上自衛隊の隊員たちが、あっという間に陸地を見失って信号弾を使って救助を要請したという出来事もあった。

「お前が言う“沿岸の地形を頼りにする”大航海時代のような位置確認方法は取れない」


 御前崎の説明に、神栖は首を傾げた。

「それじゃ、クリューさん達はどうやって航海を?」

「そりゃあお前、こっちの人たちは星図を持っているか暗記しているんだろうよ。星の位置を見て現在地を確認する方法は、こっちでもメジャーなやり方らしいからな」

 ならば話は簡単なのではないだろうか。

 神栖がそう考えたのを察したのだろう。御前崎は先回りして答える。


「エルフの誰かに依頼すればいいと思っているんだろう? わたしだってそれは考えたさ。でもなぁ」

「何か問題でも?」

「……そのクリューさんしか、星図と海図を照らし合わせる技術を持っていないらしい」

「えぇ……」


 多数の海賊を捉えてエルフの港町に戻ってきた神栖たちを最前列で出迎えたクリューは、父親であるバリヤードと共に追跡計画を聞いて、即座に同行を希望した。

 それにまず反対したのはバリヤードだった

「だめだ! 相手はあのスパンカー海賊団なのだぞ。ジエイタイが負けるとは言わないが、戦闘に巻き込まれでもしたら……」


 議場にはバリヤード親子他、神栖と御前崎、そして船越がいた。

 他の者たちは捕らえた海賊たちをこう留するための場所を作ったり連行したりと忙しい。

 大規模な拘留施設など存在しないので、倉庫などを臨時に利用してまとめて放り込み、番を立てるという方式でやっている。

 警察組織としての兵も数が大していないので、村から一時的に避難してきているガフたちや、自衛官も手伝いに参加している。


「でも、このまま見過ごすわけにはいかないじゃない!」

「それは、その通りだが……」

 ここで非情に徹することができないあたりが、バリヤード氏の性根の優しさがあるのだろう。娘に弱いだけかも知れないが。

 親子の会話を聞いていた神栖は、引っかかっていた疑問に答えが出たことに頷いていた。


 そして、つい口に出してしまったのが運の尽き。

「クリューは商会長の娘だからってわけじゃなくて、実力があるから船長だったんだなぁ……あれ?」

 気付けば、バリヤード親子の視線が神栖を射止めていた。

 ニヤリと笑った……というよりはドヤ顔というべきか。顔だちはそうでもないのに、表情が揃うとよく似ている。


「カミスくん、わかっているじゃないか! クリューは魔法の才能を持っているという点でも恐らくこの世界最高の娘であるのは間違いないのだが、とっても努力家さんでもあるのだよ!」

 しまった、と神栖が気付いた時には遅かった。

「我が国には大した資料が無かったのだが、娘のたっての希望で私が技術資料を掻き集めたのを見事に吸収し、我が国随一の水先案内人となったのだよ!」


「は、はぁ……」

「ふふん♪」

 どうやらエルフたちは謙虚を美徳とする習慣は無いらしく、クリュー本人も誇らしげに胸を張っていた。

「夜通し書物を読み、小舟から初めて操船を習得した娘の努力たるや……!」


「泣いてる?」

 感涙にむせび泣くバリヤードに、クリューも涙ぐんで「お父さん……!」と父の肩を握りしめている。

「おい、神栖よ。どうにかしろ、この状況」

「どうするって言われても……」

 珍しい困惑顔の御前崎に指示され、神栖はとりあえず娘自慢の嵐が過ぎるのを待つことにする。


「そう、俺は時期を待つこともできる男なのだ」

「一人で何言ってんだお前は」

 御前崎に突っ込まれながらちらりと視線を向けると、船越も腕組をしたままじっと耐えているらしい。

「……わかります」

 いや、耐えているわけではないらしい。


「私にも娘がおりまして、父親の私が頭を下げたくなるくらいに頑張って勉強しておりましてね……私と同じような自衛官になりたいと言って、勉強だけではなく運動も頑張っていましてね」

「おお、素晴らしい! いや、勉強漬けでは心配になりますが、クリューは友達も多くて、性格も良く育ってくれたのですよ!」


 娘自慢の応酬が始まった。

「神栖……」

「いや、どうしようもないでしょ、これは」

「カミスくん、聞いているかね? つまりこの国で外洋を航行しようと思うのであればクリュー以外に適任は存在しないということなのだ。唯一だよ、唯一!」


 強制的に巻き込まれた。

「だとしたら、猶更クリューさんに頼まないといけなくなるわけですが」

「……あ」

 墓穴を掘ったバリヤードがクリューを見た。

「大丈夫よ、お父さん。きっと神栖さんが守ってくれるから。……それに、やっとわたしが日本の人たちの役に立てる機会なのよ?」


「ぐぬぬ……!」

 娘を危険な場所に送りたくない気持ちと、このままスパンカー海賊団を自由にしていてはいつ町が襲われるかわからないという危機感がせめぎ合っているのだろう。

 口から血を流すんじゃないかという勢いで悩みに悩んだ末に、バリヤードは立ち上がった。

「カミスくん!」


「は、はい」

 つられて立ち上がった神栖に、バリヤードは速足で近づいて両肩をがっちりと掴む。

「何があっても、クリューを無事に! 怪我一つ負わせずに! 私の下へ連れ帰ってくると誓ってくれないか!」

 そうすれば決心もつく、と神栖に対してはそれだけの信頼を寄せてくれているのだろう。


 クリューも期待するような視線を向けており、御前崎はニヤニヤと神栖の反応を楽しんでいる。

 船越は頷いていた。

「……わかりました。クリューさん、よろしくお願いします」

「はいっ! お任せください!」


 神栖の腕をしっかりと握りしめたクリューの笑顔に、バリヤードはさらに握力をアップさせる。

「娘との交際と認めるとか、そういう意味ではないので、くれぐれもそのあたりはご留意いただきたい」

「……もちろんです」


 クリューが擦り傷でも負おうものなら殺されてしまいかねない迫力だった。

「では決まりだ。クリューさん、申し訳ないがわたしの船に乗ってくれないか。操船についてある程度説明するので、航海計画を立てよう」

「いいんですか!?」

「もちろんだ。護衛艦は流石に問題だが、測量船なら問題無いとも」


 本当は問題ないわけが無いのだが、御前崎はさわりだけ教えてクリューを自分の監視下に置いておきたいのだろう。

 安全確保の面でも、艦橋は都合が良い。

「大湊、すぐに行くからな」

 一度は空振りしたが、今度こそ見つける。

 神栖は御前崎の出動準備命令に鋭く応答した。

ありがとうございました。

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