14.海の男たち
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調査船に続いて護衛艦が接岸すると、港は人だかりができる有様だった。
露店が増えて酒や肴を売る店まで出たものだから、各所の点検が終わって隊員たちが半舷上陸したときには、お祭りのような騒ぎになっていた。
護衛艦は港の隅に接岸してロープとボートを使って上陸することになった。接岸用のハッチは、防衛の観点から使わないと船越は決めた。
風で船の巨体が流されると強度的に耐えられないと判断し、桟橋は使わない。
調査船の方は、後部のハッチを使ってしっかりと陸地との橋渡しができるようにした。糧食や水など荷物の出し入れを行う利便性を考えてのことでもあるが、これからの作戦のために必要な処置でもあった。
「楽しそうだけど、オレたちは今から仕事なんスよねぇ」
「ボヤくのはやめてくれたまえ。第一、現地の金も無いのだから買い物のしようがないだろう」
初めての上陸で物珍しさと緊張で恐々と降りていく自衛官たちに紛れて、大湊と酒田の二人が調査船のハッチから出てきた。
大湊は護衛艦に積んでいた八九式自動小銃を抱え、腰には9mm拳銃を装備。いくばくかの水と糧食を詰めたリュックを背負っている。
酒田の方は小銃を持たず、腰に神栖が使っているものと同じ拳銃のP226Rを装備し、大湊と同様の中身が入ったリュック。そして原付バイクを押していた。
「まさかこれの出番があるとは……」
酒田は苦笑いしていた。
自衛隊で使用しているバイクと同じ仕様のもので、上陸して現地調査をする名目で新型調査船の採用時に導入が決定されたものなのだが、今回の海上作戦において出番はないと思われていた。
それでも念のため燃料を搭載して整備もしっかりされていたのは、調査船の整備班の優秀さ。あるいは凝り性を示しているかも知れない。
「案内役のガフさんは馬車で移動するそうなので、オレたちはこれで追いかけるッスよ」
「原付にタンデムで大丈夫かね?」
「十代の頃は結構乗り回してたんで大丈夫ッス」
「そういう意味ではなく……というか、そうなのか」
大湊が言いたかったのは法令的な意味での懸念だったのだが、冷静に考えればここは異世界。日本に帰ったら怒られるかも知れないが、上からの命令なので仕方が無い。
それよりも、大湊は酒田の出身に興味がわいた。
彼は神栖と同時に海上自衛官から海上保安庁に移ったという経歴の持ち主だが、その以前から顔と名前は知っていたものの、あまり話したことは無い。
大湊が知る限り、神栖がいた海上自衛隊のSBU(特別警備隊)に所属していて、現場に出張る海上自衛官の中でもエリートだったはずだ。
丸刈りで高校球児のような見た目の青年が、厳しい訓練と試験の末に採用される特殊部隊を離れてまで神栖を追いかけてきたのか、そこが疑問だった。
「やあ、ガフさんスね。今回はご協力ありがとうございます!」
「あんたがサカタか。それとオーミナトだな。村までは馬車で三時間もあれば着くんだが……なんだ、そりゃ?」
バイクを初めて見たガフに、馬代わりの機械だと適当な説明をした酒田は、騒ぎにならないように町を出てからエンジンをかけた。
「あの、町を出たらモンスターが出るとかは無いッスよね?」
「何を子供みたいなことを言うとる。精々野犬くらいなもんだ」
「それはそれでリアルに怖いッス。大湊さん、襲われた時は対処よろしく」
後ろに乗ってヘルメットを着けた大湊に、酒田は歯を見せて笑った。
「冗談だろう。元SBUの君の方が、射撃は上手なはずだ」
大湊は防衛大学校出身で神栖と同期なのだが、戦闘職メインだった神栖と違い、基本的には幕僚としてのキャリアを進んできた。
必然的に射撃はあまり訓練していない。
「そんじゃ、どうして今回の派遣任務に? 大湊さんみたいな文系エリートは、普通ならどっかの総監部あたりで書類仕事やってるはずなんじゃ?」
「些か偏見があるようだが……」
陸にいる間も全く戦闘訓練をしないわけでもなく、書類どころか出入りする物資そのものの確認もしなければならない。
「事務職というわけでもない。それに将来的にはいずれかの艦を任せてもらえるよう希望を出しているのでね。外洋に出る機会があればと志願していたのさ」
「……陸の方が安全なのに?」
馬車が進み始めると、タンタンと軽い音を立てるエンジンをふかして、酒田はバイクを出発させた。
「私はね、酒田くん。海の男になりたくて海上自衛隊に入ったんだよ。広い海を巡りながら、多くの人や景色、習慣と出会いたかったのさ」
「ドラマに出る俳優みたいな顔して白い隊服着ているのに、意外とアグレッシブなんスね」
「褒められたと受け取っておこう。私はアグレッシブで、かつポジティブだからね」
高笑いする大湊の声に、ガフが訝しむ目で振り返った。
「大丈夫ッスよ! 発作みたいなもんスから!」
「ひどいな」
町を出た路面は剥き出しの土で、ただ軽く均しただけという具合だった。あちこちに大きな石が転がっていて、一歩間違うと二輪はコケてしまうだろう。
馬車から五メートルほどの車間距離をとり、酒田は器用に石を避けていく。
「まあでも、そういうことなら神栖先輩と友達になるってのもわかるッス。オレは神栖先輩に憧れて自衛隊に入ったクチッスから」
最初は船酔いにやられて大変だったという酒田は、一般曹候補生で入隊したという。
「一般からSBUに? 優秀なのだな」
SBUは特殊部隊ながら海上自衛隊の全部隊から挑戦することができる。しかし、簡単ではない。
射撃、運動、水泳の能力が試され、ヘリからのラペリングなど高難度技術を取得する素地があることを示さねばならない。
「大変だったんスよ。でも、オレも海の最前線で活躍したかったッスからね」
「じゃあ、どこで神栖と出会ったんだ?」
「偶然の産物ってやつッスよ。バイク飛ばしてたら、先輩を轢いたんス」
「は?」
正確には轢けなかったけれど、ぶつかったのだと説明する酒田の後頭部に、大湊は何か恐ろしい話に踏み込もうとしているような不安を覚えたが、止められなかった。
「夜中に一人でツーリングするのが趣味なんスけど、山道を走っていたら先輩が林の中から転がり出てきて、避けられなかったんスよね」
状況が上手く飲み込めない大湊は、二度ほど聞き返して頭の中に光景を思い浮かべた。
山歩きと神栖が称する山ごもりの最中、猪と取っ組み合いになって道路まで転げ落ちてしまったらしい。そこに酒田が突っ込んだらしい。
「やべぇって思ったんスけど、先輩はオレのバイクを片手で止めて、しかも猪の方も腕で絞め落としたんスよ」
「ちなみに、バイクのサイズは?」
「400(CC)ッス」
「そうか……」
やっぱりあいつは人間じゃないなという感想と、その出会いで憧れてしまう酒田の感覚に戸惑いを覚えつつ、大湊はこれ以上突っ込まないことに決めた。
他部署ながらいくつか伝わってきていた神栖の人外エピソードが思い出される。
当時は「大げさな」と鼻で笑っていたが、どうも逆に控えめに伝わっていたのではないかとさえ思えて来た。
「本隊に戻ったら、改めてあいつと話してみよう」
神栖の移籍を聞いた幹部たちが残念がっていたのを見ていた大湊は、その理由を改めて思い知った。
そんな話をしているうちに、村が見える場所までやってきたのだが、問題はすでに発生していた。
「む、村が燃えとる!?」
「なんと……。酒田くん、我々が先行しよう!」
「了解!」
動揺しているガフに落ち着いて離れた場所から見ているよう声をかけ、二人は村へと急いだ。
見えて来たのは、燃え上がる家と逃げ惑う人々。
そして、武器を振るって暴れ回る男たちの姿だった。
ありがとうございました。