12.海賊の条件
よろしくお願いします。
※本日12時にも公開しておりますので、ご注意ください。
「な、なんとまあ……」
呆然とした御前崎に、船越が駆け寄る。
「和歌子っ!!」
思わず下の名前を叫んでしまったのは致し方ないことだろう。そんな彼が目にした光景は、説明が難しいものだった。
「セクハラ……って言葉が、こっちの世界にあるかどうか知らないけれど、女性へのアプローチとしちゃ最悪じゃないかねぇ」
御前崎の制服がざっくりと切り裂かれ、豊満な胸が圧力から解放されて弾けるように露わになった。
「……あれ?」
戸惑いを口にしたのは、襲撃者の方だった。
「り、りりりリフト! どうなってんの?」
「申し訳ありません、ボーライン船長。そっちの女性ではなく、隣の男性が首魁のようです」
どうやら相手を間違えたらしいが、それにしても狼狽し過ぎだとつい笑ってしまった御前崎は、左腕で胸を隠しながら右手でボーラインと呼ばれた男の仮面をはぎ取った。
「なんだ、まだ子供じゃないか」
「か、返せよ!」
卵のような形に笑みを浮かべるような穴が目と口に開いた仮面はいかにも恐ろしいが、その下にあったのはまだあどけない印象が残る、少年と青年との中間のような顔つきだった。
「いけませんなぁ」
いつの間にか平瀬の前から移動していたリフトが御前崎の手からそっと仮面を取り返すと、ボーラインへ丁寧に着けなおした。
「……で、ぼくの魔法の恐ろしさはわかったでしょ?」
「どっちかと言えば、あんたの部下の方が怖いけど」
さっきまでの狼狽えようはどこへやら、仮面をつけて隣にリフトを従えたボーラインは背筋を伸ばして優雅な立ち姿で余裕の声を出す。
「ボーライン船長。相手は船長の能力に怯えて声も出ないようです」
「普通に喋ってるけど」
「船長の恐ろしさが、日本人とやらにも伝わったことでしょう! 我らボーライン海賊団の歴史は、今ここから輝き始めるのです!」
「今から?」
御前崎が疑問を言うが早いか、平瀬が前に割り込んできてリフトへ向かって思い切り回し蹴りを放った。
「おっと。まだやるつもりですか?」
「当然! 海賊退治が私たちの仕事なのよ!」
「海賊退治!?」
平瀬の言葉に反応したのは、ボーラインだった。
「リフト、リフト! また話が違うじゃないか! こいつらはこの町を支配しに来た海賊じゃないのか!?」
「いやはや、どうやらまた私の聞き込みに齟齬があったようでして……」
どうも勘違いしていたらしいと分かり、リフトはボーラインに申し訳ないと丁寧に謝罪したのだが、それが完全に隙となった。
「おりゃあ!」
「ぐひゃっ」
後頭部に半長靴の蹴りが思い切り入り、リフトは前のめりに昏倒する。
「さて、あとはあんただけれど……」
「う……」
他に隠れている敵が居ないかと自衛隊員たちが警戒する中、指をぽきぽきと鳴らしながら平瀬がボーラインに近付く。
「こうなるとどっちが襲っている側だかわからないねぇ」
平瀬は女性とはいえ、相手は子供だ。
身長差はほとんど無いが、どうも見た目的に平瀬の方が悪者に見えると彼女を止めた御前崎は、動揺しているボーラインの前に進み出た。
「この町を、守ろうとしたんだねぇ」
「ぼ、ぼくはボーライン海賊団の団長だから、本拠地を守るのは当然で……」
「こんな海賊もいるのか。いやはや、海賊が多い世界ってのも奇妙なもんだけれど、こういう子もいるってんなら、希望はあるかもね」
戸惑うボーラインを抱きしめ、御前崎は優しく話しかける。
「大した勇気だよ、ボーライン。ただ、勇み足が過ぎたし、あんたの部下も強いわりにはちょっとドジだったね」
「あぅ、あぅ……」
豊かな胸に顔をうずめた格好になったボーラインは、ゆでだこのように顔を真っ赤にして硬直してしまった。
「とはいえ、いたずらっ子を見逃してやるほど、あたしは優しくもなけりゃ、立場ってものをわきまえているクチなんでねぇ」
「……あれ?」
気付いた時には、ボーラインの両手は真後ろに捻り上げられて硬い手錠で拘束されていた。
「ああ、何でも切っちまうんだったね。それじゃ、起きているうちは安心できないね」
「……えっ?」
顎に衝撃が走り、視界がぐるりとゆがんだのが、ボーラインが気絶する前に見た最後の光景だった。
ぐにゃりと力無く座り込むボーラインと、鼻息荒く腕を組む御前崎の姿に、船越以下海上自衛隊の面々は呆然としていた。
「誰かバリヤード氏のところに連絡に行ってくれないかい? 悪いんだけれど、こっちの部下は酔いつぶれた馬鹿たれと女の子を連れ回していて帰ってこない色男しかいないもんだから……」
仕方ないと船越が人員の選抜をしようとしたところで、遅れすぎた人物がやってきた。
「何やってんですか」
「町のみんな!? それにサカタさんたちも? 一体何が……?」
肉弾戦のあと、町の宿に戻るというガフと別れた神栖は、クリューを家まで送る途中だったらしい。
「遅い」
御前崎に睨まれると、神栖は硬直してしまった。
まるで魔法のようだ。
「まあいい。そこに転がっている二人の下手人を抱えてついてこい。クリューさん、父上に状況を説明したいので、一緒に商会の事務所までよろしいかな?」
「一人で、ですか?」
クリューは了承したが、神栖は渋い顔をみせている。
他にも自衛隊員は幾人もいるのだからと言いかけたが、反論を許す御前崎ではない。
「船越艦長にはエルフと馬鹿どもを介抱する指揮を執ってもわらねばならん。ほとんど自衛官だし、調査船から応援を呼ぶほど人数に余裕があるわけでもないからな」
突然現場整理の役目を振られた船越も驚いたが、人数の都合上仕方が無いと諦め、早いうちにエルフたちの収容をどうするか連絡してくれと言った。
「やれやれ。おっさんと戦ってようやく帰ってこれたと思ったらこれか」
ブツブツ文句を言いつつも、二人の男性を軽々と抱えてしまうあたり、神栖の体力と膂力は常軌を逸している。
「そういえば、この子は妙なことを言っていたねぇ」
神栖の上着を奪い取って上半身を隠した御前崎は、ふと思い出した。
「この二人だけみたいだし、船があるわけでもないのに海賊だなんて名乗ってたのよ」
その疑問について答えたのは、再び会合することになったバリヤードだった。
クリューがようやく帰ってきたことで安心のあまり娘をがっちり抱きしめてしまい、恥ずかしがった彼女から平手打ちを喰らった彼は、何事も無かったかのように神栖と御前崎を応接へと案内した。
「船を持たない海賊は、実際それなりにいるのです」
バリヤードは、すぐに部下を派遣して眠らされたエルフたちを診療所に運び込むように手配し、まずは御前崎の無事を喜んでみせた。
そして、海賊とは何かという話に移る。
「能力がある者はもちろん、町ではみだし者になったり、犯罪者としてまともな職に就けなくなったりすると海賊を目指すようになるのです」
海賊が横行する世界、どこかの海賊団に入ろうと思えば、下っ端として船に乗ること自体は難しくない。
まして戦闘に有利な魔法の才能や戦闘力があれば、自分の船を持つのは然程難しくないとバリヤードは言う。
「外洋に出られるサイズの船は高価ですが、それなりに大きな海賊団であれば奪い取った船を保有しているのです」
乗り込んで奪い取った船は、海賊団の誰かを船長に指名して任せることになり、より海賊団を強化することになる。
「ですが、誰も彼もが海賊団に入る選択肢を選ぶわけではありません。誰かの命令を聞くのが嫌な者は、少人数で活動し、まず船を得ることを考えます」
それにしても二人というのは少ないが、と付け加えた。
「強奪することもありますし、何かで金を得て真っ当に購入する者もいますが、今回は前者の方法を選んだのでしょう」
既存の海賊団に入るのを忌避する理由は他にもあり、無法者の集団である海賊団で新人の下っ端となれば、あれやこれやと仕事を押し付けられてしまうのがオチだからだ。
凶悪な海賊団になれば、団員への見せしめで特に落ち度がない新人を処刑することすらあるという。
「なるほどねぇ」
「とにかく、今回は町の無法者がご迷惑をおかけして申し訳なかった。どうか、後の処理はこちらにお任せいただきたい」
「そうして頂けると助かりますね。よろしく頼みます」
話は終わったとばかりに立ち上がり、御前崎は後ろに立っていた神栖に目配せする。
「それでは、また明日」
「ええ。また明日、お待ちしております」
御前崎とバリヤードが挨拶を交わしている間に、一足先に外へ出た神栖はクリューから挨拶を受けていた。
「神栖さんは、明日も上陸されますか?」
「どうだろう。船長が許可すれば上陸できるから、明日は無理でも近いうちにまた会えると思うよ」
「あの約束を……わたしの船を、夢を守ってくれるって約束、忘れないでくださいね」
「もちろん。俺はそのためにこの仕事をやっているからね。今回は大変だったけれど、諦めないうちは全力で応援するし、できるだけ手助けするよ」
「カミスさん……」
「約束だ」
「ひゃっ!?」
グローブに包まれた神栖の手が、クリューの細くて小さな手をがっちりと掴んだ。
力強い握手で、ごつごつした手の感触を感じながら、クリューは口をパクパクさせて何も言えずにいる。
「友情を確認する、地球の挨拶だよ。それじゃ、おやすみ……船長、行きましょう!」
「ふむ……」
遅れて商会から出て来た御前崎は、にやにやしながら硬直しているクリューへと顔を寄せて、真っ赤に染まった耳に囁く。
「今のが何を意味しているか、あいつは知らないが、私は知っているぞ? 嫌だったなら、あいつをキツーく叱っておくのだが……」
勢いよく振り返ったクリューは、目をまんまるに見開いて御前崎を見上げる。
「や、その……嫌じゃ、ないです……」
「それは良かった。だが、手を握ることがどういう意味になるかの説明はしておいた方が良いだろう?」
「いや、いやいやいや、やめてください!」
慌てて手を振ったクリューは、消え入りそうな声で「自分で、いつか説明しますから……」と呟いた。
「うむ、うむ。若くてよろしい。できるだけ、私の随行員として神栖を連れてくるようにするよ」
そう言い残し、御前崎は大股で歩いて神栖に追いつき、アンダーシャツ姿の背中をぴしゃりと叩いた。
「痛った!?」
「色男め。あの子に何を約束した?」
「え……か、海賊退治は任せろって、そういう話をしただけですよ」
改めて聞かれると気恥ずかしいのだろう。神栖は言葉を慎重に選ぶ。
その様子だけで、なんとなく察するところがある御前崎は、もう一度背を叩いた。
「褒めるに値する正義感だが、あまり面倒事を起こすなよ?」
「痛てて……なんなんですか、一体……」
訳が分からないとぼやく神栖は、そういえばとガフから聞いた情報を伝えることにした。
「現地の人から聞いたんですが、近隣の村に魔法が得意な人が何人かいるらしいですよ。魔法についての調査をするのであれば、案内人も手配できます」
「それは重畳。しかし、未知の場所に行くとなると日数もある程度見ておく必要があるな」
御前崎は神栖を派遣しようかと考えたが、クリューのことを思い出してやめた。
「まんまと睡眠薬を盛られた大馬鹿者がいる。そいつらを行かせるとしよう」
こうして、ガフの村には酒田と大湊が調査員として派遣されることが決定された。
無論大湊の処遇は御前崎に決定権など無いが、船越は即座に同意した。
当の本人たちが自分の失態と新たな任務を知るのは、夜明けを迎えてからだった。
ありがとうございました。