19.攻守の迷い
よろしくお願いします。
馬車に放り込まれていた酒田は、町へ到着する直前に目覚め、食欲など無いが無理矢理にでも食べておけと神栖に言われ、救助した村人たちと共に硬いパンを野菜がゴロゴロ入った薄味のシチューで流しこんでいた。
そこに、船にいるはずの留萌がやってきた。
ついてくるようにと言われ、給仕をしていたエルフに食事の礼を言った酒田が先導されるままにやって来たのが、会議の場だった。
どうして自分がこんなところに呼ばれたのかはわかる。海賊襲撃、大湊拉致に関して日本人唯一の目撃者だからだ。報告の義務が当然ある。
しかし、会議の場は緊張感というにはあまりにも重すぎる、恐ろしいまでに高圧な空気が漂っていた。
「ろくに休息も取れてないところに悪いが、お前に聞きたいことがある」
酒田の入室に気づいた御前崎の言葉は、気遣いを含みつつも尋問のような圧力があった。
「いえ、大丈夫ッス」
会議の場は、バリヤードの商会事務所内だった。
武骨で頑丈な木製のテーブルを囲み、御前崎船長、船越艦長、そしてバリヤード氏。
この三名に加え、バリヤードの隣にはクリューとエルフの兵たちが並び、御前崎の後ろには神栖、船越の背後には平瀬が立っている。
酒田を案内してきた留萌はいつの間にか御前崎の隣に着席し、記録を取るためのタブレットとレコーダーを用意している。
「状況の説明を」
「はい、わかりました」
厳しい表情の船越に促され、酒田は自分が知る限りのことを順序立てて話した。
入隊したころは報告が苦手だったが、繰り返し繰り返し、日誌や報告書を書くうちに慣れた。書き直しは嫌だし、うまく伝わらないと何度も言いなおしで、次第にわけがわからなくなることすらある。
村へ近づいたところで異常に気づいたこと、村内で戦闘中のボーラインとリフトを発見したこと、戦闘に突入せざるを得なかったことを語る。
「……大湊隊員は、村民の安全を確保するために海賊に対し遅滞行動を行い、本官は村民の離脱後退を補助するため、同行いたしました」
文章を書くように1から順番に思い出しながら、修飾をつけず、誰が、何のために、何をして、結果どうなったかを話す。
感情は必要ない。
しかし、感情が無いわけではない。
「……申し訳、ありません、でした……」
酒田は、自分が気付かないうちに泣いていた。
本当に大湊を犠牲にしなければならない状況だったのか、彼には結論を出せない。
「……ご苦労だった」
「酒田。わたしたちはこれからの行動について話をしているところだが、お前が希望するならここに残って会議に加わることを許可する」
船越が労うと、御前崎はそう言って復讐への参加を許した。
「はっ!」
涙を拭い、酒田は当然の選択であると言わんばかりに神栖の隣に立ち、手を後ろに組む。
ちらりと神栖を見上げると、真剣な顔で議場全体を見渡してる。
「……では、話を戻させてもらおう」
一区切りついたと判断したバリヤードが口を開いた。
「まずは、酒田くんに我々の同胞を救ってくれたことに礼を言いたい。ありがとう」
「いえ、そんな……」
だが、と酒田から視線を船越へ戻したバリヤードの表情は硬い。
「今回の件で、スパンカー海賊団が本格的に我が国……おそらくはこの町を狙っているであろうことはハッキリした。あなたがたには、契約に則って町の防衛を行っていただきたい」
「お父さん!?」
クリューが驚いた顔で父の顔を見上げる。
御前崎たち日本人側は、海賊たちの本拠地を捜索するために二隻とも出動させたいと考えていたが、あくまでエルフの庇護下にあり、防衛の契約を結んでいる以上はバリヤードの言うことも正しい。
かといって、どちらか一隻を調査に出すことは危険だと船越は考えていた。
調査船だけでは海賊集団に対応できない可能性があるからだ。
「オオミナトさんが囚われているのに……!」
「クリュー。彼のことは心配だが、海賊団の本拠地を探している間に、この町が……いや、ここだけではない。この国のどこかがまた襲撃されてしまう可能性がある。それはわかるだろう?」
言外に、日本人一人のために多くのエルフを危険に晒すわけにはいかないと言っている。
理解はできても、納得はできないクリューは神栖に水を向けた。
「カミスさん、あの船は沢山の“れーだー”があって、色々なことがすぐにわかるんでしょう? だったら……」
一縷の希望を抱いていたクリューに、神栖は苦虫をかみつぶしたような表情で首を振るしかなかった。
「……監視衛星があれば、まだ可能性はあるのだがな」
船越がつぶやく。
エルフには意味が分からないが、日本人たちには理解ができた。
監視衛星で海上を探索し、海賊船を探して動向を探ることで本拠地を特定する方法もある。あくまで、地球上であればの話だが。
「そんなぁ」
「忸怩たる思いだが、どうもわたしたちは厳しい状況にあるようだ」
協約のせいで、とまでは言わなかったが、御前崎は隊員たちを守るために本拠地を定める協定を作ったことが仇になったと感じていた。
それは船越も同じことだが、だからと言って彼も表には出さない。
「酒田、海賊に生き残りはいるのか? 誰か捕縛したとかなら、情報を聞き出して打開策を取ることも可能なんだが」
御前崎がぐるりと首を巡らせて酒田を見た。
いつもの鋭い視線が、今回はより鋭利に刺してくる。
「しっかりと確認ができたわけではないんスけど……」
絶望的だと酒田は正直に話した。
数名の海賊を射撃したのだが、その後は村民救助を最優先して海賊の負傷者は放置したまま十時間以上が経過している。
致命傷でなかったとしても、今は逃げてしまっているか、失血死してしまっているだろう。
しかし、酒田を責めるものはいなかった。たった一人では限界がある。
「待つしかないのか」
結論としては、海賊が再び襲撃してくるのを待って、情報を引き出せる相手を捕らえるしかない。
「あの海賊を……トガンスとか言ったか……彼を殺害されてしまったのが痛いな」
悔いても仕方ないことだが、と船越が呟いた時、兵士たちに止められながら会議場へと乗り込んできた者が居た。
「す、すみません! 止めたのですが!」
力づくで止めようとする兵士を押しとどめるリフトと、その前に立つボーラインがいた。
仮面は銃撃で砕かれてしまっているから、代わりにしているのだろう。木の板にノゾキアナを開けたものを、紐でむりやり顔に固定している。
「お前……どこ行ってたんスか!?」
叫び声をあげた酒田は、彼らについて心配と不安を抱えていた。
村を脱出した時点で行方をくらましていた二人が、色々な意味でどうなった気になっていたのだ。
同時に、神栖は酒田を連れて走り出し、ボーラインの前に立った。
「……お礼を、しにきたんだ。助けてくれて、ありがとう」
目の前に立つ二人を見上げ、ボーラインははっきりと礼を言う。
「お前は、なにをぬけぬけと……!」
「待って、お父さん」
怒声を挙げるバリヤードをクリューが止めると、神栖たちはにっこりと笑った。
「良かった! 無事だったんスね!」
「お前、村を守って戦ったんだってな。偉いじゃないか!」
「……うぇ?」
殴られることも覚悟していたボーラインは、酒田に肩を掴まれて揺らされ、神栖の大きな手で頭をわしわしと撫でられて困惑していた。
ズレそうになる仮面を必死で押さえている様子を、リフトは兵士を身体で止めながらにっこりと見守る。
毒気を抜かれたのはバリヤードも同様で、リフトに防がれていた兵士たち下がらせると、会議場へと乱入した理由を問うた。
「単に礼を言うだけなら、危険を冒してまでここに来る必要はないだろう」
「理由は簡単だ。スパンカー海賊団に復讐をするのなら、ぼくたちも手伝わせてほしい」
ボーラインの言葉に、議場の全員が顔を見合わせた。
それから口を開いたのは、御前崎だ。
「やあ、わたしの顔を憶えているか?」
「ん……? あっ!」
自分が服を切り裂いた相手だとようやく気付いたらしいボーラインは、仮面で隠せていない耳を真っ赤にして俯いた。
「何を思い出している? ん?」
「あの、その……」
まあいい、と少年をからかうのはほどほどにしておくことにして、御前崎は現状を語る。
「打って出たいのはやまやまなんだが、この町を守る使命もあるのでね。海に出てのんびり海賊団のアジトを探すのは難しい状況なわけだ」
「そうなのか……」
すぐにでも出発できるくらいの意気込みだったボーラインだが、光明はある。
「で、あれば私めからひとつ、ご提案を」
兵士から解放されたリフトが、燕尾服の襟を指先で軽く整えてから右手を胸にあて、周囲を見回した。
「村からの退去時に、怪我を負って退避できずにいた海賊を一人、確保しております」
「でも、あいつはスパンカー海賊団の居場所を吐かなかったじゃないか」
ボーラインは無理だと主張したが、御前崎は違う。
「そいつはまだ生きているんだな?」
「ええ。例の恐ろしい銃で撃たれはしましたが、右腕を貫通しておりまして命に別状はないようです。止血だけして町の外で縛りあげております」
ボーラインが見ずに済むよう、後程密かに処理するつもりだったのだ。
「いいね、悪くない状況だ。ねえ、バリヤードさん。提案なんだが……」
解決策が見えたとばかりに、御前崎は隣にいる留萌の肩に手を置く。
「うちの留萌ちゃんが、そいつから情報を引き出す。スパンカー海賊団の居場所が知れたなら、打って出るのも悪くないんじゃないか?」
受け身になる必要はない。折角だから後顧の憂いを始末して置こうじゃないかという御前崎に、バリヤードは頷いた。
頷いたが、疑問はある。
「馬鹿にするつもりはないのだが……その子で大丈夫かね?」
バリヤードから見たら小柄な留萌はまだ“女の子”扱いらしい。船越をはじめとした海自側の日本人たちも疑問に思っているようだ。
だが、神栖と酒田は苦笑いを浮かべている。
「心配ないとも。留萌ちゃんの“尋問”は成功率百パーセントだから!」
任せると命じられた留萌は、タブレットを抱えて立ち上がった。
「小さくて構いません。鍵がかかる小部屋を一つ、お借りできますか?」
そして、と留萌は表情を変えずに続ける。
「椅子は一つ。ロープを五本。道具はそれで充分です」
ありがとうございました。