表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Trick & Magic  作者: tema
毒はいつ盛られたか
9/40

毒はいつ盛られたか【解決編】

「こちらで、尋問を?」

「いえ――尋問ではありません」

レストンが、依頼した人を連れて部屋に入ってきた。

ここ、調理場に。


シェフや衛兵は人払いしてもらっている。

ただ、執事は頑として同席を譲らなかったので、ここには4人いる。

俺、レストン、執事、そして今回の事件の犯人。


ルイース――子爵の妾だ。


俺は、冷めて萎びてしまった料理の数々を見渡す。

ローストビーフ、牛肉の赤ワイン煮込み、ソーセージにマッシュポテト、ブイヤベース、カリッと焼かれたバゲットに付け合わせのオリーブオイル、氷が溶け、ビショビショの海の幸、新鮮だったサラダ…


最近、貴族の皆様にはクロワッサンが人気だと伺いましたが、ここには無いようですね。

俺はルイースの表情を見ながら言う。


パンはバゲット1種類。そしてバターではなく、オリーブオイル。

マッシュポテトにチーズは入っておらず、パスタやグラタンなども無い。

この料理は偏っている。


乳製品、卵が徹底的に排除されている。

「主人が嫌っておりましたので」

ルイースの目は、まだ動揺を隠している。


そう、子爵が嫌っていたのは甘いものではなく、乳製品と卵。

ところで、貴女と妹さんの服のポケットから、こんなものが見つかりました。

俺が見せたのは、ピーナッツだった。

「私も妹も好きなもので…」

彼女の頬が引きつり、頬を汗が流れる。


妹さんからは、それほど好きでは無いと聞いています。

ただ、貴女から子爵と会う前には食べるように言われた、と。


この国では、あまり手に入らない食材です。

と俺はピーナッツを指し示す。

とはいえ、グスニ神さまが毒と定められたものではありません。

俺はピーナッツを放り投げ、口で受け止める。

うむ、塩味が効いて美味い。


だから、避毒の指輪も、解毒と全快の祈りも効かなかった。

俺のその言葉に、ルイースが崩れ落ちた。


「どういうことだ?」

わけが判らぬ会話にレストンが割り込んでくる。

「それが――」

そのレストンを遮り、執事が言う。


「ご主人様の命を奪った”毒”なのですね」


========

「子爵は――」

言い始めるルイースを俺は止める。

その言葉は彼女ではなく、俺が言うべきだ。


子爵は、アレルギィ体質だったのでしょう。本人も知らなかったようですが。


乳製品、卵など、幼い頃から食べると具合が悪くなるものを、食事から排除してきたのだろう。それが、普通の人には偏食に見えた。

本人も偏食と思っていたのだろう。

甘いもの――砂糖が嫌いなのではなく、本当はクッキーやクリームに使われる乳製品や卵などが原因だった。


ただ、本人が気づかなくとも身体は反応する。

海老のフリットには、卵白から作るメレンゲを使う。

それを食べた子爵はアレルギィ反応を起こし、全身に発疹が出た。

毒殺未遂の疑いは全くの冤罪だが、ルイースの恋人は追放され、ルイースは妾にされた。


アレルギィ反応は時に激烈な反応を起こし、死に至る場合がある。

アナフィラキシー・ショックと呼ばれる症状だ。

特にピーナッツで、それは起きやすい。


俺の作戦を知ってか知らずか、執事が口を挟む。

「ですが、ご主人様は新しい食物には慎重でした。たとえ渡されても口にしたとは思えません」

そもそも、紅茶以外に何も口にしていない。そう執事は言う。


だが、それは違う。

紅茶を飲むまえ、俺たちの目の前で子爵は口にした。

ルイースの唇を。


ルイースの唇に付いた微量なピーナッツ。

それだけでも、アナフィラキシー・ショックは起きる。

それをルイースが知っていたかどうかは、判らない。


――否


ルイースは知っていた。多分。

子爵が命を落とした後、自分も自殺するつもりだったのだろう。

そのために、自分のカップにストリキニーネを入れたのだから。


子爵が倒れた際、彼女は思わずカップを取り落としてしまった。

床から検出されたストリキニーネは、実際にはルイースが自殺用に用意していたものだろう。


だが、それを公の場でレストンに言う必要はない。

俺が言ったのは、こんな言葉だ。


さてレストン隊長。

夫に黙って、こっそりピーナッツを食べた妻の罪は、いかほどのものでしょうか?


レストンはなぜか執事の方を見て、少し微笑むと、快活に笑った。

「こっそりつまみ食いするのは、世の女たちの常だ。いや、男だってするだろう」

しますね。


「そもそも、無理やり唇を奪ったのは子爵だ。それに――」

聖なるグスニ神が毒と定めていないものを与えるのは、この国ではどんな意味に於いても罪ではない。


========

「で、それから?」

いや、それで終わりだよ。

空きっ腹を抱えて館を退出した俺たちは、エウレカの酒場で呑んでいる。


レストンは事件を解決したし、裸にされて鞭打たれることもない。

日々コレ平穏。世はなべて事もナシ。

「言われたんじゃろう、私に出来ることであれば何でもする、と」

う。


治安部隊長(レストン)は、言ったことは必ず守るからなぁ」

マルクが余計なことを言う。

「いや、合意の上ならお主が誰と何をしようが構わんよ。お主は大切な仲間じゃからの」

チョムス、その何とも言えない目で見るのは止めてくれ。


その権利はシノブに譲った。

俺がそう言うと、ンゴイブが麦酒を吹いた。

珍しいものが見れた。

盛大に咳き込むンゴイブの背中をさすってやる。鱗があるから上から下へ。


チョムスとマルクは、目を溢れそうなほど見開き、俺を見ている。

いやな、衛兵の中にシノブが惚れた男が居たらしいんだ。

「なんだぁ。ボクはついにシノブ、そっちに走ったかと思っちゃったよぉ」

「ビックリさせるでない」

「ゲホゲホ」


ドスンッ!

隣の席にデカい音を立てて座った奴が居る。

誰かと思えば、噂の渦中のシノブだ。

あれ、今夜は帰らないんじゃ…


俺の言葉は途中で消えた。

シノブの目が、尋常じゃなく据っていたからだ。

ドンッ!

目の前に一升瓶が置かれた。

ワイン焼酎(グラッパ)だった。

「今日はとことん、付き合って貰うわ」

どうして⁉︎


駆け付け3杯。

「あの男、途中まで良い雰囲気だったのに、服を脱いだ瞬間…」

あー

「無理やり剥いたら、もう縮こまっちゃってて…」

はー

「その胸筋と腹筋はムリって…ムリって何よぉおッ‼︎」


「泣きながら姐御(レストン)の所に行って、同じ悩み(腹筋)を持つ女同士で腹割って話し合おうとしたのよ!」

シノブ、なにげにレストンとは旧知の仲らしい。


「信じられる⁉︎ あの姐御が、男を捕まえたらしいの!」

なに?

「姐御が素肌を見せたら、その男、もう爆発寸前になってたって…」

ちが…違うぞ、チョムス、マルク、ンゴイブ。

それはきっと別の男だ。


「名前も住所も押さえてるから、もう逃がさないって言ってた…」

俺は今すぐ、街を出た方が良い気がしてきた。


「は~~~~」

シノブは、深いため息をつくと、ふと顔を上げる。

「そういえばモリスに、ルイースとロイスの姉妹から手紙を預かっているわ」

わお、あの美人姉妹から!


“ありがとう。貴方にはとても感謝しています。この気持ちをいつか行動に表せられたらいいのに”

“お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう!貴方は私の英雄だよ!”

手紙の下の方には、2つのキスマークが‼︎


キタ!

ついにキタ!

俺に!春が!


「あ、それから姐御からも伝言が」

ん?

「”今初めて気づいたんだけど私、嫉妬深かったんだ”だって。何のことか分かるか?」


「こ…これ、ボクたちにはとばっちり来ないよねぇ?」

とマルク。

「いや万が一、治安部隊に睨まれた日には、こんな弱小パーティ消え失せてしまうぞぃ」

ポンポン。

ンゴイブが俺の肩を叩き、首を横に振る。


チョムスが俺の手をガッと握る。

痛ェッ‼︎

「分かっておろうな」

ドスの効いた声でチョムスが言う。

「信じておるぞ。お主は大切な仲間じゃからの」


その夜、俺とシノブはとことん呑み、翌日は盛大な二日酔いとなった。

るー


めでたしめでたくナシ。

皆さんの推理は同じだったでしょうか?

もし、論理の穴や情報不足など有ったら、感想などで教えてください。

ませ。


次の投稿は7/27です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ