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15.たった二人の海賊

よろしくお願いします。

 酒田たちがガフの案内で港町を出る少し前、夜明けが間近に迫ったころ。ボーライン海賊団(合計二名)は木造りながら頑丈な牢の中に閉じ込められていた。

 町の衛兵が監視で一人いるだけの部屋と隣接しただけの作りでしかない牢で、真四角の簡素な造りの一軒家でしかないあたりが、この港町の治安が良いことを示している。

 普段はせいぜい酔って暴れた馬鹿者を一晩放り込む程度にしか使っていない。


「むぅ……」

「おお、ボーライン船長。お目覚めになられましたか」

「か、仮面が、ない!?」

 目覚めるや否や、自分の顔をべたべたと触って命の次かその次位に大事な仮面が失われていることに気づき、ボーラインはカサカサと牢の奥へと移動して壁に向かって座り込む。


「どうやら気を失っている間に、仮面は没収されてしまったようですが、おそらくは……」

 リフトが指差したのは、格子の外にある簡素な机だった。

 四本の足と天板で構成されたシンプルにも程がある割に、それぞれの木材が太くがっしりしているせいで安定感があるものだ。

 その隣には、同じく木製の椅子に腰かけて居眠りしているエルフがいる。


「あの机がどうしたんだよ」

「そんなにいじけないでくださいよ。あの机の上に、船長のマスクが置かれています」

「本当に?」

 疑りながらもそっと立ち上がって机の上を確認したボーラインは「たしかに」と言って再び座り込む。


「でも、どうするんだよ」

 短い緑の髪をわしゃわしゃとかきむしり、ボーラインはため息をついた。

「やっと船を手に入れられるかと思ったのに……。あの連中、悪い奴らじゃなかったじゃないか」

 ボーラインはうずくまった格好のまま片目だけ見せてリフトを睨みつけた。


 彼らは船を持たない海賊である。

 後ろ盾も資金も無い状態で、オマケに仲間も少ない。何一つ持っていない状態だが、兎にも角にも“海賊”を名乗って活動している。

「いやはや、あれは私の情報収集ミスでございましたな。ですが船長。彼らはどうやらエルフを守る立場にある者。我らと使命を同じくする者たちがいるとわかっただけでも、充分ではございませんか」


 話しながら、リフトは立ち上がってポケットからハンカチを取り出した。

 一枚だけではない、二枚、三枚と次々出てくる。

「ボーライン船長。我らは正義のために働く海賊。彼らが正義である以上、今後は手出し無用でございましょう」

「そうだけど、また船を手に入れそこねた……。このままじゃ、いつまで経ってもぼくたちは陸の海賊のままだ」


「ふぅむ……では、こういたしましょう」

 取り出したハンカチを次々と結び、一本の長い紐を作り出したリフトは、先端にコインを包み込んだ。

「近くに漁民が多く住むエルフの村があります。そこで古い船を譲りうけることができないか交渉をしてみましょう」


 コインを重りに、くるくると振り回したロープを格子の隙間から器用に放り投げたリフトは、軽くロープの端を引いて距離を調整し、マスクの隅にコインをヒットさせた。

 軽い音を立てて跳ね上がったマスクにコインを引っかけ、器用に手繰り寄せる。

「まずは小さな船で良いではありませんか。急ぐことは無いのです。実績を作り、立派な船を手に入れてから、エルフたちに恩を返せば良いのです」


 格子から手を出してキャッチしたマスクをハンカチで丁寧に拭い、リフトはボーラインへと差し出した。

「それとも、彼らの指揮下に加わりますか?」

 リフトが言う「彼ら」とは神栖たちのことだ。

 彼にとって、海保も海自も海上戦闘能力を持った集団であり、すなわち海賊の一種だということになる。


「いや、ぼくはぼくのやり方で、エルフを守る」

 マスクを受け取り、ぴったりと顔に貼り付けるように装着したボーラインは先ほどまでの様子とは打って変わって、背筋を伸ばして悠然と立ち上がった。

「そうでしょう、そうでしょう。船長の亡き母上も、そのお姿を見たらきっとお喜びになられますよ」


 ただ、今はタイミングが悪い。

「町は彼らを歓迎するムードになっていて、私たちは彼らの敵だと思われてしまいました」

 実際に襲ったのだから当然なのだが、リフト自身は「うっかり」だと認識している。

「ここは一度、町を離れる意味でも、漁村を目指すのは悪くない手かと」

「……わかった。リフトの言う通りにする」


 ボーラインが木製の太い格子を指でなぞると、それだけで『カット・ディス』の魔法は発動する。

 するりと滑らかな切断面を見せて格子の一部が滑り落ちると、、リフトはそれをキャッチして先にボーラインを外に出すと、自分も出て切り取られた格子丁寧に元の位置にはめ込んだ。


「相変らず、お見事な腕前です」

 魔法とはなんとも便利なものですな、とリフトが言うと、ボーラインは仮面の下から不満げな声を出した。

「だろう? 生き物が斬れないデメリットもあるけれど、それ以外ならなんでも……」

 言いかけて、ボーラインは顔を押さえてしゃがみこむ。


「どうされました?」

「ちょっと待ってくれ。記憶を整理するから、落ち着くまで、待ってくれ」

「ああ、なるほど。昨夜の……」

「言うな。また思い出す……!」

 ボーラインの脳裏に張り付いて離れないのは、捕まったときに御前崎から抱擁された記憶だった。


「まさかボスが女だとは思わなかったし、武器か何かで防御すると思ったから切るつもりで手を出したのに……」

心臓がバクバクとうるさくなると同時に、どこか安心するような混乱した感情を抑えるのにたっぷり十数分は必要だった。

 女性にあまり慣れていないのもあるが、あれほどしっかりと抱き留められたのは、幼少時の母親との記憶で存在しないからかも知れない。


「あの方は、なんというか、豊満で包容力がある見た目でしたからなぁ。ですがどうも、中身はあまりお母様とは似ていないというか……」

「別に母さんと比べているわけじゃないっ!」

 ボーライン本人はそう主張するが、あの女傑と母親を無意識に重ねてしまう出来事だったのだろうとはリフトも想像できていた。


「またいずれ、あの方とお会いすることもあるでしょう。そうですね……では、不肖私めが一先ず記憶を上書きしておくというのはいかがでしょうか?」

「どうするんだ?」

「私が船長を抱擁します」

「それで何か解決するのか?」


 両手を広げてにっこり笑うリフトに、渋々ながらも従うあたりが信頼関係のなせる業ではある。

「……硬い」

 遠い母の記憶やニッポンジンとかいう海賊団の長とは違い、硬い胸板と引き締まりに引き締まった腕のリフトの抱擁は少し痛かった。


 だが、そんなに嫌だとも思わない。

「……すまない」

「良いのですよ。私はボーライン海賊団の団員なのですから」

 とはいえ、ここはいわゆる留置場。エルフの衛兵もまだいる。

「……何が起きているんだ?」


 居眠りから目覚めた衛兵は、牢の中にいるはずの二人が目の前で抱き合っている光景に困惑を隠せなかった。

「おっと、これはいけませんね」

「た、助けて……」

 貞操の危機かと身をこわばらせた衛兵を抱きしめたリフトは、そのまま締め上げて気絶させた。


「では、参りましょう。外に衛兵用の馬が繋いであるはずです。それを拝借いたしましょう」

「う、うん。わかった」

 ボーラインは先ほど眠っていた時と同じ姿勢で気を失っているエルフに小声で「すまない」と言い残し、リフトの言うままに町を出た。


 そして向かった先はガフの村であり、襲撃に遭遇することになる。

ありがとうございました。

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