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20.尋問?

また遅れてしまいました。

すみません。

「あの……留萌さん? なんで俺までここに?」

「大の男を尋問するのに、か弱い女性を一人にするのは危険だと思いませんか?」

「自分で言うかね……なんでもないです」

 リフトが指定した場所には、確かに傷を負った海賊が縛り上げられた状態で転がされていた。

 うめき声を上げておもちゃのようにくにゃくにゃ動いている男を、臨時の尋問室となったここへ運んできたのは神栖だ。


 その神栖は、留萌の“希望”により尋問に立ちあうことになっていた。階級で言えば神栖の方がいくつか上なのだが、断ったところで今度は(御前崎)から命令と言う形に変わるだけなのだから意味が無い。

 万が一にも海賊が暴れ出した時に危険だと言うのもわかる。

 だが、もう一人留萌のお願いを聞く人物がいる。


「お待たせしました! 道具をお持ちしました!」

「ありがとうございます。あとは御前崎船長の警備についてください。|ワッチ(勤務時間割)はすでに崩れてしまっているので、休息が必要な場合は船長と相談をお願いします」

「わかりました!」

 ノックもそこそこに鞄を抱えて部屋へと入ってきたのは、酒田だった。

 酒田も一階級ではあるが留萌の上司になるはずだが。やりとりを見る限りは逆にしか見えない。


「お、おい。酒田」

「先輩、頑張ってくださいね! では、失礼します!」

 一刻も早く立ち去りたいとでも言いたげに、酒田は椅子に縛り付けられた海賊を一瞥して、青い顔をして部屋を出て行った。

「無視かよ」


 酒田が怖がるのもわからないでもない。

 回収された海賊は、両手両足をそれぞれ離して椅子の各所に繋がれていた。

 手錠を使わないのは、以前に隠し持っていた針金で開錠された経験が有り、ナイフなどを取り出したりできないようにするためであり、気を付けの姿勢を取らせて手が良く見えるようにする意味もあるという。


「これが何かわかりますか?」

「ご、拷問するつもりか……」

 海賊の意識は回復している。

 簡単ではあるが応急処置が施された腕には包帯が巻かれている。骨にもダメージがあるように思われるが、留萌は一切気にせずに縛り上げた。


 腕の痛みか恐怖によるものか、海賊はびっしょりと汗をかいている。

「無駄なことだ。プレース船長もスパンカー団長も、裏切り者をゆるさねぇ。どうせ殺されるんだ。海賊の誇りにかけて……」

「そういうのはいりません。私が欲しい情報以外は口を開く必要すらありません。それに、私たちの国では、被疑者に対する拷問は許されていません」


 怪我をした腕をロープで縛り上げるのは拷問では無いのか、と海賊がわめいたが、留萌は無視して自分の言葉を続ける。

「ただ、許されていることがあります。治療行為です」

 留萌は海賊の顎を掬うように残ったロープをかけると、神栖に依頼して天井の梁へと引っかけた。


 一見すると首を吊るような格好だが、頭部を固定しただけだ。

 その状態で留萌が背後に回ったものだから、海賊の視界には神栖と小部屋の壁だけが見えている状態になり、後ろを振り向くことはできない。

「治療行為……この内容について、明確な基準は実際存在しません。なぜなら、現場での判断によって必要な処置を行うことを訓練されており、行動の制限は負傷者の死に繋がるからです」


 酒田が運んできたバッグを開き、カチャカチャと金属音だけが聞こえ、海賊の不安は否応なく掻き立てられる。

「ですので、今から私はあなたを“治療”します。とはいえ、私は医師ではありません。救命の訓練を受けた単なる一海上保安官にすぎませんので、外部からでは治療が必要な部分がわかりません」


 ですから、と言いながら、留萌は小さなナイフを海賊の視界の端で揺らした。

「あちこちを切り開いたり、叩いたり、取り外したりしてみなければ、悪い場所がわからなのです。少々痛い思いをするかとは思いますが、まあ海賊の誇りとやらで我慢してください」

「ひぃぃ……」

 引きつった悲鳴が小さく漏れたが、言葉は続く。


「お名前は?」

 第一の質問。

 海賊は口を引き結んで沈黙していたが、留萌は気にも留めていないかのように、背後から質問を続ける。

「名前は無いのですか? 途上国ではそういうこともあると聞いていますが……あだ名でも構いませんよ」


 それでも海賊が黙っている。

「これは尋問ではありません。治療です。その記録としてあなたの名前を聞いておきたいのです。それとも、海賊は名前も名乗れないほど臆病なのですか?」

「……ドムだ」

 どうやら海賊としての矜持だけは保ちたいらしく、男は自分の名前を口にした。


「ドムさんですね。記録しておきます。では……」

「待て、待ってくれ!」

 再びナイフが視界の端に見えると、ドムは制止の声を上げた。

「俺は話したくないんだ。話せば……」

「どうせ死ぬのであれば、ぜひ私たちの薬になってください」


「……え?」

 留萌はドムの前に進み出てその胸、みぞおち、腹を順番に指でつついた。

「死体からは、心臓や肝臓、腎臓など薬になる臓器が取り出せます。ただし、死んでから取り出しては逆に毒となってしまいますので、生きたまま、縛り上げた状態で丁寧に丁寧に、臓器“には”傷が入らないように摘出するのです」


「い、医者じゃないとさっき……」

「はい。ですから痛くないようにする方法を私は知りません。残念ですが、情報を持っていない、あるいは取り出せないのであれば、薬になってもらうしか先はありません」

 例えば、と再びドムの背後に回った留萌は、小さな手にいくつかのカプセルを載せてドムの目の前に持ってきた。


「中身を取り出し、丁寧に処理した後はこうやってカプセルにします。カプセル、わかりますか?」

 そういって、留萌はカプセルを口に放り込む。

 わけがわからないという表情で涙目になっているドムは、助けを求めるように神栖へと視線を送るが、目をそらされてしまった。

「薬を取り出すとき、痛みに負けて舌を噛んで自害してしまう例もあるのでさるぐつわをします。摘出の時になって話そうとしても遅いですよ」


 しゅる、と絹すれの音がしたかと思うと、ドムの目の前で白い布が留萌の手によってピンと伸ばされた。

「頼む、頼むから、一思いに……」

「だめです。私もお仕事なので仕方がありません」

 ドムはあちこちを見回して、手足に力を入れたが怪我の痛みが走っただけだった。


「海賊の長に殺されるのと、ここで生きたまま内臓を取り出されて、痛みで頭がおかしくなって死ぬのと、どっちが楽でしょうね?」

 ドムの耳元でささやく留萌が、ちらりと神栖へと視線を向けた。

 あまりにさりげない合図で、混乱しているドムには一切気づかれていない。

「……もう一つ、方法がある。聞きたいか?」


 ここで初めて神栖が口を開いた。

 藁にもすがる思いでドムが「も、もちろん」と答えると、留萌の手が止まった。

「あんたが、スパンカー海賊団の居場所を教えてくれるんなら、あんたの身柄はエルフに引き渡す。今後はそっちで裁かれることになるが、少なくともその怖い女の子に身体の中を空っぽにされることはない」


「で、でも……」

「拒否ですね」

「わかったっ! 言う通りにする! 何でも話すから、この嬢ちゃんから助けてくれ!」

 再び留萌の布が近づいてくると、ドムは堰を切ったように話し始めた。

「ここから北東に行った海上に、月の輪状の孤島がある! そこが俺たちのアジトなんだ!」


 だから一刻も早く、ここから別の場所に移してほしいと懇願する。

「……そんじゃ、海図を見ながら詳しく教えてもらおうか」

「うぅ……」

 首にかかっていたロープを外し、椅子ごとドムを持ち上げた神栖。

「お疲れ様」


「後はお任せします」

 留萌は手に持っていた白い布の端を首元にそっと挟み込むと、先ほど酒田が持ってきた自分用のランチパックの前に座った。

 船の調理場で自ら用意したハンバーグ弁当を前にした彼女が両手に持ったのは、先ほどドムに見せたナイフと、小さなフォーク。


「食後のサプリを先に飲んでしまいました」

「問題ないでしょ。それじゃ、ごゆっくり」

 昼食の時間がずれてしまったことに不満を述べながらハンバーグをさっくりと切り分けていく留萌を呆然として見ていたドムは、一言も発せずに大人しく担がれていった。

ありがとうございました。

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