毒はいつ盛られたか【解決編】
「こちらで、尋問を?」
「いえ――尋問ではありません」
レストンが、依頼した人を連れて部屋に入ってきた。
ここ、調理場に。
シェフや衛兵は人払いしてもらっている。
ただ、執事は頑として同席を譲らなかったので、ここには4人いる。
俺、レストン、執事、そして今回の事件の犯人。
ルイース――子爵の妾だ。
俺は、冷めて萎びてしまった料理の数々を見渡す。
ローストビーフ、牛肉の赤ワイン煮込み、ソーセージにマッシュポテト、ブイヤベース、カリッと焼かれたバゲットに付け合わせのオリーブオイル、氷が溶け、ビショビショの海の幸、新鮮だったサラダ…
最近、貴族の皆様にはクロワッサンが人気だと伺いましたが、ここには無いようですね。
俺はルイースの表情を見ながら言う。
パンはバゲット1種類。そしてバターではなく、オリーブオイル。
マッシュポテトにチーズは入っておらず、パスタやグラタンなども無い。
この料理は偏っている。
乳製品、卵が徹底的に排除されている。
「主人が嫌っておりましたので」
ルイースの目は、まだ動揺を隠している。
そう、子爵が嫌っていたのは甘いものではなく、乳製品と卵。
ところで、貴女と妹さんの服のポケットから、こんなものが見つかりました。
俺が見せたのは、ピーナッツだった。
「私も妹も好きなもので…」
彼女の頬が引きつり、頬を汗が流れる。
妹さんからは、それほど好きでは無いと聞いています。
ただ、貴女から子爵と会う前には食べるように言われた、と。
この国では、あまり手に入らない食材です。
と俺はピーナッツを指し示す。
とはいえ、グスニ神さまが毒と定められたものではありません。
俺はピーナッツを放り投げ、口で受け止める。
うむ、塩味が効いて美味い。
だから、避毒の指輪も、解毒と全快の祈りも効かなかった。
俺のその言葉に、ルイースが崩れ落ちた。
「どういうことだ?」
わけが判らぬ会話にレストンが割り込んでくる。
「それが――」
そのレストンを遮り、執事が言う。
「ご主人様の命を奪った”毒”なのですね」
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「子爵は――」
言い始めるルイースを俺は止める。
その言葉は彼女ではなく、俺が言うべきだ。
子爵は、アレルギィ体質だったのでしょう。本人も知らなかったようですが。
乳製品、卵など、幼い頃から食べると具合が悪くなるものを、食事から排除してきたのだろう。それが、普通の人には偏食に見えた。
本人も偏食と思っていたのだろう。
甘いもの――砂糖が嫌いなのではなく、本当はクッキーやクリームに使われる乳製品や卵などが原因だった。
ただ、本人が気づかなくとも身体は反応する。
海老のフリットには、卵白から作るメレンゲを使う。
それを食べた子爵はアレルギィ反応を起こし、全身に発疹が出た。
毒殺未遂の疑いは全くの冤罪だが、ルイースの恋人は追放され、ルイースは妾にされた。
アレルギィ反応は時に激烈な反応を起こし、死に至る場合がある。
アナフィラキシー・ショックと呼ばれる症状だ。
特にピーナッツで、それは起きやすい。
俺の作戦を知ってか知らずか、執事が口を挟む。
「ですが、ご主人様は新しい食物には慎重でした。たとえ渡されても口にしたとは思えません」
そもそも、紅茶以外に何も口にしていない。そう執事は言う。
だが、それは違う。
紅茶を飲むまえ、俺たちの目の前で子爵は口にした。
ルイースの唇を。
ルイースの唇に付いた微量なピーナッツ。
それだけでも、アナフィラキシー・ショックは起きる。
それをルイースが知っていたかどうかは、判らない。
――否
ルイースは知っていた。多分。
子爵が命を落とした後、自分も自殺するつもりだったのだろう。
そのために、自分のカップにストリキニーネを入れたのだから。
子爵が倒れた際、彼女は思わずカップを取り落としてしまった。
床から検出されたストリキニーネは、実際にはルイースが自殺用に用意していたものだろう。
だが、それを公の場でレストンに言う必要はない。
俺が言ったのは、こんな言葉だ。
さてレストン隊長。
夫に黙って、こっそりピーナッツを食べた妻の罪は、いかほどのものでしょうか?
レストンはなぜか執事の方を見て、少し微笑むと、快活に笑った。
「こっそりつまみ食いするのは、世の女たちの常だ。いや、男だってするだろう」
しますね。
「そもそも、無理やり唇を奪ったのは子爵だ。それに――」
聖なるグスニ神が毒と定めていないものを与えるのは、この国ではどんな意味に於いても罪ではない。
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「で、それから?」
いや、それで終わりだよ。
空きっ腹を抱えて館を退出した俺たちは、エウレカの酒場で呑んでいる。
レストンは事件を解決したし、裸にされて鞭打たれることもない。
日々コレ平穏。世はなべて事もナシ。
「言われたんじゃろう、私に出来ることであれば何でもする、と」
う。
「治安部隊長は、言ったことは必ず守るからなぁ」
マルクが余計なことを言う。
「いや、合意の上ならお主が誰と何をしようが構わんよ。お主は大切な仲間じゃからの」
チョムス、その何とも言えない目で見るのは止めてくれ。
その権利はシノブに譲った。
俺がそう言うと、ンゴイブが麦酒を吹いた。
珍しいものが見れた。
盛大に咳き込むンゴイブの背中をさすってやる。鱗があるから上から下へ。
チョムスとマルクは、目を溢れそうなほど見開き、俺を見ている。
いやな、衛兵の中にシノブが惚れた男が居たらしいんだ。
「なんだぁ。ボクはついにシノブ、そっちに走ったかと思っちゃったよぉ」
「ビックリさせるでない」
「ゲホゲホ」
ドスンッ!
隣の席にデカい音を立てて座った奴が居る。
誰かと思えば、噂の渦中のシノブだ。
あれ、今夜は帰らないんじゃ…
俺の言葉は途中で消えた。
シノブの目が、尋常じゃなく据っていたからだ。
ドンッ!
目の前に一升瓶が置かれた。
ワイン焼酎だった。
「今日はとことん、付き合って貰うわ」
どうして⁉︎
駆け付け3杯。
「あの男、途中まで良い雰囲気だったのに、服を脱いだ瞬間…」
あー
「無理やり剥いたら、もう縮こまっちゃってて…」
はー
「その胸筋と腹筋はムリって…ムリって何よぉおッ‼︎」
「泣きながら姐御の所に行って、同じ悩みを持つ女同士で腹割って話し合おうとしたのよ!」
シノブ、なにげにレストンとは旧知の仲らしい。
「信じられる⁉︎ あの姐御が、男を捕まえたらしいの!」
なに?
「姐御が素肌を見せたら、その男、もう爆発寸前になってたって…」
ちが…違うぞ、チョムス、マルク、ンゴイブ。
それはきっと別の男だ。
「名前も住所も押さえてるから、もう逃がさないって言ってた…」
俺は今すぐ、街を出た方が良い気がしてきた。
「は~~~~」
シノブは、深いため息をつくと、ふと顔を上げる。
「そういえばモリスに、ルイースとロイスの姉妹から手紙を預かっているわ」
わお、あの美人姉妹から!
“ありがとう。貴方にはとても感謝しています。この気持ちをいつか行動に表せられたらいいのに”
“お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう!貴方は私の英雄だよ!”
手紙の下の方には、2つのキスマークが‼︎
キタ!
ついにキタ!
俺に!春が!
「あ、それから姐御からも伝言が」
ん?
「”今初めて気づいたんだけど私、嫉妬深かったんだ”だって。何のことか分かるか?」
「こ…これ、ボクたちにはとばっちり来ないよねぇ?」
とマルク。
「いや万が一、治安部隊に睨まれた日には、こんな弱小パーティ消え失せてしまうぞぃ」
ポンポン。
ンゴイブが俺の肩を叩き、首を横に振る。
チョムスが俺の手をガッと握る。
痛ェッ‼︎
「分かっておろうな」
ドスの効いた声でチョムスが言う。
「信じておるぞ。お主は大切な仲間じゃからの」
その夜、俺とシノブはとことん呑み、翌日は盛大な二日酔いとなった。
るー
めでたしめでたくナシ。
皆さんの推理は同じだったでしょうか?
もし、論理の穴や情報不足など有ったら、感想などで教えてください。
ませ。
次の投稿は7/27です。