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13.できること

よろしくお願いします。

「何やってんのよ」

 そう言って、護衛艦から身を乗り出している平瀬が声をかけた先は、ゴムボートに寝そべり、波に揺られながら釣竿とだらりとボートの外にぶら下げている神栖がいる。

「釣り。そっちは?」

「交代で歩哨に立っているのよ」


 警戒のためのレーダーはちゃんと動いているが、この世界では人間が身一つで船を沈めることをやりかねない。

 そのためレーダーにかからず、かいくぐって近づいてくる可能性が捨てきれないので、船越の指示で目視による監視を行っているらしい。

「日中は上陸しなかった人たちでやっていたから、夜は私たちも含めた昼の上陸組で警戒することになったの」


 もちろん寝ずの番というわけでは無く、体力に余裕がある者が仮眠を取りながら行っている。

 部隊の中には、異世界転移のショックで心理的に余裕が無い者もいるので、いつもより忙しいと平瀬はぼやいた。

「海保の方は静かなものね」


 さっと見る限り、調査船側はこれといった警戒態勢を取っているようには見えない。

 艦橋には灯りがついているのが確認できるが、神栖の他に誰かが監視しているわけではないらしい。

「レーダー関連だけなら、そっちより昇洋の方が優秀なところがあるし、艦橋には留萌(るもい)さんがいるからなぁ」


「留萌……調査船のナンバー2で御前崎船長の右腕って聞いたけど」

「正確には運航指令課員で二等海上保安士。階級で言えば俺や酒田よりも下だが、実際の力関係はナンバー2って認識で問題ない」

 御前崎のお気に入りで有名な彼女だが、当人は余計な軋轢が生まれる可能性があるのであまり歓迎はしていないらしい。


「そんなに優秀なの?」

「沈着冷静で御前崎船長の暴走をギリギリで食い止めることができる唯一無二の人材」

 神栖は竿をしゃくりながら留萌の話を続けた。

「調査船のレーダーや各課から上がって来た情報は全部彼女の所に行って、船長は整理された情報を受け取ることができる」


 正確でわかりやすい情報を元に御前崎が判断し、再び留萌を通して各課に伝達される。

「クールビューティーなイメージがある性格だけれど、見た目は高校一年生の可愛らしい感じ。……これ、本人には秘密でよろしく」

 仕事に邪魔だからとショートカットにしていたり、面と向かって話をする時にはやや藪睨み気味の目がまっすぐに見てくる。


「ただし絶対に超過勤務はしない……はずだったんだけれど、今回は非常時だからってことで、帰還後に残業について船長から上に申請してもらう約束で今も監視業務中」

 御前崎が就寝中、留萌が艦橋に残って各探知機の監視を行っている。他にも各課に最低一人ずつの数名が船内で活動している。

「帰還後……」


「考えていることはわかるが、あまり考えない方がいいと思うぞ」

 平瀬の呟きを拾って、神栖は身体を起こして釣竿を抱えた。

 当たりは来そうにない。

「燃料も弾薬も有限。世界中を探し回って探すのも現状じゃ難しい。だからこそ、船長も船越艦長も、一旦エルフと手を結んで本拠地を確保することにしたんだろう?」


 節約しながらであれば数か月の航海も不可能ではない。

 だが、それでも水や糧食の補給は必要であるし、海賊との戦闘が繰り返されるのであれば、計算通りとはいかないだろう。

「でも……いつかは帰りたいって思うのは変?」

「いいや、全然」


 竿に軽い手応えを感じ、神栖は慎重にリールを巻き上げていく。

「みんな帰りたいって思ってるだろうさ。だから、焦る必要も無ければ諦める必要もないんじゃないか。こっちに来てしまった以上はできるだけのことをするしかない」

「できるだけのことって言っても……」

「何言ってんだ。あっちでもこっちでも、俺たちがやるべきこと、できることは変わってないだろ?」


「できること?」

「海賊退治。少なくとも俺たち海上保安官の仕事はそれだよ。海の平和を守るお巡りさん。……あっと、逃げられた……」

 失った手応えを残念に思いながら、神栖は針を引き上げて失われた餌を付けることにする。餌は、夕食で出た海老を小さく千切ったものだ。


「で、海のお巡りさんであるあんたは、どうしてこんなところで釣りなんかやってるのよ。それにボートで……船から釣竿を下ろせばいいんじゃない?」

「……これには深い事情があって……」

 言葉を濁す神栖を、平瀬は無言で見下ろす。

 視線の圧力に耐えかねて、神栖は針を海へと落とすと同時に、肩も落として呟いた。


「糧食の危機に備えて、調査船で漁でもしたらどうかと提案したら燃料の方が問題だって話になってな……」

 また、海で採れるものが摂食可能かどうかという問題もある。

「そりゃそうでしょ。第一、漁師さんたちみたいに大量に網で獲ったとして、それをどう保存するのよ。全部干し魚にするの?」


「それも言われた。で、留萌さんの提案で、“言い出しっぺで胃が頑丈な奴が自分で釣って毒見したら良い”ってことになってな」

「……ご愁傷様」

 わざわざゴムボートに乗っているのは、危険な海洋生物が居た場合、ゴムボートごと神栖を切り離せば船に損害が出ないという意見が出たからだ。留萌から。


「何か嫌われるようなことでもしたの?」

「いや、そんなはずは……第一、彼女と知り合ったのはこの船に配属されてからだし、配置も違うし」

 留萌の判断は『神栖なら何があっても大丈夫だろう』という点に立脚したものだが、身体的な部分での信頼度が高すぎて無茶振り同然の内容になってしまう。


「要するに、俺の身体が気に入られているわけだ」

「気色の悪い言い方するな!」

 突っ込みを入れつつ、平瀬はポーチからゼリー飲料を取り出して神栖へと放った。

「釣れてないみたいだし、お腹減ってるでしょ? それあげる」

「悪いな」


「いいのよ。あんたと話して私も吹っ切れた。折角違う世界に来たんだから、存分に暴れまわってやるわ。とりあえず、魔法の練習でもしようかな」

「酒田と似たようなことを言ってるな」

「どうせなら試してみたいじゃない。そろそろ当番の時間も終わるし、空撃ちだけど狙撃の訓練をしてくる。クリューちゃんが『得意な事や生活環境で魔法の種類が決まる』と言っていたからね」


 精々頑張って大漁目指してね、と手を振って艦内へと戻る平瀬を見送った神栖は、相変わらず反応がない竿をボートに立てかけて、再び寝転がった。

「魔法か……それにしても」

 狙撃が生活環境に組み込まれている状況ってなんだろう、と逆に神栖の方がもやもやとしている上にしょうもない悩みに包まれてしまった。


   ☆


 一夜明け、エルフの港は再び見物客のざわめきが支配していた。

 昨夜の騒動は単なる酒宴で酔いつぶれた連中が出ただけのことだと処理された。バリヤードが手を回して、町の責任者を黙らせたのだ。

 日本人との提携を独断で結べるあたりも含めて、バリヤードが如何に力がある人物かが伺える。


「問題はなさそうね」

 調査船昇洋の艦橋にて、報告を受けた御前崎はあくび交じりに言う。

「はい。一部危険な浅瀬はありますが、当船と“あさかぜ”が避けて入港するのに支障はありません。充分な回避スペースはあります」

「遠浅じゃなくて良かったわ」


 エルフたちの好奇の視線を浴びながら、海保の面々は朝一から港湾周辺の調査を進めていた。

 何しろ海図どころか地図データすらない場所であり、港周辺の水深なども正確な調査が行われていない状況なのだ。

 そこで、まずは接岸可能な場所があるかを調査し、完全な入港ができることを確認することになった。


「ですが、港の方に護衛艦を係留できる固定具がありません」

「海底はどうなってるの?」

「砂と然程大きくない岩です。投錨・抜錨に問題はありませんが、逆に固定するにはあまり向いていないかと」

 マルチビーム測探機を始めとした観測機器のお陰で、昇洋はダイバーを使わずとも海中の状況がかなり正確に把握できる。


「岸に多少当たるのは仕方ないことよ。それよりも沖に流される方が問題だから、非常時にすぐ対応できるように人員配置をしておくしかないわね」

「はい。当船も同様ですが、上陸するにしても半舷上陸に留めるべきかと」

 少し眠そうな留萌の報告と助言に、御前崎は満足気に頷いた。

「データをまとめて、“あさかぜ”に送信してくれる? ついでに、接岸予定位置を地図データとまとめてプリントアウトしておいて。バリヤードさんに渡すから」


 同時刻、一足先に上陸していた者たちがいる。

 御前崎に入港前の現地調査を命じられた神栖と、海自との連絡役として同行している平瀬の二人だ。

「改めて明るい場所で見ると、のどかな漁村にしか見えないな」

 人々が立ち止まって調査船や護衛艦を見たり、指差して何か話していることを除けば、干物や農産物を売る露店が並び、漁に行くのか帰って来たのか、小舟の傍で網の手入れをしているエルフたちの姿があちこちにみられる。


「私、本で読んだエルフのイメージが強いから、日焼けしたエルフってなんだか不思議な感じがする」

「整った顔立ちの人が多いのはイメージ通りだけどな。結構肉体派が多いな」

「網を繕っているわね。投網で漁をするのが一般的みたい」

 現地調査と言っても、測量した図面との誤差を確認するだけであり、基本的にかなり正確なので難しいことではない。


 二人は図面を覗き込みながら港を端からゆっくり歩き、それぞれに感想を言い合っていた。

 実際、これも調査の一環で後程まとめて上に報告する必要がある。現地の風俗についてのデータはかなり重要で、後々のトラブルを避け、友好的な関係を築くためには必要なことだった。


 問題は、神栖たちを見たエルフが五分おきくらいに話しかけてくることだった。

 どうやらエルフたちは警戒心と好奇心の狭間で揺れ動いているらしく、様子を見てはそっと近づいて質問をするという感じで、押し寄せてくるわけではないのは助かる。

 だが、順番に意を決して近づいてくる相手に対して、いちいち警戒して対応しなければならないのもまた疲れるのだ。


「一つ聞きたいのだが……」

「はい、なんでしょう?」

 という感じで、まずは平瀬に話しかける者ばかりで、どうにも神栖が怖がられているらしいことも彼には不満だった。

「何にもしてないのに」

「変に武勇伝が広まってるんじゃない?」


 話せる内容とそうでないものがあるので、と平瀬は言葉を選びながら対応している。

 対外的には、海自も海保もまとめて『遠方の他国から海賊を追って来た戦闘集団』ということになっていて、バリヤードからも町の住民へ向けて告知されている。

 それでも、海賊たちに怯えていることもあってか、他国が自分たちを支配しようとしているのではないか、海賊の手先ではないかと勘繰るエルフも少なくない。


 誤解を解くには時間と丁寧な説明の繰り返しが必要だ。

 平瀬は根気よく説明し、その間に神栖は仕事を進める。

 ふと、エルフの集団から大きなざわめきが起こった。

「始まったな」

 神栖が視線を向けると、調査船昇洋がゆっくりと入港を始めたところだった。


「いつまでこの町にいることになるのかな」

 疑問形ではあったが、平瀬の言葉は不安をかき消すための自分へ向けたものだった。あくまで一時的な入港だと自分に言い聞かせているのだ。

 それがわかっているからこそ、神栖は敢えて平瀬に笑顔で答える。

「なぁに。また例の海賊が来て、すぐに緊急出動になるさ」


「それはそれで嫌よ」

 口をとがらせて不満を言いながら、平瀬は内心で神栖に礼を言っていた。


 護衛艦に比べれば小さいが、全長90メートル、総トン数1500トンの船がゆっくりと迫る光景に、逃げ出すエルフたちもいる。

「大丈夫、ちゃんと止まりますから」

 巨大な船を背景に笑顔を振りまく神栖の姿は、エルフたちからどう見えただろうか。

ありがとうございました。


夕方も更新予定ですが、少し遅くなるかも知れません。

よろしくお願いします。

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