16.襲われた漁村
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プレースが部下を連れてその村に上陸したのは、偶々目的の町に近かったからに過ぎない。
「誰も逃がさないようにしなさい。こんな辺鄙な村の奴に聞くことなんてないから、捕まえる必要も無いわよ」
わかったらさっさと行きなさいとプレースが命じると、彼女の船に乗っていた海賊たちが一斉に村人たちへ襲いかかった。
「はーっはっは! こいつは楽な仕事だぜ!」
「陸なら海に落ちる心配がないからな! カナヅチのお前には丁度いいな!」
二人のやり取りに仲間たちが笑い声を上げたのは、それが冗談だとわかっているからだ。
まず、泳げない者はプレースの配下にはいない。彼女はこういった上陸しての略奪や破壊を好んで行うのだが、馬鹿正直に接岸して上陸したり、小舟に移乗するようなまどろっこしい真似はしない。
目的地の近くで、上陸戦闘員は海に飛び込み、自力で泳ぐのだ。
プレースの船は見た目が単なる商用船であり、近づいていることが浜から見えても警戒されることはほとんどない。
そしてプレース本人は自らの魔法で髪を操り水中を静かに潜航することができるし、他の船員たちも静かに泳ぐ技術を心得ている。
気付いた時には、海岸線の各所から多数の海賊が上陸しているという寸法だ。
「い、いったい何が……!」
びしょ濡れの海賊たちの姿を見ても、襲撃だとすぐに反応できるものは少ない。
いち早く逃げようとしたものはプレースの魔法か戦闘員の矢で仕留められ、逃げ遅れたものは押し包まれるように村の中央に追いやられ、殺されていく。
村人は二百名程度なのだが、ろくな抵抗すらできずに三割も減ってしまった。
「あくびが出るような仕事だけれど……失敗するとめんどうだから仕方ないわ」
プレースはいち早く鉄の船こと護衛艦を発見し、それがエルフの港町の沖合に停泊していることを確認した。
それを知ったスパンカーが、陸と海からの挟撃を決定し、陸地側の橋頭保をプレースが確保することになったのだ。
「な、なんでこんなことを……」
背中を切り付けられ、息も絶え絶えになって逃げてきたらしい村の男が、プレースの前で倒れ伏した。
「この村がここにあったからよ。あなたたちが殺されるのは、あなたたちが邪魔だから。これで納得できたかしら?」
「そ、そんな……ぐえっ!」
プレースの長い銀髪が錐のように鋭利な形に変化すると、村人の背中を容赦なく貫き、命を奪う。
「頭が悪いから理解できないのかも知れないけれど」
べったりと付いた血を振り払い、プレースは逃げまどう村人たちへと呟く。
「わたしたちは“海賊”なのよ。金も、物も、命も、奪いとって生きているのよ」
その海賊に目を付けられた以上、死を待つ以外の選択肢は無い。
それが女海賊として生きてきたプレースの信条であり、彼女にとっての事実だった。強い者こそが正しいという世界の摂理に従ってスパンカー海賊団に入り、事実上のナンバー2として多くのものを奪ってきた。
そんなプレースの前に、初めて違う信条を持つ海賊が現れたのは、村人たちが村の中央に集められた時だった。
「そこまでにしていただきましょう」
青白い肌に細身の身体。長めの茶髪から片目だけを覗かせた男が、制止の言葉を発する。酒田たちより一足早く村に到着したリフトだ。
「村の人間……には見えないわね」
典型的な漁村である村には似つかわしくない、仕立ての良い燕尾服のようなスーツと、日焼けとは無縁な容貌にプレースは眉を顰めた。
「外部の人間だとしたら、こっそり逃げておけば良かったのに。残念だけれど、見つけたからには殺すしかないわ」
「申し訳ありませんが、私も実は海賊の端くれでして、そう簡単に殺されるわけにはいかないのでして」
「あなた、そのナリで海賊なの?」
とても海賊には見えないが、とプレースが首をかしげていると、一人の海賊がリフトの背後から湾曲したサーベルを手に襲いかかった。
「あほが! たった一人で俺たちの邪魔をしやがって!」
「いろいろ勘違いされておられますが……」
頭を狙って振り下ろされたサーベルを振り払うように平手でたたき落としたリフトは、直後には振り返って立て続けに三発の拳を海賊に叩き込む。
「私のボスはあまり血を見るのが好きではありません。ですので、私とやりあうのであれば撲殺か絞殺をお選びいただくことになります」
「血を見るのが嫌い? それなら、血みどろの死体になった部下を送り返してあげるわ」
どこのどいつかは知らないけれど、とプレースがあざ笑うのを、リフトはため息とともに微笑みで返した。
「そんな必要はありません。私はボスがそうしろと言わない限り死にませんし、ボスはもう、あなたのそばにいます」
「っ!?」
リフトの言葉に混じり、土を踏むかすかな音がプレースの耳に聞こえた。
「後ろねっ!」
背後に向けて一掴み程度の髪を突出したプレースは、肉を貫き骨を断ついつもの手ごたえがないことに困惑する。
それどころか、一振りの剣に等しい鋭利さをもつ自慢の髪が、中ほどから折れてしまったことに衝撃を受けた。
「な……」
戸惑っている暇はない。
髪に触れ、しかもへし折った人物が目の間にいるのが見えたのだ。珍妙なマスクをつけた小柄な人物だが、それだけに得体がしれない。
「くそガキがっ!」
見た目でそう判断しただけだが、感情的な言葉が抑えられないままに口をついて出た。
「子供じゃない。ボーライン海賊団団長、ボーラインだ」
距離を取ったプレースと向かい合ったボーラインは、先ほど“切り取った”髪が足元に落ちているのをちらりと見た。
初めて見る魔法だ。髪の毛が自分に向かってまっすぐ伸びてきたときはかなり焦ったのだが、どうにか切断魔法『カット・ディス』が間に合った。
汗だくの表情を隠せる仮面の存在に改めて感謝する。
「ボーライン海賊団なんて聞いたことはないけれど……」
さらりと手櫛で髪の毛を梳いたプレースは、物足りない感触に歯噛みした。
「わたしの髪を切ったことは許さない。絶対に後悔させてやるわよ」
「悪いけど、ぼくだってお前を許すつもりはない。海賊なら海賊らしく、誇りを持って海で戦うべきだ」
「変なことを言う子ね」
声からかなり若いと判断したプレースは、より蔑んだ目を向ける。
「お前がやっているのは、単なる野盗の行いだ。本当の海賊はそうじゃない。海の上で、船の性能と知識と勇気で、落水して溺れ死ぬかもしれない大海原で、奪う者と奪われる者の立場を賭けて命がけで戦ってこそ、海賊なんだ」
「ふ、ふふふ……何を言うかと思ったら」
プレースにつられて、他の海賊たちも笑っていた。
近くで聞いていた村人たちは、何が起きているのか理解できないままに身を寄せ合って怯えている。
「やり方や矜持なんてものは、わたしたちには関係ない。強いものが、殺して、奪う。それだけよ」
「だったら、ぼくが勝ったら従ってくれるんだね」
「そうね……あなたが勝ったなら、望みどおりにしてあげるわ」
プレースは足元まである長い銀髪を揺らしながら、プロポーションが整った蠱惑的な肢体を見せつけるようにポーズをとった。
部下たちの誰かが、口笛を吹く。
「でも、そうはならない。あんたはここで死ぬからよ!」
幾筋もの髪がボーラインめがけて伸びると同時に、リフトの周りにいた海賊たちも動き出す。
「ボーライン船長!」
「こっちは大丈夫だから、他を頼む!」
「そんな余裕があるのかしら?」
「くっ……」
いくつもの攻撃が波状に押し寄せてくるのをボーラインは両手を奮ってどうにか叩き落としていく。
そのうち二度はカットに成功したが、他の攻撃が横から鞭のように腰を叩き、足元をすくった。
受け身を取ろうとしたボーラインの腹を、プレースのピンヒールが蹴りつける。
「ぐ、ふぅっ」
「あら、なかなか頑丈ね」
蹴られた勢いに任せて距離をとり、ボーラインは立ち上がりを狙ってきた髪を切り落とした。
「理解したわよ、あなたの魔法」
豊かな髪を一度引き戻したプレースは、切られた髪を不満げに見ている。
「手で触れたものを切る能力ね。それ以外の場所に触っても切れないし、離れた物も無理」
ボーラインは答えなかったが、沈黙は認めたも同様だった。
「じゃあ、方法は簡単」
髪をばねのように使い、プレースはワンステップで一気にボーラインの目の前へと迫ると、攻撃に対応しようと突出された両手のひじに髪の毛をからませた。
「あっ」
「これで、終わりよ」
「ボーライン様!」
リフトはボスを助けるために近づこうとしていたが、敵が多すぎて阻まれてしまっている。
「こんなふざけた仮面をつけて、馬鹿にしてくれちゃって……」
ボーラインの腕を髪の毛の拘束で後ろに回し、はぎ取ったマスクを憎々しげに見つめる。
「よく見たら古臭い仮面ね。こんなものをつけていたら、余計不利になるのに」
馬鹿な子だと言いながら、プレースは部下に命じて村の家いくつかに火を放った。
「あなたがどうしてエルフの村なんて守ろうとしたのか知らないけれど、ほら、結果をごらんなさい」
焚き付けようの藁を使って火打石で着火された木造の家は、瞬く間に燃え上がり、数軒に燃え広がるまで時間はかからなかった。
「さあ、かわいそうな村人たちも見ていなさい。あなたたちを守ろうとした愚か者。スパンカー海賊団に敵対した者の末路を!」
プレースが村人たちを煽るようにひらひらと仮面を掲げた瞬間だった。
この世界の誰もがあまり耳にしたことがない、くぐもった銃声が響いた。
「……はあ?」
手に持った仮面が粉々に砕けるのを見たプレースは、直後にこの音に聞き覚えがあることに気付く。
この世界では一部の者が持っている、火打石を使うフリントロック・ピストル。
黒色火薬で撃ち出し、相当の音と煙をまき散らすそれとは違い、やや抑えめの音と現実味のない魔法のような連発力。
「……あの連中か!」
トガンスを始末した時にさんざん聞いた発砲音。これを持っている連中を他に知らない。
すぐさまボーラインを放り捨てたプレースは、自らの髪を身体に巻き付けて防御態勢を取る。
そして、髪の隙間から銃声の出どころを探した。
「あいつか……!」
見覚えのある白い服を着た男が、これも見覚えがある灰色と黒を組み合わせた、素材がわからない奇妙なライフルをこちらに向けているのを見つけた。
「流石ッスね、大湊さん」
「……緊張したよ。人に向けて撃ったのは初めてだ」
戦いに、二人の日本人が参加する。
ありがとうございました。
ここまで日に二更新できましたが、今後は一日一更新となる予定です。
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