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11.協定締結

よろしくお願いします。

「では、話はまとまりましたな。そろそろ失礼させていただきます。船越艦長、よろしいか?」

「ふむ、そうしよう。バリヤードさん、今回はまことにありがとうございます」

 御前崎に促され、船越はバリヤードに礼を言って右手を差し出したのだが、握り返してこないので首を傾げた。


「ああ、失礼しました。こちらの習慣で、友好の印として握手を交わすのです」

 こういう感じで、と船越は御前崎と握手を交わした。

「おっ、昇進してからもしっかり鍛えてはいるようだね」

「茶化すな。……それで、こちらでは似たような挨拶することはありますか?」

 理解した様子のバリヤードが互いの手首を握りあう挨拶について説明すると、船越も御前崎も教わるままに実行する。


「こちらの方式に合わせていただいたのは大変ありがたいが、日本のやり方はどうかご勘弁いただけないだろうか」

 エルフたちだけでなく他の地域や種族でも共通することだが、手の平を合わせる握手という行為は、相手に対して強い好意があることを示すものだという。

「ですから、お二人も他の日本人たちも、“握手”をする時には気を付けた方が良いですよ。相手に誤解を与えかねない」


「はは、なるほど。だが問題無い。私は船越艦長を好いているからな」

「……兄妹として尊重しているだけだ」

「お二人はご兄弟でしたか。しかし、家名は違うのですな」

「私たちは二人とも結婚しておりまして、妹は……御前崎船長は相手方の姓を名乗っているのです」


「ご家族が……」

 バリヤードはそれ以上話を深く掘り下げることは無かった。

 彼らが作戦中のトラブルで異世界からやってきたこと、そして帰る目途が立っているわけではないことを知っているのだ。

 それはつまり、家族と離別状態にあることを示すのだから。


「契約はしっかりと守らせていただきます。それと、部下を使って異世界や日本についてこちらでも情報が無いかを探らせましょう」

 あるいは帰還のヒントがあるかも知れないから、とバリヤードは船越の手首をしっかりと掴んだ。

「助かります。部下の中には、小さい子供を残してきた者もいるので……」


 そう言って、船越は契約について記載された羊皮紙をしっかりと掴み取った。

 日本人代表として船越が、そしてエルフ代表としてバリヤードが血判を押した、この世界では正式かつ効力がはっきりした書式のものだ。

 そこには、日本人がこの町ヒッツヴィルに留まることを許可し、さらにはバリヤード商会から食料をはじめとした必要な物資や宿泊場所が提供されることが書かれている。


 代わりに、船越と御前崎の部隊に限って町の防衛に協力し、近海の海賊に関する調査と撃退が役割として課せられることになっている。

 部隊を限定したのは、何かの拍子に他の隊が転移してきた時に強制的に参加させられるのを防ぐためで、さらにはこの世界の基準で三ヶ月ごとに更新されることになった。

 最後に一文。御前崎の希望で添えられた。


 ――本契約は、日本人とエルフの友好を目的として交わされたものである。


 一見して何の意味も無いように見えるが、バリヤードは御前崎が何を考えているのか、エルフに何を期待しているのか、この一文で理解できたような気がした。

「では、友人として一席設けたいと思うのですが」

「友人の招待とあれば、受けるべきではないかと思うのだけれど?」

 御前崎が水を向けると、船越は小さく首を振る。


「申し訳ないが、今はまず部下たちに状況を説明しておきたい。明日、明るくなってからでも改めてご挨拶にうかがいますので、よければその時に」

「よいとも。時間を頂ければそれだけ良い物をご用意できますから」

 ご理解いただけて助かると返し、船越は御前崎と護衛の平瀬を連れてバリヤードの商会事務所を辞した。


 事務所は無垢の木材が使われており、室内にいても森の中にいるかと錯覚するほどに緑の香りが強い場所だった。

 一歩外に出ると、一転して潮の香りが漂う。

「こちらでも、海の香りは同じか」

 太陽が沈んで夜の闇が広がると、異世界か日本か区別がつかない。


「すっかり暗くなってしまった」

「お気を付け下さい、御前崎船長。人が倒れています」

「おや、本当だ。エルフは野外で寝る習性でも……酒田じゃないか!」

「大湊もいる」

 すわ襲撃かと緊張が走った一行だが、近くで良く見ると酒田の隣には髭面のエルフが倒れていびきをかいており、大湊の両脇にも妙齢のエルフ女性が腕枕状態で眠っていた。


「う……酒くさい」

 桟橋周辺には、照明を付けて待機していた自衛官たちが残っていて、彼らの説明で酒田が中心となってエルフとの野外飲み会が始まり、いつの間にか皆潰れてしまったらしい。

「呆れた……ほら、起きなさい!」

「むぅ……」


 平瀬が大湊の足を軽く蹴って起こそうとしたが、唸るだけで目を覚まさない。

「このっ……!」

「平瀬くん。ちょい待ち」

 どれだけ深酒したのかと腹を立てた平瀬がさらに強烈な蹴りをくれてやろうとするのを、御前崎は止めた。


「艦長。こいつは攻撃だよ。眠らされてる」

「なに!?」

 御前崎の言葉に、船越は平瀬を始めとした無事な自衛隊員に周囲の警戒と隊員の回収を命じると、自ら腰の銃を抜く。

 スライドを引いて初弾を装填する手は、あまり慣れたものではない。


「大湊くんはどの程度飲めるのか知らないが、酒田が多少の酒でここまで熟睡するはずがない」

「なぜ、わかる?」

「神栖を海保に勧誘するとき、彼と一緒に付いて来た酒田にもさんざん飲ませたから」

「お前というやつは……」

 何をやっているのかと頭を抱えた船越だが、今はそれどころでは無い。


「エルフだろうか」

「いや、違うんじゃないかな。こちらの人員の倍以上の人間が酔い潰れている」

 とりあえず人をやってバリヤードを呼ぶべきだと言いかけたところで、夜闇からぬるりと進み出た人影が見えた。

「危ない!」


 人影と御前崎の間に平瀬が無理矢理割り込んだことで危機を逃れたが、平瀬は銃を抜く余裕が無かった。

 敵が近すぎるのだ。

「まさか反応されるとは。素晴らしい動きです」

 ライトが当たると、襲撃者の姿がはっきりと浮かび上がる。


「エルフじゃないな。人間か?」

 それにしては顔が青白い、と御前崎は首を傾げた。

「どちらでもありません」

 丁寧に答えた襲撃者は、見た目二十代後半といったところだろうか。痩せた身体をモーニングのような仕立ての良い服に包み、濃い茶色の髪からは片目だけがギラリと光って見える。


「私たちが何者かわかっているのか」

 船越もまだ銃を抜いていない。

 友好的な協定を結んだばかりの町で住人を撃つのは気が引けるのだ。

「正直な所、そこまで情報は得られませんでした。酔っていてもあなた達の口は堅くて、大して有益な話もえられませんでしたから」


 ただ、と襲撃者は細長い指で比較的近くに停泊している海保の調査船昇洋を指した。

「私どもの目的はあの船でして。あのように素晴らしい船があれば、われらボーライン海賊団も海域の制圧が容易になるかと思いましてね」

「船泥棒かい。大胆なことだねぇ」

「お褒めにあずかり光栄ですな。私はボーライン海賊団のナンバー2、リフトと申します。どうぞ、大人しく船をお譲り下さいませ」


「断る」

 リフトという男がどれほど強いのかはわからないが、御前崎は迷うことなく答えた。

「あれはあたしたちにとっての家だからね。ほいほい譲ってやるわけにはいかないのさ。……大事な税金で購入したお高い船でもあるしね」

 傷がついたらそれだけでも始末書ものだと嘆く御前崎に、リフトは腕を組んで参ったとこぼした。


「できれば穏便に終わらせたかったのですが、仕方ありません。力づくで奪うとしましょう」

「させるか!」

 武器を使うそぶりを見せないリフトに対し、平瀬も銃をホルスターに戻して格闘戦に付き合う。うっかり殺してしまっては、背後関係がわからなくなるからだ。


「いやはや、本当に海賊が多いんだねぇ。まさか陸で襲ってくるとはね」

「暢気にしている場合ではないぞ。奴は『私どもの目的』と言っただろう。敵は他にも居るかも知れん」

 平瀬とリフトの格闘戦は激しい乱打戦で手出しができない。

 残った自衛官たちで御前崎と船越を囲むように防御陣を作った状態で、周囲にライトをあてながら警戒することに。


「まったく、神栖はどこまで行ったのかねぇ。あいつが居たら、すぐに終わるだろうに」

「手出しは無用です!」

「あら、聞こえてたのね」

 平瀬は平瀬で思う所があるらしく、手助けは必要ないと宣言した。

「元気な子ね」


 余裕の表情で平瀬を評価する御前崎に、船越は嘆息する。

「また引き抜きするつもりなら、諦めろ。あれは神栖と折り合いが悪い」

「本当に? あたしの見た感じじゃ、そういうわけじゃないと思うけど」

「いずれにせよ、非常時にある今、こちらの和を乱すようなことはやめてくれ」

 ただでさえ隊員の不安を如何に押さえるかを考えるだけで胃に穴が開きそうなのに、これ以上問題を増やすなと注意されると、御前崎も了承で返すしかなかった。


「女性だてらに、やりますな。日本人は男性だけでなく女性も戦いの術を学ぶらしい」

 もっと簡単に終わると思っていたというリフトは、言葉と裏腹に平瀬の攻撃を涼しいかおで躱している。

 しかし平瀬の方もダメージは無く、互いに決定打を欠いている。

「魔法が使えるんなら、さっさと見せなさいよ!」


「ご期待に沿えず申し訳ない。私は魔法の才能が無い非才の身でして。ただ、私の敬愛なるボーライン船長は違いましてね」

「船長……?」

「あらゆる物を切り裂く魔法が使えるのですよ」

「なっ……」


 リフトの視線は雄弁だった。

 平瀬は相手を無理矢理突き飛ばした、

「わおっ、乱暴ですな」

文句も耳に入らず、平瀬はすぐに振り返る。

「御前崎船長、危ない!」


 悠然と観戦していた御前崎へと、警戒網をすり抜けるように近づく人物がいた。

「おおっと!?」

 驚き、反応が遅れた御前崎の前には、黒いスーツ姿に同じく黒いマントを羽織り、つるりとした仮面を付けた人物の姿があった。

 避ける時間は無い。彼女の胸元へ、仮面の男の手が伸びる。


「全てを切り裂くぼくの魔法を見ろ。“カット・ディス”」

 指先が触れると同時に、くぐもった声が仮面の向こうから響いた。

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