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17.保安官と自衛官

よろしくお願いします。

 酒田と大湊が村のはずれに差し掛かった時、すでに村人たちは中央に押し集められており、リフトは苦戦中、ボーラインは蹴り飛ばされているところだった。

「あれって……例のスパンカー海賊団とかいう連中の一人ッスね」

「憶えているとも。あまり良い思い出ではないがね」

 大湊は会場で護衛艦が襲撃されたことを思い出して苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


 警戒を厳にしていたはずだが、武器も帯びずに入って来た海賊一人に良い様にされてたことは記憶に新しい。

 しかも船越をはじめとした海上自衛官たちにとって歯噛みする要件として記憶される理由に、『海保から身柄を預かっていた被疑者をむざむざ死なせた』という理由がある。

 襲撃を受けたことよりも、海保に対して申し訳ないというムードが強かった。


「もちろん、殺されてしまった海賊にも悪いとは思うがね」

 八九式小銃に標準装備されているバイポッド(二脚)を展開し、伏せ射ちの態勢を取る。年に一度の射撃検定を思い出すが、試験で撃つターゲットは当然人間じゃない。

「ここから撃つんスか?」

「突撃でもするかね? 派手で格好はつくが、私のやりかたじゃない」


 などと強がっていても、射撃に不安があるのは否めない。

「せめてスコープかドットサイトが欲しいな」

「どこも装備の制限はキツイッスね。で、標的ッスけど」

 双眼鏡を覗き込む酒田は、狙いを銀髪の女性に定めるべきだと提案した。

「海賊らしき他の連中は、例の青白いのが食い止めてますし、魔法が使えるのはあの銀髪だけみたいッスからね」


「そうしよう」

 当たるかどうかは別にして、と大湊はピープサイトの小さな穴を覗き込む。

「撃ったらオレが突撃します。あの仮面の子を救助しますから、援護をお願いするッス」

「了解した」

 酒田が腰から拳銃を抜いて、初弾を装填するスライドの乾いた音が聞こえると、大湊も心臓の音が大きくなった気がした。


「弾着確認はしないッスよ?」

「ふっ……平瀬くんほどではないが、私もちゃんと訓練をしているのだから、任せてもらおう」

「大湊さん、あんたすごいッスよ。ほんと」

 初めて人を撃つのは不安なのが当然だが、言葉だけでも強がれる大湊の心の強さは称賛に値すると酒田は評した。


「行くぞ」

 大湊の言葉に、酒田は腰を浮かせた。

 手にしたP226Rの銃口を下に向けてローレディの姿勢で八九式の銃声が響くのを待つ。

 もう大湊に話しかけることはしない。

 狙撃には適度な緊張感が必要で、集中している彼を邪魔したくはない。


 大きく息を吸い、吐く。

 肺の空気が抜け、肩が充分にリラックスしたところで大湊は引き金を引いた。

「ゴゥ、ゴゥ!」

 一発の銃声と同時に、プレースが掲げていた仮面がはじけ飛び、その瞬間には酒田が掛け声を挙げながら走り始めている。


「無茶をする……!」

 戦闘という点で言えばこういうときに声を上げるのは得策では無いのだが、酒田があえてそうした理由は想像がついた。

 敵の視線を自分に向けることで、被害者が攻撃に晒される可能性を極力減らそうというのだ。


「海の警察官というのも、中々大変だな」

 大湊は狙いがやや外れたことを残念と思いつつもほっとしている自分がいることもわかっていた。

 仮面を飛ばされて、すぐさま防御態勢をとったプレースの反応の速さに舌を巻きながら、大湊は立ち上がってバイポッドを畳み、銃のセレクターを切り替えた。


 引き金を引くと立て続けに三発の銃弾が放たれ、髪の毛で作られた壁にあたる。

「ダメージ無し、か。魔法というのは、厄介だな!」

 弾丸を節約するためにセレクターを単発に戻し、酒田を追うように走り出す。

「おらあああ!」

 酒田が雄叫びを上げながら吶喊するのを尻目に、リフトに群がる海賊へ向けて数発発砲。

 小さな穴を穿たれて倒れる海賊たちは一旦放っておいて、村人たちの所へと走る。


「はぁっ……」

 息を吐く。

 事務仕事が基本なうえに長く艦内にいると身体が鈍ると自省しながらも、足を動かして村人と海賊たちの間に滑り込む。

 さらに発砲。


「今のうちに、村の外へ! ……ガフさんがいます!」

 海賊たちに気づかれないよう、村人たちを向いて視線で方向を示す。

 ガフの名前を出したことで多少は信用してくれたのか、村人たちは急いで動き始めた。

 最後の一人を庇う様に銃を構えていた大湊に、海賊たちは手出しができない。


「小銃の威力をわかってもらえたようで、何より」

 実際は弾数に余裕が無いので、遮二無二群がって来られると非常に困る状況になってしまう。

 早い段階で発砲したのは正解だった。

「撤退! 撤退する!」

 プレースが何か合図をしたのだろうか、海賊たちは捨て台詞や舌打ちを残して海へと入っていく。


「……仕方あるまい!」

 目を向けると、ボーラインと酒田が共闘してプレースに対応しているのが見えた。だが、戦況は芳しくない。海賊たちを追うのは諦め、援護に向かうべきだと判断する。

 拳銃弾が弾かれ、鞭のようにしなる銀髪を避けそこねて尻を叩かれた酒田が逃げ回っていた。

「あ痛たたっ! 尻が、尻が!」


「危ない!」

 止めを刺そうと動いたプレースを、ボーラインが牽制する。

「あまりちょこまか動かれると狙えないのだが」

 一度は銃を構えてみたが、狙いが定まるとは思えなかった。

「村人たちは逃げたな」


 そう思って振り返ると、驚きの光景が見えた。

「うぉおおおお! ワシの村から出ていけぇ!」

「ガフさん!?」

 馬車で突撃してきたガフ氏は、まるで別人のように筋肉で膨れ上がった姿で雄叫びをあげ、馬車から飛び降りて来た。


「うわっ!? 誰このマッチョマン!」

「……チッ!」

 乱入してきた人物がガフだとはわからなかったようで、酒田はボーラインを引き寄せて闘牛のような勢いで迫る筋肉の塊を避ける。

 そして、舌打ちと共に髪で防御したプレースにぶち当たり、さながら金属のような音を響かせた。


 しかし、勇ましい突撃が終わると、次の攻撃は髪に阻まれて、ガフは乗って来た馬車の上へと放り捨てられた。

「ゴミが。うざったいのよ。こうなったら仕方ないわね。もうここは放棄するけど、あんたたちだけは消しておくわ」

「えっ、オレ?」


 とっさに銃で防御したお陰で髪で貫かれることは避けられた酒田だが、銃が歪んでしまった。

「マジで?」

 腰のナイフを抜く暇もない。

 追撃が来るのを避けるか、腕を犠牲にしてでも防御するか。それでも胴まで貫通するんじゃないか。


 迷いから選択をする前に、ボーラインが酒田を庇うために立ちはだかる。

「ちょっ……!」

 守るのはこっちの仕事だと言いかけた酒田は、プレースの攻撃がボーラインを貫く光景ではなく、ガフに倣うかのように飛び込んできた大湊の横顔だった。

 プレースの髪へと小銃を押し出す様に叩きつけ、辛うじて攻撃を逸らす。


「ひえっ」

 自分の真横に突き刺さった髪に酒田が悲鳴を上げている間に、大湊の肘がプレースの顔を強かに叩いていた。

「今のうちに離れるんだ! 酒田くん、退避して本隊に連絡してくれたまえ!」

 叫んでいる間に、プレースの拳が大湊を殴りつけていた。


「早く!」

 口の中が切れたのだろう。

 血を飛ばしながら叫ぶ大湊に、酒田は戸惑っていた。

「でも……」

「彼女は強い! 彼らを助けるためだ、わかるだろう!」


 小銃は先ほどの攻撃で使えなくなっていたが、プレースは余程警戒していたのだろう。大湊本人を攻撃するより先に、銃の方を髪で叩き落した。

 そのために隙ができ、大湊のタックルが決まる。

「私は自衛官だ。誰かを守るために戦うのが使命。……それに、私にも格好を付けさせてくれたまえよ」


「……あとで迎えにいきますからね!」

「ああ、気長に待っている!」

 押し倒したプレースを殴ろうとした拳に髪が巻き付いたのを見て、大湊は頭突きをくらわした。

「また顔を!」

 怒り心頭のプレースを見て、大湊はニヤリと笑った。


 他の海賊たちは逃げてしまったし、残ったプレースの注意が自分に向いていれば、傷ついたボーラインやリフトをガフの馬車に放り込んでいる酒田は安全だからだ。

「あんたたち……一体何なのよ!」

 髪の毛で大湊の首を締め上げながら立ち上がったプレースが吐き捨て、大湊は薄れゆく意識の中ではっきりと答えた。


「私は自衛隊員……君たち海賊の、敵、だよ……」

「ジエイ……? 何なのよ、一体」

 気を失った大湊に止めを刺すかどうか迷っている間に、他の者たちが逃げてしまった。

「失敗だわ……せめて情報を引き出すためにも、この男から情報を絞らなくちゃ」

 腹いせに蹴りを入れたプレースは、大湊の身体を引きずって海の中へと消えていった。

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